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目ざめよ! 1975
目75 1/22 18–19ページ

正しい導きを得た喜び

西村次郎によって語られた経験

わたしは商家の次男に生まれ,人一倍欲望は強い方でした。人として生まれた以上,何かやりがいのある仕事に全力を投入したいと考えていました。世の多くの人々の経験を読むと,彼らが良い師ともなる人に時を得た導きを得て有意義な人生を歩み始めたことを知り,わたしも良い師にめぐりあう日を願っていましたが,ついに40の声を聞く時となってしまいました。

1956年も末の頃に妻は1人のエホバの証人の訪問を受け,喜んで「神を真とすべし」という書籍を受け取りました。わたしが会社から帰るとすぐに,妻はその時の様子を説明し,聖書を勉強したい,子供の教育には是非とも必要,との強い希望なので許可を与えました。なぜなら当時わたしたちの家庭は,小学校4年の長男を頭に小学校1年の長女と4歳の次男の教育に,ほとほと困惑し暗中模索の状態だったからです。

次の週には聖書も届き,1か月もたたないうちに子供とわたしの聖書までも準備されました。妻の話から初めて「神を真とすべし」の目次に目を通してみれば,「世の終わり」「新しい地」などについて書かれているので,これはえらい事を始めたと気づく始末でした。

これが本当ならば大変なこと! 偽りならばなお大変と考え,わたしは丁度そのころ子会社の方に出むいていましたので,時間のあるのを幸いにまず進化論から調べ始めましたが,一つとして強力な事実を見いだすことができませんでした。それで次は聖書その物を調べるため,生まれて初めて聖書を読みました。読み進むにつれて,昔から聞いていた教え,教訓的な話,また童話など,それらはみな聖書から種を取り入れたことに気づき,半面驚きでもありました。読み始めたら面白くて,読む目的を忘れ一週間程で一気に読んでしまいました。

今度はなんとか弱点を見いだそうと時間をかけて読みましたが,質問はその都度親切に答えられました。そのころ妻は一日一日と聖書研究に熱心になり,外遊びの好きな長男も聖書研究の日というと人が変わったようにまじめに勉強に参加しました。研究司会者の服装と態度はいつも申し分なく,若いのにもの静かで全く感心させられました。

年は変わり1月30日に協会の副会長F・W・フランズ兄弟が渋谷公会堂で話されるというので,妻は長男と行く予定を立てていました。しかし風邪のために行けず,突然わたしが長男と行くことになりました。その集まりで幾人かの人々に紹介され,親しく声をかけられたのには戸惑ってしまいました。フランズ兄弟の力強い熱のこもった話に感銘をうけました。彼の目をじっと見ていましたが,少しも臆することなく自信と確信に満ちた態度とするどい目で話され,わたしが目をそらすまでわたしの方をにらみつけるように話を続けられました。何がそうした力と勇気を与えるのか大変心を打たれました。わたしはそれまで,人間は10年も同じ考えを少しも変えずに持ち続けるならば,その人は少しも進歩していないのではないかとの持論を持っていましたが,この人にこれだけの力と勇気を与える聖書は,あるいは真の神のことばではないかとも考えました。

当時のF・W・フランズ兄弟の姿は,今でも鮮明に網膜に残っています。その日を機会に何かに引かれるように会衆と交わり始め,次にわたしの質問に対する答えを含む公開講演に招待され,それ以後すべての集会に定期的に出席するようになりました。妻久子は2月から奉仕に参加し始め,わたしたちの研究を司会してくれた奉仕者は特別開拓者として会衆を離れたので,家族の研究は宣教者に引き継がれました。

まもなく長男も奉仕を始め,わたしも4月から奉仕に参加するようになりました。1957年5月に,わたしと妻と長男の3人は千葉巡回大会で浸礼を受けました。同年12月末に家族は渋谷から千葉県船橋に移転しました。当時千葉県にはただ一つの会衆しかなく,特別開拓者2名とわたしたちのほかに3家族が交わっていましたが,特別開拓者が翌年6月に他の土地に任命が変わるのと前後して,3家族は東京方面に移転し,残る伝道者は全部で12名程でした。わたしは特別開拓者の移転にともなって会衆の監督に任命されましたが,現在とはまったく違って,特権を感謝するより仕事の多いのにうろうろするばかりでした。しかし幼子のような会衆も,エホバ神のみ手に守られて少しずつ拡大して行きました。

またその地方に住んでいたジョー・コペック兄弟にはいつも励まされました。彼は2時間もかけて毎週定期的に奉仕に集会にと休まず参加しました。1959年8月の末に,妻は交通事故で長期間の入院をやむなくされました。不思議なことに救急車で運び込まれた病院は,その日の伝道で入るのを断わられた病院でした。その病院内から患者を含む4人の方々が真理の道を歩むようになりました。特に1人の看護婦は熱心に勉強し,1960年4月の世田谷公会堂の大会で浸礼を受けました。そのころ妻はまだ松葉杖を用いても1人では歩けない状態でしたが,4人の研究生はよく進歩し,霊的に一人歩きができるようになりました。バプテスマを受けた看護婦の方は翌年6月には桐生に特別開拓者として任命されました。現在この姉妹は結婚し,家族で埼玉県深谷市において正規開拓者として働いています。この年に会衆は千葉と船橋に別れ,千葉県内においての宣教の業は拡大の一歩を踏み出し始めました。

両会衆は競うように年とともに拡大を続け,1965年秋には船橋会衆から3人目の特別開拓者として長男が横浜・鶴見に任命されました。翌年の初夏に長男はベテル奉仕者として招待され今日に及んでいます。この奉仕の特権には長男はじめ家族一同感謝しています。残りの家族は1965年12月に市川会衆と交わるようになりました。1968年初夏には長女も長野県岡谷市に特別開拓者として任命をいただきました。さらに1971年の春には,かねてよりの念願であった王国会館も,エホバ神の祝福と会衆の方々の私心のない協力を得て駅のすぐ近くの良い場所に建築することができ,落ち着いて集会を心から楽しみ霊的な糧にあずかれるようになりました。

千葉県で奉仕を始めてから市川会衆を離れる時までの16年間に,宣教の業は驚く程に拡大をとげて,ついに千葉県だけで一つの巡回区となり,巡回大会に1,600人も集まるようになったことは,まさにエホバ神の豊かな祝福です。新秩序がいよいよ近づいている時に,必要の大きな地で働くことこそわたしたちのような家族のあずかれる特権であると意見も一致しましたので,すぐに家を売りに出すと同時に協会にその旨申し出ました。すると伊豆大島には1人の大変熱心な奉仕者がおり,協会はここでの伝道とこの奉仕者を助けるための業を行なえる方を派遣したいと考えているという返事をいただきましたので,感謝のうちに1973年大阪国際大会の後に,長女・次男とともに4人で大島に移転しました。

大島は人口わずか1万2,000人です。7つの村に別れていて,バスは一時間に一本,加えて夜は7時が終バスです。奉仕を拡大するにはどうしても自動車が必要です。それで10月初め2回目の王国宣教学校の教育を受けてのち,長女と一緒に自動車の運転を習った結果,奉仕は12月からやっと軌道に乗るようになりました。1974年1月からは正規開拓者としての特権にあずかっています。その間川崎から2人の奉仕者も加わり,奉仕は一段と活発になりました。1月の巡回監督の訪問には30名もの人々が出席し,会衆一同の喜びはひとしおでした。2月の初めから小学校の教頭先生と研究が始まり,その方はすばらしい勢いで進歩しました。3月の平塚の大会には大島から教頭先生の家族と,ほかに2名の研究生が出席しました。

伊豆大島に移って以来,近隣の諸会衆の監督たちは豊かなクリスチャン愛を示してくださり,今日まで27名の長老たちが遠路をものともせず講演に来てくださいました。新しい研究生たちはいながらにして,エホバの組織と愛を認識でき,組織を知る上で大きな益を受けました。

現在会衆にはわたしたちの家族を含めて7家族が交わっています。今回の東京・府中市での地域大会には,今までの経験から研究を始めたばかりの方々にも,大会の出席を積極的にすすめました。その結果多目にたてた予想を上回って42名もの方々が出席し,会衆の人々も驚く程でした。この出席者数は日曜日の集会の最高出席者数を上回るものでした。東京・府中大会では3人の兄弟と2人の姉妹が誕生して,会衆は喜びにあふれました。この5人のかたがたは3月の平塚の大会に出席した人々です。浸礼を受けた一青年は,7年間勤めた建設会社を8月末で退社して,全時間奉仕に入る目標を持っています。一人一人は皆不完全ですが,神の力によりすべての業を行なうことができるでしょう。まさしく『エホバ家をたてたまうにあらずば,建てるものの勤労はむなしく』と記されているとおりです。(詩篇 127:1)他の4つの島々にも一週おきに奉仕に行っていますが,神のご意志ならばそうした島々にも羊が見いだされるでしょう。

今になって考えてみると,わたしたち家族はいろいろと決定し努力してきましたが,常にエホバ神はわたしたちの不完全さを補って良いように取り計らってくださいました。詩篇 55篇22節の『なんじの荷をエホバにゆだねよ,さらば汝をささえたまわん』という聖句をいつも思い浮かべます。

正しい導き手であるエホバ神を知る特権を得て,家族一同心を一つにして一日一日を大切に奉仕させていただいていることを,心から感謝しています。

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