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  • 全地にエホバのような者はひとりもいない
    ものみの塔 1970 | 11月1日
    • 神は巨大なわなを用意されていました。―出エジプト 14:3。

      25 自分の力のもとから解放された,大いなる群衆に関連して,より大いなるパロは,まもなく何を行なうと考えられますか。

      25 現代においてもそれと同様,大いなるパロは,「ゴグ」という名称のもとに,エホバの驚くべき解放のわざを無に帰させようと努めるでしょう。しかしエホバは,そうした事態を処理する十分の用意があることを,ご自分を避け所としてのがれてきた人々すべてに保証しておられます。(エゼキエル 38:14-16)恥辱的な敗北をこうむって滅亡するのは,サタンと彼の強力なしもべたち,および,進んで彼に仕えた支持者たちです。一方解放された奴隷たちは,至上の主権者,諸軍のエホバの強い手と差し伸べられた腕を賛美するのです。―出エジプト 15:1-21。

      26 パロに対する神の処置に基づき,どんな大勝利を当然期待できますか。

      26 紅海でエジプト人に臨んだすさまじい災難は,大いなるパロと彼の支持者全部をまもなく飲み尽くす大惨禍の前に,まったく取るにたらないものとなるでしょう。それが最終的に執行されるのは,ハルマゲドンの時およびその直後です。現代の実体的エジプトが,ソドムや不信仰なユダヤと同様に滅亡するばかりか,大いなるパロみずから,神の天軍の司令官キリスト・イエスによって,つながれ,底なき所に投げ入れられます。(黙示 20:1-3)それはなんという勝利でしょう。「全地に〔ご自分〕のような者がひとりもいないこと」を,一点の疑問の余地なく立証される神に,最も壮大な賛美と感謝の調べをささげてしかるべき大勝利です。

      27 その大勝利にあずかることを,各人はどうすれば,確かなものにできますか。

      27 しかし,今や足早に近づいてくる,さばきの執行されるその重大な日に,あなたはどこにおられますか。実体的なエジプトからのがれることを,あまりにも遅らせすぎてしまっているでしょうか。それとも,エホバにより解放された人々からなる大群の勝利の行進に加わった,入り交じった群集のひとりになっておられるでしょうか。解放者に向かい心臓から賛美の声を高らかに上げ,「この事物の体制の神」であるサタンと彼の全世界の滅亡を大胆に宣言しておられるでしょうか。神がキリストにより得られる永遠の勝利にあなたがあずかれますように。その幸福な将来を確保するために決定を下し,行動をするのは,あなたご自身の事柄です。

  • 神の予知力
    ものみの塔 1970 | 11月1日
    • 神の予知力

      神の予知とその驚くべき力の行使をどのように理解するかは,神とわたしたちとの関係に重大な影響をおよぼします。しかしこの問題に対して正しい見解を持つためには,いくつかの要素を認める必要があります。

      まず,神の予知し,予定する能力は,聖書に明示されているということです。エホバご自身が,ご自分の神なることの証明として,救いと解放,および審判と刑罰を予知,予定し,かつそれらのことを成就する能力を示されています。(イザヤ 44:6-9; 48:3-8)すべての真の預言の基礎をなすのは,そうした神の予知と予定です。(イザヤ 42:9。エレミヤ 50:45。アモス 3:7,8)神は,ご自分の民に敵対する諸国民の神々に,その神なること,すなわち諸国民が彼らの偶像に付与している神性を証明するよう挑戦しておられます。神は諸国の神々が,同様の救い,または審判のわざを予告し,かつそれを成就させることによってそれをするよう要求されています。この点における神々の無力は,諸国民の偶像が「風であり,空しいもの」にすぎないことを示すものです。―イザヤ 41:1-10,21-29; 43:9-15; 45:20,21。

      考慮すべき2番目の要素は,神の理知ある被造物が倫理的に自由に行動する力を付与されているということです。聖書の示すところによると,神は理知ある被造物に,自由選択,および倫理的に自由に行動する力を行使する特権と責任を与え(申命 30:19,20。ヨシュア 24:15),そうすることによって,彼らを自分の行為に責任をもつべき者とされました。(ロマ 14:10-12。ヘブル 4:13)従って彼らは,自動人形,つまりロボットではありません。もし倫理的に自由な行為者でないとすれば,人間はほんとうに「神の像」に造られたとは言えません。(創世 1:26,27)論理的に言って,神の予知(および予定)と,神の理知ある被造物の倫理的に自由に行動する力との間にはなんの矛盾もありません。

      考慮すべきもうひとつの要素は,見落とされがちなものですが,聖書に示されている神の道徳規準,および公正・正直・公平・愛・あわれみ・親切などを含む神の属性です。したがって,神の予知し,予定する力の行使にかんする理解は,いかなるものでも,これらの要素の一部のみならず,全部と調和していなければなりません。

      神が予知されることは何事にかぎらず,必ず実現しなければなりません。それでこそ神は,「無きものを有るものの如くに呼」ぶことができるのです。(ロマ 4:17)そこでつぎのような疑問が生じます。神の予知力の行使は無限か。神は全被造物の未来の行動をことごとく予見し,予知されるか。神は未来の行動を予定されるか。あるいは全被造物の窮極の運命を,彼らが存在しないうちから前もって定められるか。

      または,神の予知力の行使は,予知予見しようと思うものを予知予見し,予知予見すまいと思うものを予知予見しないというように,選択的で,任意に行なわれるものか。また,被造物の永遠の運命にかんする神の決定は,被造物の存在に先行するものではなく,むしろ彼らの生きかた,また試練のもとで彼らが示した態度に対する神の審判に待つものであるか。これらの疑問に対する答えは,当然聖書そのものから得られねばなりません。

      予定説の見方

      神の予知力の行使は無限であって,神はすべての人間の歩む道と運命をあらかじめ定めているという見方は,予定説として知られています。この説の信奉者は,神の神性と完全性は,過去と現在のみならず未来についても全知であることを要求する,と論じます。この説によると,神がすべての事柄を詳細な点に至るまで予知しないことは,不完全である証拠です。

      しかし予定説のそのような見方が何を意味するかを考えてみなければなりません。その考えかたからすると,神は,天使や地上の人間を創造する前に,予知力を働かせ,ひとりの霊の子の反逆,それにつづく最初の人間夫婦のエデンにおける反逆(創世 3:1-6。ヨハネ 8:44),そしてその反逆が招いた,今日まで,かつ,これから未来にまでおよぶすべての悪い結果をも含めて,そうした創造のわざが何をもたらすかをことごとく予見し,予知していたことになります。ということは必然的に,歴史に記録されているあらゆる悪(犯罪と不道徳・圧制とそれが生み出す苦難・虚偽と偽善・偽りの宗教と偶像崇拝)は,創造開始前に,神の思いの中だけに,未来の予知という形で,かつて存在していたことになります。

      もし人間の創造者が,人間創造以来の歴史を予知する力を実際に行使していたとすれば,それ以後に生じた悪の全勢力は,神が,「我ら人を造(らん)」と言われたとき,神によって故意に活動を開始させられた,ということになります。(創世 1:26)そうなると,予定説を唱える人々の考えの合理性と一貫性は疑わしいものになってきます。弟子のヤコブが,みだれとさまざまの悪しきわざとは,天にいます神から下るのではなく,「地に属し,情慾に属し,悪鬼に属するもの」であることを示している以上,とくにそういうことが言えます。―ヤコブ 3:14-18。

      神が,未来のすべてのできごとと状況を細部に至るまで予知しないなら,それは,神が不完全な証拠だという論は,実際には,完全性に対する専断的な見方です。なににせよ,それが完全であるか否かを決定するものは,結局神ご自身の意志であり,御旨であって,人間の意見や概念ではありません。―サムエル後 22:31。イザヤ 46:10。

      これをたとえて言えば,神の全能性はまとがいなく完全であり,その範囲は無限であるということです。(歴代上 29:11,12。ヨブ 36:22; 37:23)しかし強さにおいて完全であるからといって,ひとつの事,またはすべての事に,その全能の力をあますところなく用いねばならぬわけではありません。明らかに神は,そうしてこられませんでした。さもなければ,古代のある都市や国にとどまらず,地球とその上のものすべてが,ノアの大洪水とかその他の時に,神の刑執行により,とっくの昔にまっ殺されていたでしょう。(創世 6:5-8; 19:23-25,29)したがって,神が力を行使される場合,無限の力をただ解き放つと言うのではなく,その力は常に神の目的によって支配され,必要な場合にはあわれみによって加減されます。―ネヘミヤ 9:31。詩 78:38,39。

      同様に,もし神があることにおいて,その無限の予知力をある特定の方法で,また,ご自分に喜びをもたらす程度,使用することを選択されたとしても,「汝何をなすや」と言える権利が,人間にも天使にも,ないことは当然です。(ヨブ 9:12。イザヤ 45:9。ダニエル 4:35)ですから,神が何を予見し,予知し,予定できるかは,能力の問題ではありません。「神はすべての事をなし得る」からです。(マタイ 19:26)問題は,神が何を予見し,予知し,予定することをよしとされるかです。「行なうことを喜びとする事柄すべてを,彼は行なわれた」からです。―詩 115:3,新。

  • 予知力の選択的な行使
    ものみの塔 1970 | 11月1日
    • 予知力の選択的な行使

      予定説に代わるもの,すなわち,神の予知力の選択的もしくは任意的な行使は,神ご自身の正義の標準と調和していなければならず,また神が聖書においてご自身を啓示されていることと一致していなければなりません。予定説とは対照的に,聖書の句には,神がある時期に一般に見られたある状況を検討し,それにもとづいて決定を下されたことを示すものが少なくありません。

      ソドムとゴモラの町で悪がはびこったのち,エホバはアブラハムに,「その号呼の我に達れる如くにかれら全く行ひたりしや」を(天使を通して)調べ,「若しからずは我知るに至らん」とのご自身の決定を伝えておられます。(創世 18:20-22; 19:1)神は『アブラハムと知り合いになった』ことについて語られました。そして彼がイサクを犠牲にささげようとするに至り,エホバはこう言われました。「汝の子即ち汝の独子をも我ために惜まざれば,我今汝が神を畏るを知る」― 創世 18:19; 22:11,12。

      選択的予知とは,被造物の未来の行動をすべて無差別に予知すまいとすればそれができるということです。これはつぎのことを意味します。すなわち創造以後の歴史全体は,すでに予知し,予定してあったものの単なる再上映ではなく,神は全き誠実をもって,最初の人間夫婦の前に,悪のない地で永遠に生きる見込みを置くことができた,ということです。したがって,神の完全な,罪のない代理の者として,子孫をもって地を満たし,地を楽園にし,動物を支配せよとの,最初のむすこと娘に対する神の指示は,真の愛から出た特権の付与であり,彼らに対する神の偽りない願望であったということです。つまり,それは,あらかじめ失敗に終わるように定められていた使命を,彼らに与えるというものではなかったのです。また神が,「善悪を知る樹」によって試みたことや,エデンの園に「命の木」を創造したことなども,人間夫婦が罪を犯し,「命の木」の実を食べえないことを予知して行なった,無意味な,冷笑的な行為,ということにはなりません。―創世 1:28; 2:7-9,15-17; 3:22-24。

      たいへん望ましいもので,手にはいらぬことが初めからわかっているものを人にすすめることは,偽善的であり,残酷なこととされています。しかし,永遠の生命の見込みは,すべての人々の目標,到達可能な目標として聖書に示されています。イエスは自分の話を聞いていた聴衆に,神からの良きものを『求め,たずねつづける』ことをすすめたのち,父親というものは,パンや魚を求める子に,石やへびは与えないものだ,と言われました。そして,人の正当な望みをくじくことについてのご自身の父の見方を示してつぎのように言われました。「然らば汝ら悪しき者ながら,善き賜物をその子らに与ふるを知る。まして天にいます汝らの父は,求むる者に善き物を賜はざらんや」― マタイ 7:7-11。

      ですから,益を受けなさい,という招待とそれを受ける機会,およびすべての人間の前に置かれた永遠の祝福は,神の誠意から出たものです。(マタイ 21:22。ヤコブ 1:5,6)神は全き誠実をもって人々に,『とがを離れて生きつづけよ』とすすめることができます。神はイスラエルの民に対してそれをなされました。(エゼキエル 18:23,30-32)もし彼らが,それぞれ悪のうちに死ぬよう運命づけられていて,そのことを神が予知していたとすれば,この勧告は論理上不可能なことでした。エホバはイスラエルに言われました。「我はヤコブの裔になんぢらが我を尋ぬるは徒然なりとはいはず,我エホバはただしき事をかたり直きことを告ぐ。……地の極なるもろもろの人よ,なんぢら我をあふぎのぞめ然ばすくはれん」― イザヤ 45:19-22。

      使徒ペテロも同様の意味のことを書いています。「エホバはご自分の[エホバの日の到来の]約束に関して,ある人々がおそいと考えるようにおそくない。彼はひとりの滅びることも望まず,すべての者が悔改めに至ることを望んで,あなたがたを忍んでおられるのである」。(ペテロ後 3:9,12,新)だれが永遠の救いを得,だれが永遠の滅びを受けるかを,すでにいく千年も前から正確に予見し,予定していたとすれば,神のそのような『忍耐』はいったい何の役に立つのか,また『すべての人が悔い改めるように』との神の望みは,はたしてどの程度誠実なものか,疑問が生ずるでしょう。霊感を受けた使徒ヨハネは,「神は愛なればなり」と書き,使徒パウロは,愛は「おほよそ事望」むと述べています。(ヨハネ第一 4:8。コリント前 13:4,7)神はこのすぐれた属性に調和して,人々が,救われる価値のない者,望みのない者であることを,自ら証明するまで,彼らが救いを得ることを望みながら,すべての人に,真に公平で親切な態度をもって臨まれるのです。(ペテロ後 3:9とヘブル 6:4-12を比較してください)使徒パウロが,「なんぢを悔改に導く」「神の仁慈」について語っているのは,その理由です。―ロマ 2:4-6。

      最後に,もしキリスト・イエスのあがないの犠牲の益を受ける機会が,誕生前からの神の予知により,ある人々 ― おそらく幾百万という人々 ― にとってすでに閉ざされ,それが変更されないものであるために,彼らがいかにしても,あがないの益を受けるにふさわしいことを証明できぬとすれば,キリスト・イエスのあがないの犠牲は,すべての人間のためにささげられたとは言えません。(コリント後 5:14,15。テモテ前 2:5,6。ヘブル 2:9)神の公平さが,単なることばのあやでないことは明らかです。「神は……何れの国の人にても神を敬ひて義をおこなふ者を容れ給ふ」。(使行 10:34,35。申命 10:17。ロマ 2:11)「神を求め,神をさがし尋ねて,ほんとうに見いだす」ことは,すべての人がしようと思えば実際にでき,また,その機会はすべての人に疑いなく開かれています。「事実神はわたしたちおのおのから遠く離れておられるのではない」。(使行 17:26,27,新)そういうわけで,「聞く者も言へ『きたり給へ』と,渇く者はきたれ,望む者は価なくして生命の水を受けよ」という,黙示録の最後にしるされている神のすすめは,むなしい希望でも,そらぞらしい約束でもありません。―黙示 22:17。

  • 神が予知する事柄
    ものみの塔 1970 | 11月1日
    • 神が予知する事柄

      聖書の記録全体を通じて,神の予知と予定は,一貫して神の目的および神の意志と結びついています。神の目的が必ず成就するからには,神はその結果,すなわちご自身の目的の窮極的な実現と,それを達成するために適当と見られる手段とを予知し,予定することができます。(イザヤ 14:24-27)したがってエホバは,将来のできごと,または行動にかんするご自分の目的を『形づくる』,あるいは『形成する』かたとして語られています。(列王下 19:25。イザヤ 46:11,新)偉大な陶工であられる神は,ご自身の目的にそって,「すべての事を〔御意志〕の思慮のままに行ひたま」い,(エペソ 1:11〔新〕)神を愛する者のために,「すべてのこと相働きて益となる」ようにされるのです。(ロマ 8:28)ですから神が,「終のことを始よりつげ,いまだ成らざることを昔よりつげ」られるのは,ご自身のあらかじめ定められた目的と確実に関係のある事柄です。―イザヤ 46:9-13。

      神が最初の人間夫婦を創造されたとき,彼らは完全でした。また神はご自分のすべての創造のわざの結果をごらんになって,『はなはだ善い』ということができました。(創世 1:26,31。申命 32:4)記録によると,それから神は,その人間夫婦の将来の行動を自信なげに心配することなどせず,『休まれて』います。(創世 2:2)それができたのは,全能の力と最高の知恵のゆえに,将来のいかなる行為や状況や偶発事件も,神の至上の目的の実現をはばむ,打ち勝ちがたい障害,もしくは対処しがたい問題を生み出す可能性がないからです。―歴代下 20:6。イザヤ 14:27。ダニエル 4:35。

      人々の級にかんする予知力

      神が特定の団体,国民,または大多数の人類のたどる道を予知し,彼らの将来の活動の基本的な進路を予告し,それにかんする対策をあらかじめ定められた例はいくつかあります。しかしそのような予知や予定は,人類のそうした集団もしくは区分の中にいる個々の人間から,特定の道を歩む選択の自由を奪うものではありません。この点は以下にかかげる実例に見ることができます。

      ノアの洪水以前,エホバは,人の命はもとより,動物の命を奪う,破滅をもたらすというご計画を発表されました。しかし聖書の記録によると,神のその決定は,そうした処置を必要とする状況が発展したのちに下されて

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