-
異国人聖書に対する洞察,第1巻
-
-
ギリシャ語で「異国人」を意味する言葉はバルバロスで,基本的にはギリシャ語を話さない人を指します。―「バルバロイ」を参照。
-
-
イコニオム聖書に対する洞察,第1巻
-
-
イコニオム
(Iconium)
海抜約1,027㍍の高地にある,小アジアの古代都市。イコニオムは現在ではコニヤ(コニア)という名で知られており,中央トルコ高地の南西の端にあるアンカラの南約240㌔の所にあります。西暦1世紀のイコニオムは,ローマの属州ガラテアの主要都市の一つで,エフェソスからシリアに通じる主要通商路をまたぐ位置にありました。
この都市ではユダヤ人がかなりの勢力を持っていました。パウロとバルナバは,ピシデアのアンティオキアを去ることを余儀なくされた後,イコニオム市とその地の会堂で宣べ伝え,そこで大勢のユダヤ人とギリシャ人を助けて信者とならせました。しかし,彼らを石打ちにしようという企てがなされた時,彼らはイコニオムからルステラに逃げました。ところが,ほどなくしてユダヤ人たちがアンティオキアとイコニオムからルステラにやって来て,その地の群衆をあおり立て,群衆はパウロを石打ちにしました。その後パウロとバルナバはデルベに行き,次いで勇敢にもルステラ,イコニオム,アンティオキアに戻って兄弟たちを強めるとともに,「年長者たち」を任命してこれらの都市に設立された会衆の責任ある立場に就かせました。―使徒 13:50,51; 14:1-7,19-23。
後日,割礼の論争が持ち上がり,エルサレム会衆の使徒や年長者たちによってそれが解決された後に,パウロはイコニオムを再度訪れたかもしれません。パウロがルステラとイコニオムの兄弟たちの間で良い評判を得ていた青年テモテを同伴するようになったのは,この2回目の宣教旅行の途中からでした。―使徒 16:1-5; テモ二 3:10,11。
イコニオムはフリギアとルカオニアの境界沿いにありました。ストラボンやキケロなど幾人かの古代の著述家がイコニオムをルカオニアの都市としているのに対し,クセノフォンがそこをフリギアの最後の都市と呼んでいることはこれで説明されるかもしれません。地理的な観点からすると,イコニオムはルカオニアに属していましたが,考古学上の発見からうかがわれるように,文化や言語の点ではフリギア的でした。1910年にここの遺跡で発見された幾つかの碑文は,パウロの時代以降2世紀ほどの間,フリギア語がその地で話されていたことを示しています。ですから,「使徒たちの活動」の書の筆者が,イコニオムを,「ルカオニア語」の話されていたルカオニアに含めなかったのはふさわしいことでした。―使徒 14:6,11。
-
-
いさかい聖書に対する洞察,第1巻
-
-
いさかい
(Quarrel)
「言い争い,いさかい」を参照。
-
-
イサク聖書に対する洞察,第1巻
-
-
イサク
(Isaac)[笑い]
アブラハムが妻サラによってもうけた一人息子。したがって,キリストに至る家系の一つのかなめとなっている人。(代一 1:28,34; マタ 1:1,2; ルカ 3:34)イサクはおよそ5歳で乳離れし,恐らく25歳のころに犠牲としてささげられたも同然の経験をし,40歳で結婚し,60歳で双子の息子たちの父となり,180歳で死にました。―創 21:2-8; 22:2; 25:20,26; 35:28。
イサクの誕生は極めて異例な状況のもとで起きました。その父も母も非常に年老いており,母はずっと前から月経がなくなっていました。(創 18:11)ですから,アブラハムはサラが男の子を産むであろうと神から告げられた時,その見込みを考えて笑い,「百歳の人に子供が生まれるだろうか。それにサラが,そう,九十歳にもなる女が子を産むだろうか」と言いました。(創 17:17)サラも,何が起きるかを知って笑いました。(「笑い」を参照。)その後,翌年の「定めの時」に子供が生まれ,「エホバにとってあまりに異例でなし得ない」事は何もないことが実証されました。(創 18:9-15)そのときサラは,「神はわたしのために笑いを備えてくださいました」と声を上げ,さらに「だれでもこれについて聞く人はわたしのことで笑うでしょう」と言いました。そのため,エホバが言っておられたとおり,その男の子は適切にも,「笑い」という意味のイサクと名づけられました。―創 21:1-7; 17:19。
イサクはアブラハムの家の者であり,約束を相続する者でしたから,きちんと8日目に割礼を施されました。―創 17:9-14,19; 21:4; 使徒 7:8; ガラ 4:28。
イサクは何歳で乳離れしましたか
アブラハムはイサクが乳離れする日に大きな宴を催しました。その時のことだったと思われますが,サラは,イシュマエルが腹違いの弟イサクを「からかっている」のに気づきました。(創 21:8,9)幾つかの翻訳(エルサレム,モファット,改標)では,イシュマエルはイサクとただ「遊んでいた」,つまりたわいない遊びをしていたとされています。しかし,このヘブライ語のツァーハクという言葉は,攻撃的な意味合いを含む場合もあります。そのため,この同じ言葉が他の聖句の中に出て来ると(創 19:14; 39:14,17),それらの翻訳はそれを,「笑い物にする」あるいは「悪ふざけをする」,「侮辱する」などと訳しています。
あるタルグムは,シリア語ペシタ訳と同様に,創世記 21章9節で,イシュマエルの発言に「あざ笑う」という意味を付しています。クックの「注解」はツァーハクという言葉についてこう述べています。「この箇所のその言葉は,一般に理解されているように,恐らく『あざけりの笑い』という意味であろう。アブラハムはイサクのことで喜びつつ笑い,サラは疑うように笑ったが,今度はイシュマエルがあざけって,それも恐らく迫害や暴虐を加える気持ちで笑った」。霊感を受けた使徒パウロはこの問題に決着をつけ,イシュマエルのイサクに対する接し方
-