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  • あなたは進化を信じますか,それとも創造を信じますか
    ものみの塔 1971 | 5月1日
    • あるのです。入手できるすべての証拠に反するばかりか,人間のあらゆる経験と矛盾する事柄が,見たこともないのに起こったと信じるのは,健全な思考の現われだと言えますか。進化のケースはそれと全く同じです。それに反し,全宇宙と全生物がおのずと明らかにしている事実,すなわち,理知ある設計と人間よりもはるかに強力なエネルギーの源を前にして,全能の創造者の存在を信じるのは,より理性にかなっていることではないでしょうか。―ヘブル 11:6。ロマ 1:20。

      22 神は聖書の中に,過去についての詳細な事柄を記録させられたほかに,何を備えられましたか。ゆえに,何をするのが賢明であると言えますか。

      22 答えは簡単です。創造を信ずることは事実に合致します。聖書はそうした事実と完全に調和しています。しかし,聖書は過去についての詳細を記録しているにとどまりません。エホバ神は,現在の諸間題に首尾よく対処するうえでわたしたちが必要とする導きを,その中に備えてくださいました。そして聖書は,将来に対するエホバの愛ある備えから益を得るため,わたしたちが何をしなければならないかを明らかにしています。したがって,聖書に述べられている事柄すべてを詳しく知ることは,知恵の道だと言えます。

  • 進化は信仰をそこなう
    ものみの塔 1971 | 5月1日
    • 進化は信仰をそこなう

      1 キリスト教世界の僧職者の多くが進化を肯定するのを知って驚く人がいます。なぜですか。

      進化の教えは,神に対する信仰を築くようにはできていません。それは聖書に対して深い尊敬の念をいだかせるわけでもありません。そのため,キリスト教世界の僧職者の大ぜいが進化論をはばからずに肯定したり,教会の後援する学校の教科書でその教えが支持されたりするのを知り,あらためて驚く人がいます。

      2 (イ)カトリックの代弁者たちは,進化を信ずることについてなんと述べてきましたか。(ロ)彼らの見解は聖書とどのように矛盾しますか。

      2 この傾向がローマ・カトリック教会内でどのように育ってきたかについて,「カトリック新百科事典」は次のように述べています。「1950年に〔教皇ピオ12世の発した〕回勅,人類の起源は,新しい傾向を生みだす出発点となった…進化は根拠確実な仮説として,はっきり認められた」。オランダの神学校の教師で,聖アウグスチヌス修道会の会士A・ヒュルスボスクは,これと同様な発言をしています。「生物学の見地から,人間の起源が動物界にあったことはもはや否定できない」。a さらに,カトリックのデューケイン大学の招聘教授,イエズス会のピーター・シューンバーグはこう述べています。「さて,人間という種の起源を考慮してみると,その親は最も下等なものであったことがわかる。最初の人間たちの『親』は人間ではなく,動物であったからである」。b しかしながら,こうした発言は聖書と直接矛盾するものです。聖書は,アダムが「神の子」であり,彼が神に「象て」造られたと明白に述べています。―ルカ 3:38。創世 1:26。

      3 あるカトリックの学校では,進化の教えがどの程度推し進められていますか。その結果,学生たちはどんな影響を受けていますか。

      3 それらカトリックの教師たちの進化に対する態度は,消極的なものではありません。むしろ,この教えを学生たちに徹底的に印象づけたいと考えています。これは,アイオーナ(カトリック系)大学で使われている生物学のある教科書から明らかなとおりです。その序文にはこう書かれています。「生物学における最も一般的な原則は進化である。この

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