1992年春の活動 ― エホバは天の水門を開き祝福を注ぎ出された
1 「わたしたちの王国宣教」1991年12月号2ページに,「1992年,春の特別活動」と題する短い記事が掲載され,4月中,日本中の奉仕者が肩を並べて春の活動を熱心に支持し,エホバの豊かな祝福を味わうようにとの呼びかけがなされました。4月には,文字どおり,日本中の2千数百を数える会衆が,同じ心,同じ思いで結ばれ,精力的に業に取り組みました。(コリント第一 1:10)5月に入り,諸会衆から次々と寄せられる報告を集計した結果,4月中以下に挙げる七つの新最高数が得られたことが分かりました。すなわち伝道者合計16万7,370人,正規開拓者5万395人,補助開拓者4万6,787人,開拓者合計9万8,313人,伝道者合計に対する全開拓者の占める割合59%,野外奉仕時間845万7,456時間,再訪問296万5,118件の合計七つです。わたしたちは,エホバの目に価値のある事柄が成し遂げられたということに深い満足をおぼえました。それで,この機会に,エホバがどれほど豊かな祝福を注いでくださったかについて寄せられた報告のいくつかを通してお知らせしたいと思います。
補助開拓奉仕
2 年々,若い人や新しい兄弟姉妹が積極的に補助開拓奉仕の特権をとらえるようになっています。北海道の一会衆では,春にバプテスマを受けたばかりの8人全員が補助開拓奉仕をとらえました。長老は次のように報告しています。「3月に巡回訪問があり,巡回監督は新しい兄弟姉妹たちに補助開拓奉仕をとらえてみるよう直接励ましてくれました。高校1年生の兄弟は,大人の研究生を持ちたいと願い,4月に補助開拓奉仕を行ないました。こつこつと再訪問を行なった結果,新たに3人の大人の研究生が与えられました」。学生や新しい兄弟姉妹が補助開拓奉仕にあずかることが会衆にとってどんなに刺激となったか容易に想像することができます。
3 長老や奉仕の僕の率先と手本は,補助開拓奉仕に対する支持を一層促進するものとなりました。中国地方の一会衆では,長老と奉仕の僕の4家族全員が補助および正規開拓奉仕を楽しみました。長老と奉仕の僕のうち3人は全時間の仕事に就いていましたから,家族の良い協力がどうしても必要でした。長老や奉仕の僕の率先は会衆全体に大きな影響を及ぼし,初めて補助開拓奉仕をとらえた9人を含め,さまざまな事情を持つ大勢の成員が補助開拓奉仕にあずかりました。
4 種々の困難な事情や問題を克服して,補助開拓奉仕をとらえた兄弟姉妹たちは予想もしなかったエホバからの祝福を経験しました。農業を営むやもめの一姉妹は,4月が農繁期であるため,補助開拓奉仕をとらえることなど考えもしませんでした。しかし,「王国宣教」の提案に励まされ,本来なら4月に行なうオクラの種まきを3月に繰り上げることに決め,補助開拓奉仕を申し込みました。田植えも早めに済ませたところ,その後思わぬ大雨と強風があり,通常の時期に田植えを計画していた近所の農家は,仕事がはかどらず,大きな被害を受けました。この姉妹は,4月の霊的な意味での種まきに目標を定め忙しく携わったことにより,エホバからの助けを経験し,エホバへの信仰が一層深まるという大きな収穫を経験しました。
4月4日の特別活動
5 この特別活動の日は,今では日本中の奉仕者にとって一年のうちで記念式同様たいへん楽しみな一日となっています。どの会衆でも長老たちが積極的な取り決めを設け,この日の活動を盛り上げました。長野県の一会衆では,6年に一度行なわれる非常に有名なある神社の祭りが4月3日,4日,5日に行なわれました。毎回多くのけが人が出ても中止されることなく続行されているこの祭りが区域内で行なわれることは,未信者の家族を持つ会衆の成員にとって大きな挑戦となりました。しかし,長老と奉仕の僕は前もって十分打ち合わせを重ね,祭りに関係しない奉仕区域を選んだり,早朝の街路伝道を取り決めたりすることによって,63名の奉仕者全員がこの日の奉仕に参加できるよう助けました。老齢の母親を看病している姉妹に対しては,仲間の姉妹がいくらかの時間看病を交替してあげることにより,野外奉仕に参加できるよう配慮が示されました。
6 各地の報告から,日本全国において街路伝道が定着し,特別活動の主要な奉仕の一分野となっていることが分かります。千葉県の一会衆では,朝市の開かれる時間帯から会衆の奉仕活動を計画しました。早朝の街路伝道は通勤者や朝市に来る人を対象として取り決められ,大勢の成員が朝早くからこの奉仕に参加しました。
7 日本中のほとんどすべての奉仕者がこの日の活動に参加しました。身体的な事情でどうしても野外に出かけることができなかった奉仕者たちも何とかこの活動に加わりたいと考え,できる限りの努力を払いました。四国の一姉妹は,リウマチのために歩行困難となっていますが,この日の活動を支持するため,離島の住民に対する電話による証言を計画しました。反応はありましたか。一人の漁師は関心を持ち,再訪問の約束に応じました。
主の記念式
8 4月17日に行なわれた主の記念式には,36万4,980人が出席しました。どの会衆でも,記念式に人々を招待する面で真剣な努力が払われました。沖縄の一会衆では,70名の成員に対し3倍以上の236名の出席がありました。どのような努力が払われたのでしょうか。各書籍研究の群れごとに細かな取り決めを設け,未信者のご主人やわずかな関心を示した人にも積極的な招待が差し伸べられました。その中には,二つの離島から船をチャーターしたり飛行機を利用したりして出席した20名以上の人々が含まれていました。
9 孤立した群れでも記念式に大勢の人々が出席しました。昨年の4月に発足した鳥取県のある孤立した群れでは,1年目の記念式でなんと65名もの出席がありました。地元の人々が出席しやすい場所を記念式の会場に選び,15名の奉仕者たちが人々を記念式に招待するため熱心に働きました。一人の成員を除くすべての奉仕者が何らかの形で開拓奉仕にあずかりました。種々の責任があり,補助開拓奉仕をとらえることができなかった一人の姉妹も未信者の夫や親族,研究生の家族に積極的に働きかけた結果,7名もの人々が記念式に出席することができました。
10 甲信越地方の一会衆では,36名の成員が記念式に「出席者数100名」の目標を立てました。第2会場を改装し,座り心地の良い新しい椅子を20脚購入し,全部で100席の座席を用意しました。結果はどうでしたか。出席者数は椅子と同じ数の100名でした。また,この会衆は4月末までに100件の研究を取り決めることを目標にしていました。今奉仕年度が始まったばかりの9月の報告は77件でしたが,4月末の報告を集計してみると,聖書研究は106件に増加していました。エホバは確かに兄弟たちの努力に応じた祝福を与えてくださいました。
外国語会衆の変化に富む奉仕
11 今年の4月の特別活動で注目に値する一つの分野は,外国語会衆の働きです。ここにベテル周辺の英語,スペイン語,ポルトガル語会衆の際立った働きについてご紹介いたしましょう。横浜駅を奉仕区域に持つ英語会衆では,特別活動は横浜駅周辺での街路伝道を中心に,散在する外国人を訪問するための家から家の奉仕活動が組織されました。その結果,成員25名から成るこの会衆の当日の一人当たりの平均奉仕時間は6時間を超え,この日だけで295冊の雑誌と21冊のブロシュアーが配布され,2件の聖書研究の約束がなされました。横浜駅周辺では単に観光や買い物目的の人々だけではなく,妻子を国に残してきた移住労働者や個人的な悩みを抱え,「痛めつけられ,ほうり出されて」いるかのような人々に会うことがあります。―マタイ 9:36。
12 当日,早朝から街路伝道を始めた一人の兄弟は,ある外国人の男性に雑誌を紹介しましたが,冷たく断わられてしまいました。しかし数分後,近くで奉仕していた別の兄弟が再びその男性に証言し,会話が始まりました。その男性は,お金をためてより良い生活を送れるようになるという希望に胸を膨らませて日本にやって来たものの,その願いが実現せず,落胆をおぼえていることなどを語りました。奉仕者は,「目ざめよ!」4月22日号から人生の真の目的について説明したところ,関心を示し,「見よ!」のブロシュアーを感謝して受け取り,喜びに満ちあふれて家路につきました。
13 それにしてもなぜ短時間でこうした変化が生じたのでしょうか。それは,最初に証言を受けたとき冷ややかに断わったものの,奉仕者が親切に道案内をしてくれたこと,そして数分後にそうした事情を知らずに別の奉仕者がもう一度その男性に近づき,柔和に話しかけたことがその人の心を動かすことになったのです。このように,これまで自国では王国の音信を聞く機会のなかった人々に,さらには非情なサタンの世で打ちひしがれ,生き続けるために日本に移住してきた人々に王国の良いたよりを告げ知らせることは,外国語会衆の奉仕者たちに満足と喜びをもたらすものとなっています。
14 あるスペイン語会衆では,当日,広い奉仕区域の中から藤沢,横浜,東京の3か所を選び,それぞれに分かれて奉仕を行なうよう計画しました。ペルー人の奉仕者たちは,自動車を持っていないため,電車を利用して駅から駅に移動します。駅周辺は,南米から出稼ぎに来ている人々が情報を交換したり,残してきた家族に電話をかけたりする目的で集まっているため,証言する絶好の場所となります。
15 加えて,駅周辺に住む外国人に対しては,区域地図を頼りに長時間歩きながら奉仕を行ないました。これら外国人の多くは,聖書を持っており,聖書に関する話し合いに喜んで耳を傾けるため,一人に証言する時間も必然的に長くなります。また,道すがら出会う外国人すべてに近づき,パンフレットを活用しながら証言し,関心ある人々とは再訪問を約束したり,スペイン語の集会の情報を知らせたりする活動が行なわれます。4月中全時間の世俗の仕事を持つ兄弟を含め,4人のペルー人の兄弟姉妹が補助開拓奉仕を行ないました。
16 ベテルに近いポルトガル語会衆は成員21名という比較的小規模な会衆です。記念式当日はブラジル人のほとんどが仕事日で,記念式の出席が危ぶまれましたが,奉仕者たちは記念式に出席することの重要性を前々から話し,出席のための交通の援助を計画したことにより,合計71名が出席しました。1年前の記念式は,二つのポルトガル語の群れの出席者合計が70名でしたが,今年は五つの会衆と群れの記念式の出席者数は4倍強の283名となりました。遠い異国の地で日本支部が掲げた目標をこれら外国からの兄弟たちも真剣に考慮し,特別活動を支持し,記念式に出席し,霊的な励みを得ると同時に精一杯の奉仕を行なったことをわたしたちは高く評価しています。
4月の活動を分析する
17 1992年4月に日本の正規開拓者の数は5万395人となり,初めて5万人を超えました。正規開拓者が3万人から4万人に増加するまで3年7か月かかりましたが,4万人から5万人に達するまでには,わずか2年を要したに過ぎません。しかも正規開拓者の割合は,3万人のときには全奉仕者の26.5%,4万人のときには27.8%,そして今回は30.1%となっており,すばらしい認識が示されています。この数年間十代の若者や独身の兄弟姉妹たちの多くが開拓奉仕の特権をとらえているため,開拓奉仕学校に入学する生徒の半分もしくはそれ以上が独身の兄弟姉妹たちによって占められています。
18 日本で初めて春の特別活動が取り決められたのは,3年前の4月です。その月,4万1,055人の補助開拓者が報告されました。これは驚異的な記録であり,その後の2年間この最高数を更新することができませんでした。しかし,今年の4月に4万6,787人という補助開拓者の新最高数が報告されたことは非常に心をわき立たせるものとなりました。なぜこれほど多くの人々が補助開拓者の隊伍に加わることができたのでしょうか。
19 一つの理由は,大勢の年若い人が進歩したことです。献身しバプテスマを受けたそれら年若い兄弟姉妹たちは,春休みを利用して喜んで補助開拓奉仕に参加しました。また,会衆の長老たちがバプテスマの討議の後,ふさわしい人たちに補助開拓奉仕を励ました結果,新しくバプテスマを受けた人の多くがその励ましにこたえ応じました。さらに,ほとんどの会衆で,街路伝道および夕方や晩の奉仕の取り決めが定着してきたことも一因となっています。それらの取り決めは,多くの若者や仕事を持つ兄弟姉妹にとって補助開拓奉仕をしやすい状況を作り出しています。皆さんは,これからも街路伝道や夕方の奉仕を是非支持してゆきたいと決意しているに違いありません。
20 会衆の分会に伴う区域の減少,また無関心な人や留守宅が多いという挑戦のもとで,補助開拓奉仕に対するこれほど多くの支持が得られたのは,この奉仕に対する正しい動機や真の認識が培われていることを示しています。4月に全奉仕者の59%が何らかの形で開拓奉仕にあずかりましたが,これは実にすばらしい努力であり,会衆の霊を燃え立たせるものとなったことは明らかです。
21 4月の特別活動を振り返ってみるとき,わたしたちはエホバがまさに天の水門を開き,多くの祝福を注いでくださったことを実感しないわけにはゆきません。(マラキ 3:10)考えてみてください。悪魔サタンは,人々から王国の音信を遠ざけるため,週末や休日には行楽地や観光地に人々を集め,週日にも気を散らすさまざまな事柄に没頭するように仕向けているのです。(マタイ 24:37-39)しかし皆さんは,特別に開かれた奉仕の機会を進んで受け入れ,一つの会衆,一人の人のように一致した努力を傾けることができました。わたしたちは「よくやった,善良で忠実な奴隷よ!」というイエスの是認の言葉をいただけるものと確信しています。―マタイ 25:21。
22 加えてエホバは,日本における今後の業にすばらしい見込みも与えてくださいました。若者やバプテスマを受けたばかりの人々が努力して補助開拓奉仕にあずかったことは,今後の野外における大きな戦力となることを期待させるものです。また,年配の人や長年忠実を示してきた方々の努力は敬服すべきものであり,これらの方々の立派な模範は諸会衆の霊的エネルギーの源とも言えるでしょう。サタンの妨害が一層大きなものとなる将来の業に十分備えることができたと確信しています。すべての祝福の源であられるエホバにのみ感謝と賛美が帰せられますように。