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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1988
塔88 11/15 15–20ページ

神を崇拝するよう他の人を援助する

「不信者または普通の人が入って来れば……その心の秘密は明らかにされ,そのため彼はひれ伏して神を崇拝し……ます」― コリント第一 14:24,25。

1-3 神の是認を得るように,コリントの多くの人はどのように援助されましたか。

使徒パウロは二回目の宣教旅行の際,コリント市に1年半滞在しました。そこでパウロは『ひたすらみ言葉のことに携わり,証しをし』ました。どんな結果になりましたか。「み言葉を聞くコリント人の多くが信じてバプテスマを受けるようになった」のです。(使徒 18:5-11)彼らは「神聖なものとされ,聖なる者となるために召され」ました。―コリント第一 1:2。

2 その後,アポロがコリントを訪れました。それよりも前にプリスキラとアクラは,バプテスマに関する事柄を含め,「神の道をより正しく」理解できるようアポロを援助したので,アポロは神の善意つまり是認を得たクリスチャンとなりました。(使徒 18:24-19:7)次いでアポロは,かつて『声のない偶像のもとへと導かれていた』コリント人を援助しました。(コリント第一 12:2)それらの人々は,恐らく自分の家で聖書の教えを与えられたのでしょう。それに加え,クリスチャンの集会に出席して学ぶこともできました。―使徒 20:20。コリント第一 14:22-24。

3 そうした教えの結果,以前の『不信者と普通の人』が大勢,真の崇拝に引き寄せられました。男女の別を問わず,人々がバプテスマと神の是認という段階に進歩してゆくのを見るのは,非常に喜ばしいことだったに違いありません。それは今でも喜ばしいことです。

『不信者と普通の人』を援助する

4 コリントの人たちと同様,今日の多くの人は,どのような方法によって援助されていますか。

4 今日のエホバの証人も,『すべての国の人々を弟子とし,彼らにバプテスマを施す』ようにとのイエスのご命令に従っています。(マタイ 28:19,20)そして,受け入れる力のある心に真理の種を植えた後,再訪問を行なってその種に水を注ぎます。(コリント第一 3:5-9。マタイ 13:19,23)証人たちは,人々が質問の答えを得て聖書の真理を学べるよう,毎週行なわれる無償の家庭聖書研究を申し出ます。そのような人たちも,1世紀の「不信者」がコリントの集会に出席したように,エホバの証人の地元の集会に出席するよう勧められています。では,エホバの証人は,聖書を研究して集会にやって来る人たちをどのようにみなすべきですか。

5 特定の人々と接する際に警戒すべき,聖書的などんな根拠がありますか。

5 そのような人たちが神に近づくのを見るのはうれしいものです。とはいえわたしたちは,彼らがまだバプテスマを受けた信者ではないことを銘記しています。第一研究を基盤とした次の二つの教訓も念頭に置いてください。(1)イスラエル人は,神の民のそばにいてある種の律法に従ってはいても,割礼を受けた改宗者ではなく,崇拝における兄弟ではない外国からの移住者たちに警戒しました。(2)コリントのクリスチャンは,「不釣り合いにも不信者とくびきを共にしてはなりません。義と不法に何の交友があるでしょうか」というパウロの言葉ゆえに,『不信者と普通の人』に接する際に用心しました。―コリント第二 6:14。

6 「不信者」は集会によってどのように『戒めを受ける』ことがありますか。また,そうした戒めはどのような性質のものですか。

6 ですから,わたしたちは『不信者と普通の人』を迎え入れますが,彼らがまだ神の規準にかなっていないことを意識します。聖書のコリント第一 14章24節と25節が指摘しているとおり,そのような人たちは自分の学ぶ事柄によって「つぶさに調べられ」,場合によっては『戒めを受ける』ことが必要かもしれません。そうした戒めは審理処置として与えるようなものではありません。また,そのような人たちはまだ会衆のバプテスマを受けた成員ではないので,会衆の審理委員会の前に召喚されることもありません。むしろ,そうした新しい人たちは,自分が学んでいる事柄の結果として,神がどんな利己的で不道徳な道をも有罪としておられることを確信するようになります。

7 多くの生徒は,さらに新たなどんな進歩を遂げたいと願いますか。それはなぜですか。

7 そのうちに,バプテスマを受けていない多くの人は,関心を持つ学び手として集会に出席する以上のことを望むようになるかもしれません。イエスの次の言葉はその理由を示しています。「生徒は教師より上ではありませんが,すべて完全に教え諭された者は自分の教師のようになるのです」。(ルカ 6:40)聖書研究生は,自分の教師が野外宣教を極めて重要なものとみなし,その奉仕から来る幸福感を味わっていることを理解できます。(マタイ 24:14)ですから,聖書の真理を学んで集会に出席してきた人たちは,信仰が強まるにつれ,次の言葉を心に銘記するかもしれません。「良いたよりを携えて来る者,平和を言い広める者,より良いことについての良いたよりを携えて来る者,救いを言い広める者……の足は,山々の上にあって何と麗しいのだろう」。(イザヤ 52:7。ローマ 10:13-15)その人は,バプテスマを受けていなくても,エホバの証人の会衆に固く付き,王国伝道者になりたいと思うかもしれません。

8,9 (イ)聖書研究生が公の宣教にあずかることを望む時,どんなことを行なうべきですか。(ロ)二人の長老は,伝道者になる見込みのある人とその教え手に会って,何をしますか。(ハ)新しい伝道者は,どんな責任を担うことになりますか。

8 聖書研究を司会している証人たちは,研究生が野外奉仕にあずかりたいと願っていることを知った時,その問題について主宰監督と話し合うことができます。主宰監督は,二人の長老がその聖書研究生およびその教え手に会う取り決めを設けるでしょう。長老たちは,新しい人が神に仕えることを願う時,喜びを感じます。長老たちは,さらに多くのことが求められている人たち,つまりバプテスマを受けた後,真理においてさらに進歩を遂げている人たちが得ている知識と同じレベルの知識を,新しい人に期待したりはしません。しかし長老たちは,新しい人が会衆と共に野外宣教にあずかる前に,聖書の教えに関するある程度の知識を持ち,神の定められた原則に生活を調和させていることを確かめたいと思うでしょう。ですから,二人の長老が,伝道者になる見込みのあるその人,およびその研究を司会している証人と会うことには,もっともな理由があるのです。a

9 その二人の長老は,その人が野外奉仕に参加する資格を持ち,実際に野外奉仕にあずかる時に野外奉仕報告を提出でき,その人の名が付された会衆の伝道者の記録カードが作成されるということを,研究生に知らせるでしょう。そのようなカードが作成されることは,その人がエホバの証人の神権的組織に所属し,従うことを実証するものです。(この点は,野外奉仕報告を提出する他のすべての人にも当てはまるでしょう。)その話し合いには,「わたしたちの奉仕の務めを果たすための組織」b という書籍の98ページと99ページに略述されているような,聖書の諭しをも含めるべきです。したがって,研究生がその書籍を個人用に求めるのは,この時がふさわしいでしょう。

10 (イ)バプテスマを受けていない伝道者は,何を目標にして,どのように進歩を続けることができますか。(ロ)「是認された仲間」という語に関して,調整を施す必要があるのはなぜですか。(脚注をご覧ください。)

10 良いたよりの,バプテスマを受けていない伝道者としての資格を有する人は,「善意の人」となる方向に歩んできました。c (ルカ 2:14)その人は献身してバプテスマを受けたわけではありませんが,『神の言葉を広めて』いる全地の幾百万という活動的な人々と共に,自分の証言活動を報告できます。(使徒 13:5; 17:3; 26:22,23)その人が新しく,バプテスマを受けていない伝道者になったということは,会衆に発表できます。その人はその後も聖書を研究し,集会に参加し,自分が学ぶ事柄を適用し,他の人々に分け与えなければなりません。やがてその人は,クリスチャンのバプテスマの段階を踏んで神の是認を受け,救いの『印を付けられる』ようになることを願うでしょう。―エゼキエル 9:4-6。

過ちを犯した人に対する援助

11 会衆は,バプテスマを受けた悪行者をどのように扱いますか。

11 前の記事では,重大な罪を犯した,バプテスマを受けたどんなクリスチャンをも援助するための会衆の備えについて討議しました。(ヘブライ 12:9-13)また,バプテスマを受けた悪行者が悔い改めないなら,会衆はその人を追放し,その後はその悪行者とのどんな交友をも避ける必要があるかもしれないことを聖書から理解しました。(コリント第一 5:11-13。ヨハネ第二 9-11。テサロニケ第二 2:11,12)しかし,バプテスマを受けていない伝道者が重大な過ちや罪を犯した場合には,どんな措置を取ることができますか。

12 (イ)罪を犯したバプテスマを受けていない伝道者にも,憐れみ深い援助が与えられるのはなぜですか。(ロ)ルカ 12章48節の原則は,悪行について言い開きをする責任とどのような関係がありますか。

12 ユダは,疑いを抱いたり肉の罪に陥ったりした油そそがれたクリスチャンが悔い改めている限り,彼らに憐れみを示すべきである,と勧めました。(ユダ 22,23。コリント第二 7:10もご覧ください。)では,バプテスマを受けていない人が過ちを犯し,悔い改めを実証しているなら,その人に憐れみを示すことは,なお一層ふさわしいのではないでしょうか。(使徒 3:19)そのとおりです。その人の霊的な土台はそれほど堅固ではなく,クリスチャンの生活における経験は比較的限られているからです。その人は,ある事柄に関する神のお考えを学んでこなかったかもしれません。バプテスマに先立って長老たちと行なう,聖書の一連の討議を経験しておらず,水の浸礼という重大な段階も経ていません。さらに,イエスは,「だれでも多く与えられた者,その者には多くのことが要求されます」と言われました。(ルカ 12:48)ですから,増し加えられた知識と祝福のほかに,言い開きをする特別な責任を与えられたバプテスマを受けた人々には,多くのことが要求されるのです。―ヤコブ 4:17。ルカ 15:1-7。コリント第一 13:11。

13 もしバプテスマを受けていない伝道者が過ちを犯すなら,長老たちは援助のために何を行ないますか。

13 霊的に資格のある兄弟たちは,パウロの助言と一致して,それと知らずに誤った歩みをするバプテスマを受けていないどんな伝道者をも援助したいと願います。(ガラテア 6:1と比較してください。)もしその伝道者が援助を望んでいるなら,長老たちは二人の長老(恐らく,以前にその人と会った長老たち)に対して,その人に再調整を施すことに努めるよう依頼できるでしょう。二人の長老は,厳しく戒めたいという気持ちからではなく,憐れみ深い方法で,また温和な霊をもってそのようにします。(詩編 130:3)大抵の場合,聖書的な勧めと実際的な提案を述べるだけでも,悔い改めを生じさせ,その伝道者を正しい道へ向かわせることができるでしょう。

14,15 (イ)悪行者が真に悔い改めている場合には,何を行なえますか。(ロ)場合によっては,限られた範囲で事情を明らかにするどんな注解を行なえますか。

14 その二人の長老は,バプテスマを受けていない悪行者の状況にふさわしい指示を与えるでしょう。場合によっては,過ちを犯した人が神権宣教学校に入ったり,集会で注解したりすることを,しばらくとどめる取り決めを設けることができます。あるいは,その人が霊的にさらに進歩するまで,会衆と共に公の宣教にあずからないよう,指示することもできます。その後に長老たちは,その人が再び野外宣教に参加できる旨を告げることができます。悪行者が悪い評判を立てたり,群れの羊の清さを脅かしたりするのでなければ,何か発表を行なって会衆に警戒させる必要はありません。

15 しかし二人の長老が,その人は真に悔い改めていても,悪行が広く知られていることに気づく場合はどうでしょうか。あるいは,後日その悪行が広く知られるようになるならどうでしょうか。どちらの場合にも,その二人の長老は会衆の奉仕委員にそれを知らせることができます。奉仕委員は,「……さんに関する問題が扱われ,当人はバプテスマを受けていない伝道者として,会衆と共に奉仕を続けます」という簡単な発表を行なう取り決めを設けます。この種の問題を扱う場合はいつもそうですが,長老団は,将来のいつか,関係していた種類の悪行に関する諭しを含む聖書的な話をするのが賢明かどうか,決定することができます。

16,17 (イ)前節の発表とは異なる発表をする根拠として,どんな二つの状況が考えられますか。(ロ)その発表はどのようなものですか。

16 バプテスマを受けていない悪行者が,愛ある援助にこたえ応じないときもあるでしょう。または,バプテスマを受けていない伝道者が,自分はバプテスマに向けて進歩を続けたくないという気持ちを固めるかもしれません。そして,自分は伝道者として認められたくないということを長老たちに知らせるかもしれません。ではどうすべきですか。実際にはまだ神に是認されていないそのような人たちに関して,排斥処置を取ることはできません。悔い改めない悪行者を排斥する取り決めは,「兄弟と呼ばれる」人たち,バプテスマを受けた人たちに適用されます。(コリント第一 5:11)しかし,それは,悪行が無視されるという意味ですか。そうではありません。

17 長老たちは『自分たちにゆだねられた神の羊の群れを牧する』責任を担っています。(ペテロ第一 5:2)援助を差し伸べる二人の長老は,バプテスマを受けていない悪行者が悔い改めておらず,その人に伝道者の資格はないという確信を得られたなら,そのことを本人に知らせます。d あるいは,バプテスマを受けていないある人々が,自分はもはや伝道者として認められたくないと長老たちに告げるなら,その決定を受け入れます。どちらの場合も,会衆の奉仕委員が適切な時に,「……さんは,もはや良いたよりの伝道者ではありません」という簡単な発表が行なわれるようにするのはふさわしいことです。

18 (イ)そのような発表を行なった後,クリスチャンは行動の仕方を個人的に決定するに際し,何を念頭に置きますか。(ロ)過去の悪行の罪を負っている,バプテスマを受けていない人を完全に避けることは,必要ですか。

18 その後,証人たちはその人をどのようにみなしますか。それより前の時点ではその人は集会に出席している「不信者」でした。それから,良いたよりの伝道者になることを望み,実際にその資格を得ました。しかし,すでにそうではなくなったので,その人は再び世の人になりました。聖書は,証人たちがその人と話すことを避けるよう求めてはいません。その人は排斥されたのではないからです。e とはいえ,クリスチャンは,イスラエル人が割礼を受けていない外国人の移住者たちに関して行なったように,エホバを崇拝していないそうした世の人に関して警戒心を働かせます。そのようにすることは,どんなに「少しのパン種」,つまり腐敗をもたらす要素からも会衆を保護することに貢献します。(コリント第一 5:6)少し後に,その人が自分と聖書研究をしてほしいという純粋な願いを言い表わすなら,そしてそれが長老たちから見て当を得たものなら,当人はそのような研究によって,エホバの民と共にエホバを崇拝することがどれほど大きな特権であるかを再び認識するようになるでしょう。―詩編 100編。

19 場合によっては,長老たちはどのようにして,別の個人的な援助を与えることができますか。

19 長老たちは,そうした特定の人が群れの羊を著しく脅かしていると判断するなら,危険にさらされている人たちに個人的に警告することができます。例えば,以前伝道者だった若者が,酩酊したり,不道徳行為に陥ったりするかもしれません。その人はもはやバプテスマを受けていない伝道者ではないという発表があっても,当人は会衆内の若者たちと交わることを企てるかもしれません。そうした状況であれば,長老たちは,危険にさらされている人たちの親に,また恐らくはそれらの若者たちにも,個人的に話をするでしょう。(ヘブライ 12:15,16。使徒 20:28-30)まれな場合ながら,破壊的で暴力を振るう危険な人に対しては,その人は集会に歓迎されておらず,集会場に入ろうとするどんな企ても不法侵入とみなされることを当人に告げることができます。

神を崇拝するよう未成年者を援助する

20 クリスチャンである親は,子供たちのためにどんな援助を与えますか。それはどんな結果をもたらしますか。

20 聖書は,神の真理の道に子供たちを教える責任を親に与えています。(申命記 6:4-9; 31:12,13)ですから,長い間エホバの証人は,クリスチャンの家族が聖書研究を毎週行なうことを励ましてきました。クリスチャンである親は,幼い子供たちが献身とバプテスマに向けて進歩し,そのようにして神の是認を受けるよう励ますべきです。(箴言 4:1-7)諸会衆には喜ばしい結果が見られます。それは,エホバを愛し,永久にエホバを崇拝したいと願う多くの模範的な若者たちです。

21-23 (イ)基本的に,未成年者の悪行はどのように扱われますか。(ロ)そのような状況において,会衆の長老たちはどんな役割を果たしますか。

21 さらに,クリスチャンである親は,子供たちを懲らしめて戒め,必要と思われるどんな制限や愛ある罰をも課する主要な責任を負っています。(エフェソス 6:4。ヘブライ 12:8,9。箴言 3:11,12; 22:15)しかし,バプテスマを受けていない伝道者として交わってきた未成年の子供が重大な悪行に関係するなら,それは羊の群れの「魂を見守っている」長老たちの関心事となります。―ヘブライ 13:17。

22 基本的にその種の悪行は,この記事の前の部分で略述した方法で扱うべきです。問題を調査するために二人の長老が割り当てられます。それらの長老は,例えば最初に,生じた事柄,子供の態度,すでに取られた矯正手段について,両親(あるいは親の一方)と話し合うことができます。(申命記 21:18-21と比較してください。)クリスチャンである親が状況を制御しているなら,長老たちは有益な諭しと提案と愛ある励ましを与えるために,時々親に確認するだけでよいでしょう。

23 とはいえ,親たちとの話し合いで,長老たちが,片意地なその未成年者,および親たちと会うのが最善であることが分かる場合もあります。監督たちは若者たちの限界と傾向を念頭に置きつつ,温和さをもって,その若者,つまりバプテスマを受けていない伝道者を教えることに努めるでしょう。(テモテ第二 2:22-26)ある場合には,その若者にもはや伝道者の資格がなく,ふさわしい発表を行なうべきことが明らかになるかもしれません。

24 (イ)未成年者が重大な悪行に関与したとしても,親が何を行なうのはふさわしいことですか。また,どのようにそれを成し遂げることができますか。(ロ)排斥された未成年者にも,これはどのように当てはまりますか。

24 その後,過ちを犯した未成年の子供のために親は何を行ないますか。子供がバプテスマを受けていない伝道者としての資格を失ったとしても,あるいはバプテスマ後に犯した悪行のゆえに排斥されたとしても,親は依然として子供に対する責任を負っています。親は子供に衣食住を備え続けるのと同じように,神の言葉に調和した教えと懲らしめを与える必要があります。(箴言 6:20-22; 29:17)たとえ子供が排斥されたとしても,愛ある親はそのようにして,子供との家庭聖書研究を取り決めることができます。f 恐らくその子供は,親と自分一人との研究から,矯正のための最も優れた益を得ることになるでしょう。あるいは,親のほうで,子供を今後も家族研究の取り決めに参加させるという決定を下すかもしれません。子供は迷い出てしまいましたが,親は子供がイエスの例えの放とう息子のように,エホバのもとに戻るのを見たいと思っています。―ルカ 15:11-24。

25 今日,「不信者」に愛ある関心と援助が差し伸べられているのはなぜですか。

25 宣べ伝えて教えるわたしたちの業の目的は,まことの神の幸福な崇拝者になるよう,他の人たちを援助することです。コリントの『不信者と普通の人』は,「ひれ伏して神を崇拝し,『神はほんとうにあなた方の中におられる』とはっきり言うように」動かされました。(コリント第一 14:25)今日,神を崇拝するようになる人が次第に増えてゆくのを見るのは何と大きな喜びでしょう。それは,み使いの行なった次の発表の輝かしい成就なのです。「上なる高き所では栄光が神に,地上では平和が善意の人々[つまり,神の善意を得ている人々]の間にあるように」― ルカ 2:14。

[脚注]

a 二人の長老のうちの一方は,会衆の奉仕委員の一人であるべきです。もう一人は,研究生やその教え手をよく知っている,会衆の書籍研究司会者のような長老がよいかもしれません。

b 1983年,ニューヨーク法人 ものみの塔聖書冊子協会発行。

c 以前は,野外宣教にあずかる資格のある,バプテスマを受けていない人々は「是認された仲間」と呼ばれていました。しかし,とりわけ神の是認が,有効な献身とクリスチャンのバプテスマから生じることを考えるなら,「バプテスマを受けていない伝道者」という名称のほうが,より正確です。

d もし当人がこの結論に満足できないなら,その人は(7日以内に)問題の再調査を依頼することができます。

e 以前には,バプテスマを受けていない人が罪を犯して悔い改めない場合,その人を完全に避けることになっていました。今このような調整が施されたので,そのように避けることは要求されませんが,コリント第一 15章33節の諭しは,やはり守るべきです。

f 自分の家以外の場所に住んでいる排斥された親族は,「ものみの塔」誌1988年4月15日号,26-31ページ; 1981年11月15日号,25-31ページで論じられている聖書的な諭しに従って扱うべきです。

覚えていますか

□ クリスチャンは,集会に出席している「不信者」をどのようにみなしますか

□ 聖書研究生が野外奉仕にあずかることを望む時,長老たちはどんな措置を講じますか。また,研究生はどんな責任を受け入れますか

□ バプテスマを受けていない伝道者が重大な罪を犯した場合,何がなされますか

□ 親と長老は,家に一緒に住んでいる未成年の子供たちがたとえ重大な過ちを犯したとしても,そのような子供をどのように援助できますか

[16ページの図版]

バプテスマを受けてはいなくても,伝道者になることは,神の是認を得るための,重要で責任の伴う一歩である

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