神の目的とエホバの証者(その38)
「『あなたがたは私の証者です』とエホバは言われる。」― イザヤ 43:10,新世訳
第25章 言論と崇拝の自由を擁護する者たち
ロイス: ジョンさん,先週の日曜日にマリアさんとあなたがここにいらっした時から,全世界のエホバの証者の受けたおそろしい仕打のことがあたまにこびりついて忘れることができません。ご存じのとおり私の母は信心深い人でしたから,私も子供の頃からずっと教会に行っていました。信仰の力については,ずいぶん話し合ったこともあります。でも信仰を持つとはどういうことなのか,いままではほんとうに分かってはいなかったようです。もし私があなたのお話しされたようなことに直面するなら,とても耐えられないと思います。
ジョン: どんなに強い信仰を持っていても,人間に誉を帰すべきでないと思います。もちろん,私たちはその人と共によろこびを分かちます。でも,最初の晩にここでお話ししたことをちょっと思い出してもらいたいと思います。エホバは特にこの時代中に一国民を起こして,彼の目的にかなう証者にならせています。イエスは弟子たちにこう告げました,「あなたがたは,わたしの名のゆえにすべての人に憎まれるであろう」。a このあいだお話しした神の僕たちは,その預言の成就を知っていました。それで,彼らは自分たちの力にたよって生きのころうとしなかったのです。解放されたときには,彼らはみなエホバに感謝と賛美をささげました。
ロイス: ええ,私もあなたの読まれた報告から,そのことに気づきました。でも,そういう忠実なクリスチャンのことを考えると,身のひきしまる思いがします。そういう皆さんは,まじめな強い信仰を持っていたという点をのぞいては,ふつうの人とすこしも変わるところがありませんね。
トム: ロイス,彼らが真実に献身していた人たちだからだよ。ジョンさん,アメリカ合衆国ではどうでしたか。アメリカでも証者たちはつらい目にあったと,いつかおっしゃっていましたね。
ジョン: そうなんです。もっとも,伝道のわざはアメリカで禁ぜられていませんでした。政府の反対といっても,せいぜい地方的なもので,あちこちの都市で生じた程度です。しかし,多くの州の裁判所は,私たちの権利を擁護せず,多数の判事は私たちのわざに憎悪を示しました。
前にお話ししましたが,1928年から1933年までの間に逮捕された記録はありません。しかし,1933年,269人が逮捕され,その数は毎年増加の一途をたどりました。1936年だけでも,1149名が逮捕されました。しかし,それはまだ序の口と言えるものです。これらの逮捕は,エホバの証者に対してつくられた法律や規定に関するものです。それらは,懇願,行商,許可なしにまた許可税を払わずに文書を販売することに関係する法律,街頭での文書配布を禁ずる法律,家を訪問する前に招待を必要とする「グリーン・リバー法」,日曜日に特定な種類の活動を禁ずる日曜「ブルー法」侵害の法律,つまり平和をみだすことや,秩序をやぶる行動に関する法律,そして数多くの他の種類の法律や規定などでした。
そのような法律の狙いは,エホバの証者のわざを禁じて,中止させることでした。その法律は,エホバの証者のしていた文書の配布とか,家から家の伝道というような仕事に関係するものでした。しかし,他の法律もエホバの証者に対して適用されました。たとえば,強制的な国旗敬礼の規定,非行児童に関する諸法律,暴動法,団体の名誉損傷法,その他のようなものです。ある法律は,刑法であって,エホバの証者を最悪の種類の犯罪者と判定しました。
エホバの証者は,この不法な行動を看過しませんでした。私たちは無罪を主張して,法廷に訴え出ました。治安判事が不利な判決をくだしても,私たちはあきらめなかったのです。国内のいろいろな場所の下級裁判所での判決が不利であっても,またいろいろな州の最高裁判所が不利な判決を下だしても,私たちは断念しませんでした。私たちは,アメリカの最高裁判所まで上訴して,そこで戦いをつづけました。私たちの上訴の方針は,次のように述べられています。
上訴の方針
アメリカ合衆国内のエホバの証者の記録によって,不利な判決を受けた場合に上級裁判所に上訴する重要性がはっきり分かる。治安判事,警察裁判所,および他の下級法廷で決定された幾千という判決に対して上訴しなかったなら,崇拝の分野で大きな障害となる前例がつくられたことであろう。上訴することにより,そのような障害の設置を食いとめることができた。われわれの崇拝の仕方は,アメリカ合衆国や他の国々の法律に書きこまれた。なぜなら,われわれは不利な判決を受けると,上訴したからである。b
ロイス: ちょっと,ジョンさん。そのところをもうすこし説明して下さい。いつか「ニュー・ジャージーの戦い」とその州での合法的な問題についてお話しをされましたね。あのことがまだはっきりしないのです。学校で民法についてすこしは勉強しましたが,私は多くのアメリカ人と同じく,法律のことになるとさっぱりだめです。自由は当然ぐらいに考えていました。家から家に行って,聖書や聖書文書を売ることは,当然合法的に思えますけどね。あなたがたのじゃまをしたのはだれですか。アメリカは自由の国ではありませんか。
ジョン: たしかにアメリカは自由の国です。でも私たちの持つ多くの自由は,あたりまえなものとかるく考えられています。アメリカ合衆国の憲法は,国家,州,および郡の立法家たちによってつくられた多くの法律の基礎と認められてきました。ちょうど,憲法はからだの骨格にあたるものです。しかし,法廷で法律上の論議をして,それらの法律をしらべることにより,いわば骨格に肉をつけることになり,基本的な法律が定義され,明確にされました。また,たくさんの法律のうちどれが正当なものであり,その適用はどのようなものであるかが決定されました。
憲法修正第1,第14条による自由
エホバの証者が裁判で勝を得た事件についての諸原則を理解するため,アメリカ合衆国の本来の憲法には個人の権利を保証するものがないということを認識して下さい。個人的な権利は,ジェームス・マジソンの書いた10の修正箇条の中に後日編入され,最初の憲法を批準したすべての州は,その修正を承認しました。これらは権利宣言として知られています。最初の修正は,宗教の自由についてすこししか述べていません。それは次のように簡単に述べているだけです,「国会は,宗教の設立に関して,宗教の自由を禁ずることに関して,言論の自由を禁ずることに関して,あるいは出版の自由を禁ずることに関して,あるいは平和的に集会する国民の権利に関して,または政府に苦情を述べる国民の権利に関して,法律をつくってはならない」。
それは連邦憲法であったため,この修正は合衆国政府を拘束するだけでした。各州も,それぞれの憲法中に類似の拘束を設けました。しかし,当時では連邦憲法に関するかぎり,そのような拘束を州に課すことは必要でないと考えられていました。でも南北戦争以後,アメリカ人は解放された奴隷の自由を守ることが必要であると悟りました。それで国会はアメリカ合衆国の憲法に憲法修正第14条を提出しました。その修正は,宗教の自由については何も述べていません。その箇条のなかに,次のような部分があります,「州は……正しい法律の手続きなしに,人の生命,自由,および資産を奪ってはならない」。これは各州に対しての拘束でした。この憲法修正箇条のおかげで,州によって自由を奪われた人は連邦憲法に上訴して救いを求めることができました。言論,出版,および崇拝の貴重な自由に関する問題が法廷に提出された数はごくわずかでした。
エホバの証者は,「自由」および「正しい法律の手続き」という言葉を使用している14番目の憲法修正箇条は,権利宣言書中に保証されているすべての自由の権利をふくむと論じました。また,彼らは連邦政府に対する拘束として,憲法修正第1条に述べられている崇拝,言論,および出版の自由の保障は,すべての州にも適用されると論じました。
1940年以前において,最高裁判所で取りあつかわれた,宗教の自由に関係する問題は,ただひとつだけでした。それは「デイビス対ビーソン」(1890年)と「レイノルド対アメリカ合衆国」(1878年)cで,両方とも一夫多妻を行なうモルモン教徒の権利に関するものであって,その決定は憲法修正第1条にしたがってくだされました。モルモン教徒はこの裁判で敗訴しました。アメリカの憲法は権利の行使を保護しても,道徳の法律違反と思われる権利の行使濫用を保護しないからです。
権利宣言に保証される自由の行使
しかし,エホバの証者の取った立場は伝道の使命に関する立場でした。私たちは妥協しない立場をとり,現在の裁判官の見解の如何を問わず,家から家の文書配布と口頭の話は崇拝の行いであって,伝道であるという見解を取りました。私たちはまた妥協をしない次の立場を取りました。すなわち,アメリカ合衆国の裁判官であろうと,あるいはアメリカ国内のどの裁判官であろうと,私たちの前述の崇拝の行いを拒否し,否定し,阻止することは裁判官の越権であるということです。私たちはまた次のような立場をも取りました。すなわち決定は特定な宗教制度の奉仕者の資格とか教会の正しい伝道方法に関する宗教指導者の決定は最終的なものであり,全世界で遵守されるべきものという立場です。したがって私たちの従事したわざは,憲法修正第1条によって保障された権利の行使濫用ではなく,むしろその権利の行使であって,そのわざが禁ぜられることがあってはなりません。エホバの証者は,法廷で戦う際に,基本原則としてその原則を固守しました。
私たちはまた次の立場をも取りました,すなわち私たちに適用されたこれらの法律は,取締りの性質を持つ法律というより,むしろ禁令であること,そしてある法律は遊説運動や販売について適用できるが,もしそれらをエホバの証者の行なう伝道のわざに適用するなら,それは宗教の自由を拘束するもので,宗教の自由を禁ずることと同じであるという見解でした。
エホバの証者は,すべての法律が憲法にのっとるもの,という法律概念に関しても重大な立場を取り,次の見解を持ちました。すなわち憲法修正第1条の関係する場合に宗教の自由を禁ずる法律は無効のもので違憲であるという考えです。
1938年,「ロベル対グリヒン市」の件がアメリカ合衆国の最高裁判所で取りあげられました。ロベルの事件のときには,エホバの証者のひとりであった被告は,ジョージア州グリヒン市の条例違反罪に問われました。その条例によると,「グリヒン市の市長からの書かれた許可証がないなら,あらゆる種類の文書…の配布」は禁ぜられたのです。奉仕者の立場をとったエホバの証者は許可証の申請を拒絶しました。州の権威の下に承認された市の条例は,州の処置と考えられるゆえ,憲法修正第14条の禁止が適用されると裁定されました。最高裁判所はその件を取りあげて,グリヒン市の条例は全く無効であると,全員一致で判決をくだしました。しかし,エホバの証者は,宗教の自由という見地だけで,この件を論じませんでした。この件には出版の自由も関係していて,そのことについても論ぜられました。この有利な判決の一部は,次の通りです。
その条例は無効と,われわれは考える。その承認の際の動機がどのようなものであろうと,それには許可と検閲が必要であるため,出版の自由を根底からくつがえすものである。
その条例は,出版に関係せず,配布に関係するといっても,言訳にはならない。「配布の自由は,出版の自由と同じくらい肝要なものである。事実,配布がないなら,出版の価値はほとんどない」。エキス・パルチ・ジャクソン・96U・S・727,733d
翌年の1939年10月,アメリカ合衆国の最高裁判所は,ニュージャージー州アービングトンの町で逮捕されたエホバの証者を釈放しました。そのエホバの証者は許可なしに家から家に文書を配布したために逮捕されたのです。この件に関係した条例は,「この条例にもとづく認可を持つ人をのぞき,だれも遊説運動したり,懇願したり,文書や他のものを配布したり,あるいは家から家に訪問してはならない」と規定しました。ここに述べられている条件とは,警察署長から許可証を出してもらうことでしたが,許可証をもらう前に調査がなされ,写真と指紋が取られました。もちろん,証者は神より任ぜられた仕事を検閲されるのを拒絶しました。そして,許可証を求めずに伝道活動に参加しました。ここでも,問題は主に許可証に関することでした。最高裁判所は,この件について次のような判決をくだしました。
この裁判所は,言論の自由と出版の自由が,基本的な個人権利および自由であることを明白に示した。その言葉は無意味なものではなく,かるがるしく用いられたことはない。権利の行使は,自由の人間による自由政府の基礎である。それは,憲法をつくった者たちの信仰を反映する。この裁判所の多数の判事が強調するごとく,これらの自由の享受を禁じてはならないことの重要性は強調される…
…許可証によって検閲が必要なら,パンフレットを自由に,拘束なしに配布することは不可能になり,憲法による保証は根底からなくなる。e
最高裁判所で取りあげられたエホバの証者の3番目の件は,いつかお話した「敵」というレコードをかけることと,「敵」(英文)と題する書物の配布に関することでした。これは「カントウェル対コネチカット州」事件でした。この件に関係したコネチカット州令によると,郡の公衆福祉会議議長の是認がないなら,慈善団体あるいは宗教的な目的のための寄付懇願は禁ぜられました。また,ローマ・カトリック教会の教義を攻撃するレコードを掛けて平和をみだすことも罪と見なされました。最高裁判所は両方の点についてのエホバの証者の見解が正しいものと裁定しました。次は,その判決文の一部です。
われわれはこう信ずる。被告に適用されたこの条令は,彼らの自由をうばい,法律の正しい手続きがなされなかったという点で,憲法修正第14条に違反するものである。その修正に包括されている自由の基本的概念は,憲法修正第1条に保証されている自由をも含むのである。憲法修正第1条は,次のように述べている。すなわち国会は宗教の設立および宗教の自由を禁ずることについて法律をつくってはならないということである。14番目の憲法修正箇条はそのような法律を施行する州の立法者たちが国会と同じく無能であると判定した…
…疑いもなく,州は不正な懇願から市民を守るだろう…公共の安全,平和,慰安および便宜のために,州は懇願の時間や仕方を規定することができる。しかし,宗教的な見解や制度の存続の援助を求める懇願に許可証 ― 州の当局者が宗教的な目的が何であるかを判定して出す許可証 ― を要求することは,憲法で保護されている自由を禁ずることである。f
さて全員一致の決定で,エホバの証者を告発することは宗教の自由に反するものであるとアメリカ合衆国の最高裁判所は,はじめて裁定しました。この宗教的な自由は,州の違憲行為を禁ずる憲法修正第14条の正しい手続きに関する項目で保証されていました。それは歴史的な決定でした。
ジャッジ・ルサフォード自身も弁護士であって,アメリカ合衆国の最高裁判所に立つことができました。彼は協会の法律部門の助けをうけてこれらの訴訟事件を担当しました。
[脚注]
b (ロ)「良いたよりを守り合法的に設立する」(英文)(1950年)14,15頁。
c (ハ)133U・S・333,10S・Ct・299,33L・Ed637(1890年)98U・S・145,25L・Ed244(1878年)
d (ニ)「ロベル対グリヒン市」303U・S・444,451,452,58S・Ct666,669,82L・Ed・949(1938年)
e (ホ)「シュナイダー対ニュージャージー州」308U・S・147,161,164,60S・Ct・146,150,151,152,84,L・Ed・155(1939年)
f (ヘ)「カントウェル対コネチカット州」310U・S・296,303,306,307。60S・Ct・900,903,904,905,84L・Ed・1213(1940年)
[317ページの図版]
敵