ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 塔82 5/1 23–28ページ
  • 「神の家」における拡張

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 「神の家」における拡張
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1982
  • 副見出し
  • 増加に伴い拡張と近代化が求められる
  • タワーズホテルの改装
  • 熟練した働き人が備えられる
  • 事務所のスペースが必要とされる
  • エネルギーおよび経費の節約
  • 増築部分に対するエホバの祝福
  • 移動
エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1982
塔82 5/1 23–28ページ

「神の家」における拡張

「神は本当に地の上に住まわれるでしょうか」とソロモン王は3,000年前に尋ねました。そしてこう述べています。「ご覧ください,天も,いや,天の天も,あなたをお入れすることはできません。まして,私の建てたこの家など,なおさらのことです!」。(列王紀略上 8:27,新)この言葉に照らしてみる時,地球上のいずれかの場所を正当に「神の家」と呼ぶことができるでしょうか。

そう呼べる場所があります。幾十もの国々で,エホバの証人はベテルと呼ばれる住居を運営しています。ベテルという言葉は「神の家」を意味するヘブライ語の言葉に由来します。エホバの証人の支部事務所や印刷工場で働く自発的な働き人がそれらのホームに住んでいます。言うまでもなく,エホバ神がそれらの住居に物理的に宿っておられるわけではありませんが,そこに住む人々はエホバに全時間仕えています。これらのベテル・ホームは神への奉仕のために全くささげられており,ベテル,つまり「神の家」という名称にふさわしい場所です。世界各地の数多くのベテル・ホームの中でも最大のものは,米国ニューヨーク州,ブルックリンのエホバの証人の世界本部にあります。

増加に伴い拡張と近代化が求められる

ブルックリン・ベテルと結び付いている工場や事務所ではどんなことが行なわれているのでしょうか。実に多くの事柄が行なわれています。聖書と聖書研究の手引き書が絶え間なく生産されていることに加え,「ものみの塔」誌とその姉妹誌である「目ざめよ!」誌が幾十もの言語で出版されています。このすべてには印刷機や製本の設備,事務所で働く人員,そして多くの自発的な労働力を支えるための厨房やホームの働き人が求められます。本部のベテル家族は,1879年に「ものみの塔」誌の出版を手掛けた一握りの人々から,1982年には学生や一時的な働き人を含め2,000人の家族へと膨れ上がりました。

ブルックリンの輪転機室では近代化が急ピッチで進められています。最近まで,そこでの印刷の大半は42台の凸版印刷機によって行なわれていましたが,今では4台の近代的なハリス・オフセット輪転印刷機が運転されており,5番目の印刷機が設置されつつあります。古くなった凸版印刷機はどうなるのでしょうか。これらしっかりした造りの,信頼の置ける機械はオフセット印刷機へと改造されています。2台の凸版輪転印刷機が組み合わされて,1台の新しいオフセット印刷機になります。この改造がうまくゆけば,世界各地のエホバの証人の印刷工場で信頼の置ける働きをしてくれることでしょう。

最近,思わぬ方面から,輪転機室の拡張に対するエホバの祝福がありました。(箴言 10:22)工場の監督はこう語っています。「私たちは全く思いも寄らない所から一通の手紙を受け取りました。それは中古の印刷機を1台,寄贈したいという大手の印刷会社からの手紙でした」。その会社が寄贈を決めた背後には,同社で働くエホバの証人の従業員の立派な振舞いが関係していました。(箴言 22:1)エホバの証人は,「ものみの塔」誌や「目ざめよ!」誌を1時間に5万冊以上印刷する能力のあるレビー社製の4色刷りオフセット輪転印刷機を提供するというこの申し出を感謝の念をもって受け入れました。きわめて程度の良いこの頑丈な造りの機械は,エホバの証人がやはり印刷の業を行なっているニューヨーク州北部の,ものみの塔農場へ運ぶために現在解体されています。高さ7㍍のこの巨大な印刷機が入るようにするため,農場の工場の天井を一部上げなければなりませんでした。

昨年中2,200万冊以上の堅表紙の本や聖書を製本した製本部門でも同様に近代化が進められています。労力を省く,のり付けによる“網代とじ”製本法が従来の糸かがりに取って代わっています。最近行なわれた実験で,普通なら40人が8時間がかりで行なう仕事を,12人が“網代とじ”製本設備を使って4時間でやってのけました。

しかし,従来の製本設備は耐用年数がまだまだあるので,スクラップにはされていません。それどころか,その幾つかは他の国々のエホバの証人の印刷工場に寄贈されています。かつてブルックリンで使われていた2本の製本ラインは今では日本で本を生産しています。さらに2本の製本ラインがブラジルへ送られ,ブルックリンから派遣された経験を積んだ働き人の手で組み立てられました。今年の初めに,もう1本の製本ラインがブルックリンからイタリアへ送り出されました。

タワーズホテルの改装

ブルックリン・ベテルでの増加の多くは過去10年間に生じたもので,その結果新しい住居が必要になりました。1975年の初めに,ベテルの住居となっている他の建物の近くに,建ってから50年以上たつ15階建のタワーズホテルが購入されました。当時その建物のじゅうたんはすり切れ,壁には割れ目が入り,ペンキははげていましたが,構造の上からはしっかりした建物でした。この建物をベテルの水準に合うよう改装するのは大仕事でした。

タワーズホテルの外装には全く手を加えませんでした。内部の壁は取り壊され,建物の中の壁はすべて新しくなりました。古い配管の多くは取り替えられ,これまでの壁からしっくいがすべて除かれ,新しくされました。実に,6万たる分のゴミがその建物から出ました。このたるを積み重ねると48㌔の高さになります。

熟練した働き人が備えられる

タワーズホテルでの作業の多くには,配管工・電気工・大工・塗装工・左官など熟練した職人が求められました。その仕事は遠大なものでした。例えば,エンドゾーンをも含めたフットボール場60面分に匹敵する面積にペンキとしっくいを塗らなければなりませんでした。そうした熟練した働き人はどこから得られるでしょうか。

エホバ神はご自分の聖霊によって,ご自分の家のための働き人を備えてくださいました。米国各地から,腕に職をもつエホバの証人がベテルで奉仕し,建設を助けることを自発的に申し出ました。ミシガン州からは屋根職人,コネティカット州からはタイル職人,フロリダ州からは塗装請負人など,大勢の人々がやって来ました。これら経験豊かなベテランの職人たちはその手職を若いやる気のあるベテル奉仕者たちに忍耐強く教えました。それらのベテル奉仕者は仕事に身を入れ,やって来た職人たちが目を丸くするほど早く技術を修得しました。

このような漸進的な訓練はベテルの建設ではいつもみられる事柄です。最近,ベテルの建設部門の監督はニューヨーク市教育委員会の一当局者から手紙を受け取りました。この人はタワーズの改装工事およびその後の工事の際にベテルの建設現場を訪れました。その手紙には次のように書かれていました。「皆様の所で働いておられる方々と比較的細かい点に関する非公式のインタビューをさせて頂く機会に恵まれました。手職に関しては,ほとんど,あるいは全く経験のない若い人々が,腕の立つ,物分かりのよい監督のもとに比較的短い期間置かれるだけで,経験を積んだ一人前の職人並みの仕事を行なえるようになるのを見て驚きました。やがて各々にプロ意識,責任感,与えられた仕事を最善を尽くして行なう決意などのあることがはっきり分かってきました」。

これに驚くべきでしょうか。その必要はありません。荒野において神の「家」を建てるのを助けたベザレルとアホリアブの上にエホバ神はご自分の霊を置かなかったでしょうか。(出エジプト記 35:30-35)そして,この二人のもとで働いた人々についてはどうでしょうか。聖書はこう述べています。「モーセは,ベザレルとアホリアブ,またエホバがその心に知恵を置かれた心の賢いすべての者を呼んだ。すべて心に促されてその仕事に近づき,それを行なおうとする者たちであった」。(出エジプト記 36:2,新)同様に今日でも,エホバの家で働く若い自発的な奉仕者たちの「知恵」はエホバから来るのです。

タワーズホテルの改築は1978年に完了し,それ以来1,000人を超える人々のための住居と食堂になってきました。洗濯およびドライクリーニングの施設も備えられ,それに加えてビル管理および修理のための種々の作業場,裁縫及び寸法変え部門,美容室それに大きな新しい診療室もできました。「神の家」で奉仕する人々はこうした優れた施設に本当に感謝しています。

事務所のスペースが必要とされる

ニューヨーク州法人ものみの塔聖書冊子協会は米国におけるエホバの証人の宣教の業を監督するために証人たちの用いている宗教法人です。幾年もの間,この協会の様々な事務所は幾つものベテルと工場の建物の中に散在していました。1970年代の後半には,当面の業を行なってゆくためにこれらの施設では手狭になってきました。

エホバの証人の統治体は先を見越した措置を取り,倉庫として使っていた大きな建物をこれらの事務所すべてを収容する管理ビルに改造することに決定しました。この結果,かつて事務所として用いられていたスペースが住居として用いられるようになるだけでなく,様々な事務所がすべて同じ屋根の下に収まり,相互の連絡がよくなるものと思われます。こうした措置が取られた背景には別の重要な理由もありました。

協会の業務の数多くの分野で,コンピューターが重要な位置を占めるようになってきています。しかし,コンピューターを利用する数々の事務所の近くにコンピューターが位置していなければ大規模なコンピューター化は困難です。新しい事務所の配置はこれを可能にします。

改造して事務所にするよう選ばれた建物は,1969年11月にスクイブ製薬会社から購入した13階建の鉄筋コンクリートの建物でした。この建物には大部分木造の,六つの小さな付属の建物があり,建物の高さもまちまちでした。これらの古くて,幾らか老朽化した建物は取り壊され,主な建物に隣接してそこに11階建の増築部分が新たに建てられました。

工場の倉庫だった建物を近代的でエネルギー効率の高い事務所を収容する建物に変えるのは並大抵の仕事ではありません。すきま風の入る窓が取りはずされて,断熱ガラスと新しい枠が取り付けられました。淡い色の付いた新しい窓は建物の外壁から引っ込んだ所に付いています。このため窓に“眉”がついているような形になり,暑い夏の日差しはさえぎられ,冬の日差しは室内に差し込むようになっています。新しい事務所の照明と換気はコンピューターで制御されており,仕事が終わった後にたまたま照明が付いたままになっていても,電気を浪費する間もなく自動的に電気が切れるようになっています。遅くまで働いていると,部屋が突然真っ暗になることもありますが,言うまでもなく,照明が必要とされる場合にはすぐにそれを再び付けることができます。

エネルギーおよび経費の節約

コンピューターのオペレーターは次のようなことを指摘しています。「ニューヨーク市の消防法は非常に厳しく,火事が起きた場合に極めて多くの自動機能が働かねばならないとしているので,この建物にはいずれにしてもコンピューターが必要でした。幾らか強力なシステムを取り入れることにより,1時間ごとに電気の使用量を監視できるようになりました。電気の使用量が多すぎることをコンピューターが認めると,差し迫って必要とされていない照明は自動的に切られ,必要なものは“きちんと作動する”ようにします。コンピューターを使うことによって,わずか2か月間で4,000㌦(約88万円)を節約しました。しかも,これは始まりに過ぎないのです」。

建物の12階は幅3㍍のテラスで囲まれていました。このスペースを事務所として利用するために,従来の外壁が取り壊され,ソラリューム,つまりガラスのように見える,曲線を描いた金属張りの断熱材を使って屋根がかけられました。建物をながめ,温室ができたと思った人もいました。

改築された建物の内部は,趣味よく,機能的にできていました。協会の事務所で働く人々は,1980年の秋にこの新しい建物に移り始め,スペースが大変広くなり,設備がよく整っていることを大いに喜びました。

増築部分に対するエホバの祝福

一方,事務所の建物に接する大きな増築部分の建設が急ピッチで進められました。この工事にエホバの祝福があったことは明らかです。建設部門の監督は次のように語りました。「万事がうまく行きました。世界でも最大級の建築会社が増築部分の外回りだけを建て,内装は私たちに仕上げさせてくれることに同意しました。これだけを取ってもすばらしいことです。その会社は私たちの仕事を全く必要としていなかったからです。それだけではなく,請負業者は普通,工事全体を管理したがるものなのに,快よく私たちのやり方で物事を行なったうえ,非常に助けになってくれました。

「別の要素は天候でした。私たちは1979年10月に解体作業にとりかかり,冬の間ずっと作業を行ない,1980年1月には基礎のためのコンクリートを流し込みました。悪天候のために仕事を遅らせる余裕などありません。確かに,天候はここ何年来の穏やかなものでした。コンクリート関係の下請業者は一度ならず,天気を管理している方を私たちが知っているに違いないと思ったそうです。

「建物の許可を得る面でさえ,エホバは私たちのために,“役所の面倒な手続”を打破ってくださったように思えます。ある時,主な請負業者と会議を開いた際,ある大切な許可を得るために2週間はかかるだろうと言われました。兄弟たちの一人が市役所へ出掛けて行き,その会議が終わる前に,必要とされる許可を持って戻って来た時の業者の驚きぶりをご想像いただけると思います。

「増築部分が建ち始めると,近所の人の一人がこの建築をやめさせようと法廷に私たちを訴えました。ちょうどそのころ,仕事に加わっている配管関係の下請業者が防火のために重要な消火用水配送管の設置を怠っていたことに消防検査官が気付きました。それは金曜日のことで,検査官は月曜日の朝までに消火用水配送管が取り付けられなければ召喚状を渡すと告げました。それは工事全体が中断させられることを意味します。

「そうした中断といった事態にでもなれば,工事を完全に中止させようとしている近所の人に願ってもない機会を与えることになります。その消火用水配送管を設置するには並々ならぬ努力が求められましたが,その週末に5人の兄弟たちが24時間休みなしに働いて請負業者のチームに手を貸し,その締切に間に合うよう努力しました。月曜日の朝早く,消防検査官はその仕事が完了していたのを見て目を丸くし,建築工事を進めることを認めてくれました。

「言うまでもなく,私たちの建設をやめさせようとする,友好的でない近所の人の,訴訟に向けての努力は全く実を結びませんでした」。

移動

1981年12月に,事務所で働く人々が増築部分への移動を始めました。執筆,アート,写真植字の各部門で用いられる幾台かのコンピューターも約800㍍程離れた工場に一時的に設置されていたのが,この機会に増築部分に移されました。工場の働き人合計93人もこの移動に含まれていました。今では,執筆,訂正,校正,記事の植字組版を含む雑誌の印刷前のすべての段階にコンピューターが関係しています。ですから,これまで散在していたこれらの部門を一つの屋根の下にまとめ,各部門の利用するコンピューターの近くに集めることにより,時間が節約され,能率も上がります。

1982年の1月号から,英文の「ものみの塔」および「目ざめよ!」の両誌は全面的にコンピューターによる写真植字を採用しています。工場の監督は,「コンピューター化によって私たちはすでに時間を節約しています。例えば,校正のために要する時間は半分になりました」と伝えています。協会の執筆者のうち,原稿を直接コンピューターの端末に入れる人が多くなれば,秘書的な仕事に費やされていた時間が節約されるでしょう。また,編集の仕事に携わる人々は,コンピューターを利用したページの割付けシステムのおかげで,これまで以上に融通の効く仕事ができるようになりました。協会のコンピューター設備のなかには,注文製,つまりものみの塔農場で働くエホバの証人により設計され,組み立てられたものがあります。エホバの証人の製作したこれらの端末の最初のものが数か月前に試用のためにブルックリンに到着しました。

ものみの塔協会は世界各地のエホバの証人から寄せられた寛大なご寄付に心から感謝しています。こうした寄付はこの建築工事を可能にするのに役立ちました。この資金の運用にあたってはできる限りの節約が心掛けられています。毎年幾千ドルもの光熱費を節約するよう設計された新しい事務所の建設がその良い例です。ブルックリン・ベテルに備えられたこの新しい施設は,そこで働く大きな“家族”が世界中のエホバの民に霊的食物と指導を与えるという極めて重要な業を行なう面で役立っています。そこで働く人々,およびこの「終わりの日」にあって魂をこめて神に仕えるその民すべての努力の上に,引き続きエホバの祝福がありますように。―マタイ 22:36-38。テモテ第二 3:1。

[24ページの図版]

“タワーズ”の建物

[27ページの図版]

本部事務所のある「ものみの塔」の新しい建物群

    日本語出版物(1954-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする