ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 目83 1/8 23–25ページ
  • コンピューターと「話をする」

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • コンピューターと「話をする」
  • 目ざめよ! 1983
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • プログラミング言語
  • だれが学べるか
  • 学習方法
  • 学ぶだけの価値があるか
  • コンピュータ ― 道具それとも専制支配者?
    目ざめよ! 1978
  • ホーム・コンピューターを買うことにしますか
    目ざめよ! 1984
  • コンピューターは人間の諸問題を解決できるか
    目ざめよ! 1972
  • 翻訳にも役立つ
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 2005
もっと見る
目ざめよ! 1983
目83 1/8 23–25ページ

コンピューターと「話をする」

日本の「目ざめよ!」通信員

「新しい会話形式のコンピューターシステム」。ある雑誌にこのような広告が載っていました。機械と会話している人の姿を思い浮かべて,思わずくすりと笑いました。これは,コンピューターが実際に会話を行なえるという意味でしょうか。機械と対話することからどんな益を得られるのでしょうか。コンピューター関係の仕事をしている一人の友人から得た答えは非常に興味深いものでした。

まず,その広告に書かれていた対話は音声によるものでないことが分かりました。それは普通,映像表示装置またはオンライン印刷装置(コンピューターと直接つながっている)による対話式コンピューティング(コンピューターに命令を与え,直ちに応答を得ること)を意味します。ちょうど人間の言語が意思の疎通のためにあるのと同様,コンピューター“言語”は,問題を解くためにコンピューターと対話することを可能にします。コンピューターとのそうした対話によって,何をすべきかをコンピューターに知らせ,どんな処理が行なわれたかを示す応答を得ます。

コンピューターに命令を行なわせるための手段はコンピューター“言語”またはプログラミング“言語”と呼ばれます。コンピューターと「話をする」ためには,数多くあるプログラミング言語のどれか一つを学ばなければならないでしょう。

プログラミング言語

友人の話によると,コンピューターがある特定の仕事を行なうために備えられている一連の命令全体をプログラムと呼びます。現代のプログラミング言語は一組の文字と単語から成っており,理論上は人間の言語と同じもしくはそれに非常に近く,しかもコンピューターに命令を与えたり,データをコンピューターに転送したりすることができます。

プログラミング言語の歴史は短く,30年ほどにすぎませんが,既に1,000を超えるプログラミング言語があり,毎日のように新しい言語が開発されています。これはコンピューターの使途が広がっていることと,コンピューターが技術面で進歩していることによります。

これらの言語に付されている名称は,フォートラン,FOR-TRAN(FORmula TRANslation,「数式翻訳」の意),ベーシック,BASIC(Beginners All-purpose Symbolic Instruction Code「初心者向多用途記号命令コード」の意),コボル,COBOL(COmmon Business Oriented Language,「共通事務処理向言語」の意)など,その特徴を示しているものもあれば,PL/I(Programming Language I,「プログラミング言語I」の意)やAPL(A Programming Language,「一つのプログラミング言語」の意)など,単に識別するためだけのものもあります。フォートランのような一部のプログラミング言語は数学の専門用語を用いるように意図されており,科学技術計算に向いています。それに対してコボルは商業英語を用いており,事務処理向きの言語です。ニューヨークにあるものみの塔の本部やその日本支部で出版システムのために採用している主要な言語はPL/Iですが,これはほとんどどんな分野でも使用することのできる汎用の言語です。

人間の諸言語に,文法や句読法を支配する規則があるのと同様,各々のプログラミング言語にも独自の規則集つまり構文法があります。機械にプログラムを理解させるためには,これらの規則に従わなければなりません。

外国語を学んだことのある人ならだれしも知っているように,話し言葉の必要な部分をわずか1か所無視したり,一つの単語の発音を間違えたりするだけで,取り返しのつかない結果になることがあります。プログラミング言語に関しても,それと同じことが言えます。その点をはっきり思いに留めるため,数年前に米国航空宇宙局(NASA)によって行なわれたアポロ宇宙船の打ち上げの時のことを思い起こしてみるよう告げられました。「同様の古典的エラーの中には,大きな災いを引き起こしたり,引き起こしかけたものもある。アポロ8号宇宙船に搭載されたコンピュータは,ソフトウェア・エラーのために,メモリーの一部が消されてしまった」―「ソフトウェアの信頼性」,1977年,28ページ。

友人が強調したもう一つの点は,コンピューターにできることとできないことに関する事柄でした。コンピューターは創造力を備えていません。ですから,必要な構成要素が与えられていない限り,新しいものを作り出すことはできないのです。例えば,プログラムがコンピューターに,“GET FILE 1,ADD it to FILE 2,then PRINT it”(「ファイル1を取り出し,それをファイル2に加え,印字せよ」)と告げても,ファイル1がコンピューターに入力されていなければ,その仕事を処理することができず,“FILE NOT IN LIB”(「ライブラリーにファイルなし」)といった応答が返って来るでしょう。それは,ライブラリーにそのファイルがないことを知らせるものです。

このような応答も事前に入力しておきます。ですから,質問もそれに答える方法も,コンピューターと対話する際にやり取りする情報はすべて人間によって考案されます。私は,配役の出入りや語りの合図,せりふなどのすべてが書かれている劇の台本を思い起こしました。コンピューターが行なう事柄はすべて事前にプログラムされていなければなりません。

私はさらに,コンピューター言語のもう一つの特性について学びました。この言語にどれほど熟練していようと,望んでいる事柄をコンピューターに理解させるには,必ず翻訳を行なう必要があります。これは人間の側に落ち度があるのではなく,機械の能力に限界があるためです。機械は情報を1か0の形でしか理解することができません。そのため,プログラマーの命令をそうした形に変える翻訳プログラムが必要になります。ですから,実際には二通りのプログラムが存在することになります。一つはプログラマーが書くもので,原始<ソース>プログラムと呼ばれ,もう一つは機械が実行できる翻訳された写しです。これにより,コンピューターは自分に理解できる情報を用いて演算を行ないます。コンピューターは,その応答を人間の読める文字に変換し,映像表示装置や印刷装置を通して使用者に答えを告げることができます。

プログラマーがおもに関心を持っているのは原始<ソース>プログラミング言語です。人間がプログラムに書き込むのはこの原始<ソース>プログラミング言語であり,良いプログラムを作るためにはこれに精通しなければなりません。機械語のほうは製造元の会社によってコンピューターに組み込まれています。

だれが学べるか

プログラミング言語を学んで,それを上手に使いこなせるようになるかどうかを決める重要な要素は関心の度合です。学ぶのが一番速いのはコンピューターと関連した分野に関心を抱いている人たちです。

よく言われるもう一つの条件は年齢です。若ければ若いほどよいというのが一般の意見です。それは,年を取れば取るほど思考の型が固まってしまい,適応しにくくなるからです。

かつてはプログラミングの分野に進出するには数学的な背景が不可欠であると考えられていましたが,数学的な資料をプログラムするのでない限り,今日では必ずしもそうではないと考えられています。事実,何年か前に行なわれたあるコンテストで,日本IBM社の最も有能なプログラマーの一人とされた人は一般教養科の一卒業生でした。もっとも,良いプログラムを組むには物事を極めて正確に,論理的な順序ですみやかに位置付けることのできる思考の型が求められます。

学習方法

今日では,様々なプログラミング言語を学ぶための教材が数多くあります。ですから,独学でかなりの事柄を身に着けることができます。一つの点として,これらの言語それ自体が話し言葉にますます似てきており,それを用いたり学んだりするのが容易になっています。また,多くのコンピューター会社では,プログラミングの基本技術やプログラミング言語の学習用書籍を用意しており,注文すればそれらの出版物を求めることができます。高校の中にはプログラミングの課程が準備されているところもありますし,図書館に行けばこの種の本はいくらでもあります。

しかし,自分だけで学習することには幾らか不利な点があります。話し言葉の場合と同様,悪い癖が身に着く危険が常にあり,そのような癖は後になって直すのが難しいものです。さらに,技術を向上させるには学習に役立つ良い手本が大きな助けとなります。考慮に入れなければならないもう一つの点は,コンピューター会社は常に最新の技術水準を保ち,新しい技術を取り入れていることです。ですから,一つのプログラミング言語を学ぶだけでは,将来それをそのまま用いることができる保証にはなりません。

学ぶだけの価値があるか

与えられた仕事を徹底的に学び,次いでプログラムを組んで機械にその仕事をさせるには時間を要しますが,それだけの時間を費やす価値があるのでしょうか。事実がそれに答えており,そうするだけの価値はあります。設計とプログラムの作成には確かに時間を要します。しかし,一度プログラムが作動しはじめると,コンピューターは人間よりもはるかに速く機能できます。コンピューターの中には,1秒間に2億以上もの基本演算を行なう能力を有しているものもあるのです。また,何人もの人が一つの仕事を行なうより,コンピューターで行なうほうが正確です。人間が反復作業から解放され,時間が節約されるため,その分をより価値のある仕事に振り向けることができます。このような理由から,多くの企業がその仕事をコンピューター化し,それに伴ってコンピューター・プログラマーの働きが一層求められるようになっています。

コンピューターと「話をする」ことに関心をお持ちですか。コンピューター言語を学ぶことは興味深い挑戦となることでしょう。

[23ページの図版]

摂氏100度は華氏では何度ですか

1101 0100

華氏では212度になると言っているんだよ

    日本語出版物(1954-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする