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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1967
塔67 2/15 124–127ページ

恵みとあわれみの神エホバ

ジョージ・D・ギャンギャスの経験

わたしは1896年2月17日,小アジアの小さな町,新エペソ(トルコ語でコウスハダシ)で生まれました。エペソは約1900年前に使徒パウロが伝道し,コリント人への最初の手紙を書いた所であり,新エペソはそこから8マイルほど離れたところにあります。

父親はわたしが5歳か6歳の時に死にました。母親は信心深く,敬けんな婦人でしたが,聖書に接したことがなく,それゆえに,『エホバの薫陶と訓戒とによって』子供を育てることを知りませんでした。(エペソ 6:4)事実,ギリシャ正教徒の95パーセントは聖書を持たず,聖書を見たこともありませんでした。こうして正しい導きをもたなかったわたしは,無為に日を送り,神の名を汚していました。

それでも幼いころのわたしは教会に通い,聖歌隊にはいって賛美歌を歌っていました。こうした賛美歌および学校で受けた宗教教育から,人間には二つの運命があるという教会の教えをひととおり理解しました。つまり,善人は死んですぐ天に行き,悪人は火の地獄に行くというのです。永遠の苦悩からの救いをマリヤに願う賛美歌をうたったことも覚えています。この教義はわたしの心に深く根をおろしました。そして,悪人のためにそのような苦悩の場所があるのだということも信ずるようになりました。なぜならそれは正統教会の教えであり,わたしは自分の教会は正しい教義を説くと考えたからです。“正統”(オーソドックス)ということばには“正しい見解”という意味があるからです。(オーソス: 正しい,もしくは真実の。ドクサ: 見解)

わたしは悪童でしたから,自分はいつの日か地獄に落ち,永遠に焼かれるだろうと考えていました。しかし奇妙なことに,いつか地獄に行くことを知りながら,自分の行ないを改めようとはしませんでした。幾十億人もの人を永遠に苦しめて神になんの良いことがあるのだろうと考えたのです。神は恵み深いかたであるということを学んでいました。それで,人を永遠に苦しめる神のどこが恵み深いのかと考えずにはいられませんでした。

11歳の時わたしは新エペソを離れてキオス島に渡り,そこで実業学校に3年通いました。ついで第一次世界大戦が始まりました。わたしはキオスを離れてアテネに移りました。しかしそこでは生涯最悪の食糧難を経験しました。ギリシャの港は封鎖され,外から何もはいって来なかったからです。そこからパリに移り,大戦が終わってからマルセーユに行ってアメリカ行きの船を待ちました。

マルセーユにいたある晩,救世軍の人々が路上で歌っているのを見ました。どんな人々であるかを知らなかったわたしは,そのあとについて集会場所まで行き,それが宗教団体であることを初めて知りました。地獄のことが再び頭に浮かび,説教師にそのことを尋ねました。その答えは以前にギリシャ正教会で学んだのと同じでした。

人格を変える

1920年,わたしはようやくアメリカに着きました。オハイオ州マリエッタの簡易食堂で働いていたある日,ひとりの男がはいってきて聖書の話を始めました。わたしはほかの者と一緒にそれを聞きました。その時すぐに感じたのは,この人の話はほかの宗教家の話とは違うということでした。彼の言うことはよく理解できました。

人は死んでから天や火の地獄に行くのではなく,ただ墓に行くのだと彼は言いました。わたしはその人と議論を始めました。彼は自分の聖書をわたしに手渡し,「ここを読んでごらんなさい」と言ってヨハネによる福音書 3章13節を見せました。わたしはそれを読み,それからもう一度読みかえしました。何度読んでも,「だれも天に上った者はない」と書いてありました。すっかり驚いたわたしは何も言えませんでした。

この人は聖書を使って質問に答えてくれると感じたわたしは,「地獄の火について聞いてみよう」と考えました。それでわたしは言いました。「地獄の火についてあなたがたはどう思われますか。それは実在するのですか」。彼は言いました。「考えてください,あなたが結婚していてお子さんを持ち,それが世界でいちばん悪い子供であったとしましょう。あなたは父親として,その子供を火の中にいれ,子供の叫び声を聞いていることができますか」。「考えるさえ恐ろしいことですね」とわたしは答えました。彼は言いました。「あなたにできないなら,どうしてそのような悪魔的な行ないを愛の神に帰するのですか」。これで議論は終わりました。

当時,聖書研究生と呼ばれたエホバの証人のひとりであったこの人は,「地獄」ということばが何を意味しているかをその場で聖書から説明してくれました。わたしの喜びと探求心は絶頂に達しました。わたしはどこでどうやってそのことを学んだかを彼に尋ね,アブラハム,ヨセフなど聖書中の人物に関する本があったら持って来てほしいと頼みました。それらの人物に関する真の物語が聖書の中にあることを知らなかったのです。二,三日して,彼は聖書と聖書研究の手引き「世々にわたる神の経綸」を持ってきてくれました。わたしはその晩,夜中すぎまで読みふけりました。

翌日,仕事場でコーヒーをわかすわたしの心は前夜に読んだ事柄でいっぱいでした。わたしは何かまちがいをしたにちがいありません。客が,「あの若者は今日は様子がおかしい。何かあったにちがいない」と言うのが聞こえたからです。そのことばはまちがいではありませんでした。確かにわたしの心の中に何かが起きていました。生活に変化が起きていたのです。暗黒を脱し,驚くべき光の中に移りかけていました。古い制度をあとにして,まだ十分には説明できないながら,新しいものに向かっていたのです。

交わりを求める

聖書と対照しながらのその本の勉強はわたしの意欲をかきたて,大きな喜びとなりました。わたしは真理をもたらしたこの人に,マリエッタに仲間がいるかと尋ねました。彼はいないと答えましたが,西バージニア州ウイーリングに行けばいると言いました。そこにはわたしのことばつまりギリシャ語を話す人がおり,わたしの質問に答えてくれるだろうとのことでした。それでわたしは二,三日してウイーリングに行き,レストランの皿洗いとして働くことになりました。

わたしが気ちがいになったといううわさがわずかの間に兄のもとに達しました。兄はわたしをたずねて来ましたが,その時わたしはじゃがいもの皮をむいていました。兄は言いました。「ぼくと一緒に来い,ぼくがもっとたくさん給料を払ってやろう。おまえも社長のようになる。ぼくの片腕になってもらうんだ。ふたりでうんともうけようじゃないか」。わたしはそれに応じませんでした。わたしがアメリカに来たのは確かに金もうけのためでしたが,神の恵みを知り,神の国とそれが成しとげることとを理解して,深い喜びとエホバへの大きな愛を抱いた今,そうした望みはどこかに消えていました。

それから間もなく,わたしは献身のしるしとして水のバプテスマを受けました。この間,英語が不自由であるとは言え,聖書研究のための集会を休んだことはありません。神のみこころを行なうために献身した人々でギリシャ語を話す人々がわたしを助けてくれました。

ウイーリングにいた人のうち何人かは非常に小さな町ビーチボトムに移り住みました。わたしもそのひとりです。わたしたちは小さな会衆を作りましたが,それは着実に増加しました。わたしたちは徹底的に聖書を研究し,同時に学ぶことがらを愛し,心から楽しんで聖書を勉強するようになりました。それで,正規の研究会が終わったあとで,ふたたび非公式の研究会を開き,いろいろな主題について勉強することもありました。わたしたちは時間をむだにしませんでした。自分たちの勉強がまだおそいようにも思われました。わたしたちは神の恵みについていつも語り合いました。

わたしは自分に対するエホバのあわれみと恵みを心に深く感じ,そのゆえに兄弟たちに対して深い愛を覚えました。それで,ほかに何が与えられなくても兄弟たちとの集まりには欠かさず行かせてくださいと神に祈りました。エホバはわたしのこの願いを忠実にかなえてくださいました。神の恵みとあわれみを受けたこの45年の間,わたしはいつも集会に行くことができたからです。

わたしにとって兄弟たちとの集まりは生活の最大の楽しみであり,また力の源です。わたしは御国会館に早く行くことがすきであり,またできるなら最後までいるのが常です。神の民と語っている時,わたしの心には深い喜びがわいてきます。神の民と共にいる時,わたしは霊的なパラダイスに自分の家族といるような心の安らぎを感じます。また,集会ではエホバの聖霊の働きを強く感じます。そして,集会が終わってすぐのわたしの楽しみは新たに関心をもった人々と語ることです。わたしの心の内奥の願いは集会に出席することです。これは磁針がいつも北をさすのにも似ています。わたしは「わが世にあらんかぎりはエホバの家にすまんとこそ願ふなれ」という詩篇記者の霊感のことばの意味をしみじみと思います。―詩 27:4,文語。

ベテルで奉仕する

神の恵みはさらに示されました。1928年のある日,ものみの塔協会から1通の手紙がきました。ニューヨーク,ブルックリンの本部ベテルでほん訳者として奉仕せよというのです。わたしは信じられませんでした。わたしがほん訳者? わたしはその時レストランで働いていたのです。それでも,船を造ったことのないノアのことを思い出しました。そして,モーセは幕屋の造り方を知っていましたか。ふたりはその仕事を学んだのです。それではわたしも同じようにすべきです。

ベテルにおいてはエホバのあわれみと恵みをいっそう深く知りました。200人(今は800人以上)もの信仰の兄弟や姉妹と一緒に生活することは何と大きな喜びではありませんか。そうした人々と毎日3度同じ食卓につき,毎朝聖書の一部を討議することは実に大きな喜びとなりました。わたしは今でもそれを楽しんでいます。

ベテルの生活は円熟に進歩し,みたまの実をつちかう機会になりました。初めて6分間の話をした時のことを覚えています。自信のなかったわたしは,言うことのすべてを紙に書きました。それでも,いざ話そうとして聴衆の前に立つと,恐れの気持ちが先にたち,どもって何も言えません。それでわたしは準備した原稿を読みました。それでもわたしの手はふるえ,原稿の文字は大きくゆれました。悪魔は,能力がないからやめたほうがよいと思わせて,わたしを落胆させようとしたのです。悪魔は何日間かわたしを苦しめました。わたしはそれと戦いました。そしてエホバは,あわれみ深くもわたしを助け,サタンの攻撃に勝たせてくださったのです。どんなことがあっても決してやめない,これがその時の教訓です。

ベテルについて何を言うにしても,わたしの気持ちを表わすにはことばが足りません。年を重ねるにつれベテルに対するわたしの認識は深くなります。そして,これまでわたしのことを忍耐してくださったエホバに対して日ごとに感謝せずにはいられません。わたしにとって,ベテルは地上におけるエホバの組織の中心です。この見える組織の本部で働くことを考えるだけで,わたしの心は喜びと感謝であふれます。ベテルにおいてはエホバへの献身という面で模範となる兄弟や姉妹と交わることができました。その人々は今でもわたしの良い模範です。長年の間に多くの若い兄弟を見てきました。その兄弟たちは初めて来た時,それほど多くのことを知りませんでした。それでも七,八年の忠実な奉仕ののち,その人々は監督となり,あるいはのちに巡回のしもべや地域のしもべとなりました。もしできるなら,若い兄弟のすべてに,ベテルに来て,エホバの恵みといつくしみを知りなさい,と大声で叫ぶでしょう。これまで38年間のベテル奉仕で得た経験から自信をもって言えるのは,奉仕者の能力を高めてエホバを賛美するにはベテルが地上でいちばん良い場所だということです。

ここベテルにおいてはスペイン語も学びました。割り当てられたわたしの伝道区域は主としてスペイン語の町でした。それでわたしは文法書を手に入れ,協会の出版物を使い,人々の話すスペイン語の発音に耳を傾けました。こうして学んだスペイン語によって,多くの謙そんな人々の家庭で聖書研究を開くことができました。

少年のころから,わたしにはある種の劣等感がありました。人に面と向かって話すことができませんでした。しかし今は何という違いでしょう! エホバの助けによって,多くの聴衆の前に立ち,1時間の話をすることができるのです。この変化は聖書の勉強と神の霊のおかげです。

神の恵みによってかつての悪い性格を変えた今のわたしは,どこにいても神からの知識を語らずにはいられません。それは他の人々も神の恵みを知るためです。神のみことばは永遠の命のことばです。(ヨハネ 6:68)わたしは命を愛します。また兄弟たちが命を得ることを望みます。わたしは使徒パウロと同じように,「キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに」ほかのすべてのものを損と思っています。(ピリピ 3:8)そうです。神の国とその関心事以外のすべてのものはやがて震われて滅び去るでしょう。―ヘブル 12:27,28。

エホバの過分の恵みによってエホバに奉仕することのできたこれまでの45年をふりかえる時,イスラエルに対するモーセのことばに心から同意せずにはいられません。『なんぢの神エホバはあはれみある神なり』。(申命 4:31,文語)また霊感された詩篇記者のことばに対しても同じです。「[エホバ]よ,なんぢは恵ふかくまたゆるしをこのみたまふ」。(詩 86:5,文語訳,[新世訳])確かにエホバはわたしにとって恵みとあわれみの神であられました。

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