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聖書に対する洞察,第1巻
洞-1 「エマオ」

エマオ

(Emmaus)

イエス・キリストが復活した日に,クレオパと仲間の弟子が行こうとしていた村。その旅の途中,物質の体を着けたイエスは彼らと一緒になりました。しかし二人は,エマオに着いて,イエスが『彼らと一緒に横になって食事をされる』まで,それがイエスであることに気づきませんでした。その後イエスが姿を消してから,二人の弟子はその晩のうちにエルサレムに戻りました。(ルカ 24:13-33)ルカは,その村がエルサレムから『六十スタディオン』(7.5ローマ・マイル[11㌔])の所にあったと述べています。

しかし,エマオが現在のどの位置になるのかは確定されていません。少なくとも六つほどの違った場所が提起されています。その中で最も有力なのは,テル・アビブ・ヤフォに通じる道路沿いのイムワスです。しかしイムワスは,エルサレムの西北西約175スタディオン(32㌔)の所にあり,ルカが述べるより3倍も遠くなります。よく候補に挙げられる別の場所,カルーニヤ(メヴァッセレト・ツィーヨーン)は,テル・アビブ・ヤフォに通じる主要道路沿いにあり,一部にはヨセフスの言及したアマウースであるとして受け入れられていますが,そこはエルサレムから約35スタディオン(6.5㌔)の所にあり,ルカの記録と一致させるには近すぎます。そのため,エマオをエル・クベーバと同定することを好む人たちもいます。そこは提唱されている他の場所よりも北寄りのローマの街道沿いにあります。ギリシャ語聖書時代にさかのぼると考えられる遺跡がそこで発見されています。エルサレムの北西約60スタディオン(11㌔)というその位置は,ここが聖書に出て来るその村ではないかとする見解の支えとなっています。しかし,現在のところ,決定的な同定は不可能です。

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