大会の祝福
1954年ヱホバの証者の年鑑の報告より
西インド諸島のバハマ群島
聖書研究をしていた一人の白人は,大会に行つて,『ヱホバの証者の持つているものは何か』を見ようと思いました。大会の中で,ナサウにある二つの分会が経験と感想の特別な集会を行いましたが,その時にその白人は次のようなことを言いました。その生涯のあいだ,その人は一つの制度をさがしていました。その制度には愛と一致があり,階級差別がなく,すべての人が平等であるようなものです。そしていま,その制度を見出しました。ヱホバの証者です! もつとも心を打たれたのは,その人にたいする兄弟たちの態度です。兄弟たちは,その人の身分とか地位をたづねず,その人が,兄弟たちの血を分けた家族の一員のものであるように見なして関心を示しました。誰のそばにでも坐つて,話しをすることができます。そして人々は,もうずつとその人のことを知つているかのように,気持よく話しました。その人は,インド,英国,カナダ,ドイツ,そして多くの他の場所から來た兄弟たちと話しました。そして,英語を話せない兄弟たちであつても,同じあたたかい兄弟愛の気持ちをその人に示しました。そんなにも感激しましたので,その人はいまでもそのことを語つています。なにも時折りに語るということではなく,定規的な家から家への伝道の活動の時にも語つています。というのは,その人は帰るとまもなく家から家への伝道を始めたからです。
デンマーク
巡回大会は,私たちを助けて増加させるのに重大な役割りを果します。ある一つの大会のとき,その巡回内にいるすべての兄弟姉妹が,最初の集会に出席しました。その前の6ヶ月のあいだに,巡回の僕は巡回大会は3日間の大会であつて,1日や2日ではないと強調しておきました。それで,兄弟たちは良くそのことを心にとめて,十分に準備して來ました。大会の行われた小さな町で,それはすばらしい証言をいたしました。
南アフリカ
一人の若い婦人は,この世間的な事がらのために前の年に聖書研究を止めていましたが,その人のところに再訪問したところ,その人はその週末に『ものみの塔』研究に出席しました。この『ものみの塔』研究に初めて出席した時に,質問をいくらかその人は答えました。その人は,次の日曜日に,40マイルも遠い場所での巡回大会に出席し,洗礼の話しを含めてその大会を非常によろこびました。そんなにもよろこびましたので,2週間後には近くの別の大会に出席し,そしてそこで洗礼をうけました! その時から3ヶ月のあいだ,その姉妹の毎月の野外奉仕の平均時間は,22時間です。
スエーデン
スエーデンの兄弟たちのうち195名は,ヤンキー野球場で行われたヱホバの証者の新世社会の大会に出席しました。また,スエーデンの兄弟たちはゴッテンベルグでスエーデンの新世社会の大会を開催しました。それは8月の終りでしたが,報告の示すところによると,ニューヨーク市でヱホバの証者が残したのと同じほどの大きな印象がゴッテンベルグでも残されたようです。ヱホバの証者たちは,違つた人々です。彼らはヱホバの民です。古い,そして死につつある世にいる人のうちである人は,そのことを認めているようです。事務所に送られた次の手紙の書き抜きは,大会に集まつた人々に宿舎を提供したまじめな多くの善意者が見たり聞いたりしたことに強く心が動かされたということを,良く示しています。『私たちが宿泊した御主人と奥さんは,よろこんで涙を流していました。私たちが,そのお宅に宿泊したということで,そんなにもうれしかつたのです。私たちは宿泊料をお払いしようと思つたのですが,受け取ろうといたしません。そして,こんな風に言つていました。「あなた方が來ていただいたのは,私たちにとつて大きな特権です。もしあなた方が,私たちのところに宿泊していただけなかつたならば,メツシエレンの大会にも行かなかつたでしようし,またどこに神の御国を探して良いのかも知らなかつたでしよう。でも,いまはどこに探すかということを知つています。ほんとうは,私たちがあなた方にお金を払うべきです。そして,ヱホバの証者が今度この町に集まる時,私たちは全部の部屋をお貸したいとぜひ思います。そうですね,今度お会いする時には,私たちもまたヱホバの証者でしよう。」』
英領 ホンドラス
昨年の奉仕年度中で,もつともはげましを与えることがらは,14人の兄弟たちが新世社会の大会に出席したことです。一人の兄弟は,集会の重要性を知つていましたので,全部の家族である3人の大人と5人の子供たちみんなをつれてゆくことにしました。査証を求められた時に,アメリカの領事はびつくりしました。宗教の大会に出席するだけに,なぜそんなにも多くの時間とお金を費すのか,領事には分りませんでした。しかし,大会に出席した人は,費したすべての努力以上に報いをうけたと感じ,そして大会の時に示された一致と,また人種的偏見のないことに非常に心をうたれて帰つてきました。それで,それらの人々は,前以上にずつと熱心になりました。