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野外宣教で用いるための紹介の言葉聖書から論じる
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が全面的な核戦争を指してこの言葉を用いるのを聞いているからでしょう。ハルマゲドンは人類にとって何を意味すると思われますか。……ハルマゲドンという名称は本当は聖書から取られていますが,この言葉は一般的に用いられている場合とは全く異なった事柄を意味しています。(啓示 16:14,16)聖書はまた,私たちが生き残るために個人的に行なえる事柄があることをも示しています。(ゼパニヤ 2:2,3)』(また,370ページの主要な見出し,「ハルマゲドン」の項も参照。)
犯罪/安全
● 『今日は。私たちは個人の安全という問題について皆さまと話し合っております。私たちの周囲では犯罪が頻繁に起きており,私たちの生活も影響を受けています。私たちが夜道を安心して歩けるような時代が来ると思われますか。(あるいは,だれかがこの問題の真の解決策を持っていると思われますか。)……(箴言 15:3。詩編 37:10,11)』
● 『私はご近所の者で ―― と申します。今朝,ご近所を訪ねていましたら,皆さんが(最近,近所で起きた犯罪事件,あるいはその土地の人々にとって関心のある他の事柄)について話しておられるのに気づきました。あなたはそれについてどう考えておられますか。……私たちの生活をもっと安全なものにするのに役立つような事柄が何かあると思われますか。(箴言 1:33; 3:5,6)』
不公正/苦しみ
● 『人間は不公正や苦しみを経験していますが,神はそのようなことを本当に気にかけておられるのだろうかと疑問に思われたことがありませんか。(伝道 4:1。詩編 72:12-14)』(また,主要な見出し,「苦しみ」および「励まし」の項も参照。)
老齢/死
● 『私たちはどうして年を取って死ぬのだろうと不思議に思われたことはありませんか。ウミガメの中には何百年も生きるものがいます。ある樹木は何千年も生きています。ところが,人間はわずか70年か80年生きて,それから死んでしまいます。これはどうしてなのか不思議に思われたことがありませんか。……(ローマ 5:12)このような状態はいつか変わるでしょうか。……(啓示 21:3,4)』
● 『死ねばすべてが終わるのだろうか。それとも,死後にも何かがあるのだろうかと,お考えになったことがありますか。……聖書は,私たちが死について持ちそうな疑問を何でも解いてくれます。(伝道 9:5,10)聖書はまた,信仰を抱く人たちには真の希望があることも示しています。(ヨハネ 11:25)』(また,183ページの主要な見出し,「死」,および「励まし」の362,363ページの項も参照。)
多くの人々が,「忙しいので結構です」と言うとき
● 『今日は。私たちは大切なお知らせがありますので,このご近所の皆さまをお訪ねしております。きっとお忙しいことと思いますので,簡単にお話しいたします』。
● 『今日は。私は ―― と申します。私は神の王国の祝福と,どうすればその祝福にあずかれるかについてお話ししたいと思ってお訪ねいたしました。でも,お忙しいようですね(あるいは,お出かけのところのようですね),できれば一つの点だけお伝えしておきたいと思いますが』。
多くの人々が,「宗教を持っています」と言うとき
● 『お早うございます。私たちはご町内(あるいは,この地区)の皆さまを訪問しております。大抵の方はご自分の宗教をお持ちですが,あなたもご自分の宗教をお持ちだと思います。……しかし,どんな宗教を持っていても,私たちは高い生活費や犯罪あるいは病気など,数多くの同じ問題を抱えているのではないでしょうか。……これらの問題に真の解決策があると思われますか。(ペテロ第二 3:13など)』
しばしば回っている区域で
● 『お目にかかれてうれしく思います。私たちはご近所を毎週お訪ねしておりますが,神の王国が人類のために行なうすばらしい事柄についてもう少し皆さまにお知らせできればと思います』。
● 『今日は。またお目にかかれてうれしく思います。……ご家族の皆さまはお変わりありませんか。……私は……についてご一緒に考えたいと思ってお寄りいたしました』。
● 『お早うございます。お元気でいらっしゃいますか。……私はもう一度お会いしてお話ししたいと思っておりました。(それから,話し合いたい特定の主題を挙げる。)』
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対話を拒否するような返事に対処する方法聖書から論じる
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対話を拒否するような返事に対処する方法
注解: 人々が命を得る見込みは,エホバ神と,キリスト・イエスの治める神の王国とに対する態度にかかっています。神の王国に関する音信は感動的なもので,人類のための唯一の信頼できる希望を指し示しています。この音信には人の生き方を変えさせる力があります。ですから,わたしたちはこの音信をすべての人に聞いてもらいたいと思います。感謝の念を抱いてそれを受け入れるのはごく少数の人たちにすぎないことは分かっていますが,しかし人々が情報を得た上で選択することになっているのであれば,少なくともそれについて聞く必要があるということをわたしたちは知っています。それでも,すべての人が喜んで耳を傾けるわけではありませんし,わたしたちも人々に強制しようとは思いません。しかし,分別を働かせれば,対話を拒否するような返事が,話し合いをさらに進めるきっかけになる場合も少なくありません。次に挙げるのは,経験を積んだ証人たちがふさわしい人々を探す努力を払う際に用いてきた話し方の実例です。(マタイ 10:11)わたしたちがお勧めするのは,それらの返事のどれかを丸暗記するのではなく,考えを把握して,それを自分の言葉で述べ,
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