1982 エホバの証人の年鑑
王国の実が増加していることの顕著な証拠
昨年1年間,エホバの証人は詩篇 145篇(新),特にその10,11節から取られた年句を自分たちの前に掲げてきました。つまり『あなたの忠節な者たちはあなたをほめたたえます。彼らはあなたの王権の栄光について語ります』という年句です。では,エホバの王権について語る彼らの業は,1980年9月から1981年8月までの12か月間にわたる1981奉仕年度の間,どのように進展したでしょうか。
エホバの証人によるこの公に宣べ伝える業は,確かにエホバに対する彼らの崇拝の重要な部分となっています。詩篇 145篇にはエホバの崇拝者たちが行なう事柄が美しく描かれており,エホバの証人はこのことを昨奉仕年度中行なってきたのです。彼らは『王なる神』を高め,またたたえてきました。(1節)彼らはそのみ名を賛美し,エホバのすばらしい業を自分たちの関心事としてきました。(5節)神の善良さと慈しみとあわれみについて他の人に語ってきました。(7,8節)こうしたことすべてにおいて,彼らはエホバの王国を強調し,邪悪な者たちを滅ぼすというエホバの目的について警告を与えてきました。(20節)確かに彼らは,「すべての肉なる者が,定めのない時に至るまで,まさに永久にその聖なるみ名をほめたたえる」のを見たいと望んでいることを示してきました。(21節)昨奉仕年度中にエホバの証人がエホバの王国の音信に関する奉仕者として行なってきた活動の重要な部分が,この年鑑の報告の中に収められています。この報告が読者にとって興味深く,刺激を与えるものとなるようわたしたちは希望しています。
エホバの証人の全世界の会衆が成し遂げている業は非常に意味深いものであり,このことをよく理解し認識するなら,すばらしい個人的な祝福にあずかることができます。報告が示しているように,エホバの証人およびその会衆と交わる人々は幾百万という数に及び,それに加えて,数多くの人々がエホバの証人が行なっていることになんらかの関心を示しています。1世紀の場合と同じように,「日ごとに」増加が見られます。(使徒 16:5)これら幾百万という人のすべてが,エホバの王国に関する音信をふれ告げる業が拡大していることの意味をよく理解し認識するなら,そしてエホバへの愛のうちに自分自身をエホバにささげるなら,それはすばらしい発展につながるのではないでしょうか。そうすれば彼らは,エホバの王国とそのお目的を他の人々に知らせる業により十分にあずかることができます。彼らがそうすることを選ぶとすれば,詩篇 145篇に略述されている活動が結果として非常に進展し,すべてがエホバの賛美になることでしょう。
キリスト・イエスによるエホバの天の王国が1914年に設立されたあと,そして第一次世界大戦が終わった1918年という早い時期に,王国の音信をふれ告げる人々が3,868人いたことは注目に値します。この小さな集団は14の国々で活動を行なっていました。10年後その隊伍は32の国々で合計2万3,988人が活動するほどに膨れ上がりました。そして1938年には4万7,143人の人々が,設立された神の王国とその目的を世界の52の国々で人々にふれ告げていました。下って1948年には,96の国々で最高26万756人の人が奉仕を報告しています。その10年後の1958年には,世界中の総合計は79万8,326人になり,その年に人々が音信を宣べ伝えていた国の数は175に増加しました。その後王国をふれ告げる人々の最高数は1968年には122万1,504人,1978年には218万2,341人,1981年には236万1,896人になり,世界中で合計206の国や島々に音信が達しています。
これら王国をふれ告げるエホバの証人たちは,神の言葉である聖書に収められている,命を与える真理を宣べ伝え教えるというその業が,確かにエホバへの崇拝の一部であり,自分たちの公の奉仕の務めの重要な部分となっていることを認識しています。家から家の奉仕の務めはエホバの証人の“トレードマーク”と言われてきました。聖書中の先例と命令に照らしてみるなら,真のクリスチャンはそうあるべきです。―マタイ 4:17; 28:19,20。使徒 10:42。
エホバの証人と交わる人が皆他の人にエホバの王国の取決めについて語る業に参加したならどんなことが成し遂げられるでしょうか。そのことを示しているのは過去3年間の記念式の出席者です。世界中から寄せられた報告によると,毎年春にキリスト・イエスの死の記念式を祝った人々は,1979年には532万3,766人,1980年には572万6,656人,1981年の4月19日には598万7,893人でした。
24-31ページに掲げられている表は,1981奉仕年度中に236万1,896人が王国の音信を熱心に伝道したことを示しています。これは胸の躍るような数字です。それはキリスト教の会衆の歴史上最高の数だからです。これはわたしたちにとって喜びであり,皆さんにとっても喜びと励ましになることと思います。これまで調べてきたように,その2倍の数の人々が,現在わたしたちの統治する王であられる贖い主キリスト・イエスの死を記念する式典のためにエホバの証人の会衆と交わったのです。これらの人々の各々がエホバの愛ある目的に他の人々の注意を向けさせることにより,エホバへの愛とその王国に対する忠節を示す,本当にすばらしい前途の見込みがあるのです。このようにして彼らは,王国をふれ告げる業の重大な意味を認識していることを共に示すのです。その業自体,神の王国が天に立てられたことの証拠の一部分となっています。―マタイ 24:14。
建設と拡張
エホバの証人は,その宗教組織であるペンシルバニア州のものみの塔聖書冊子協会(および様々な国の関連した宗教団体,法人,協会)を通し,全世界の96の支部を管轄しています。支部事務所は,様々な国における王国の音信をふれ告げる業を監督します。その業は,神の王国の奉仕者であるエホバの証人によって行なわれるからです。過去数年にわたり,支部の施設の拡張に関係した報告を協会は公にしてきました。幾つかの国ではこの拡張は既存の施設を大きくするという形で行なわれました。他の国では,支部の移転が行なわれました。土地を購入し,新しい建物が建てられました。こうした拡張のすべては,クリスチャン会衆の業の増加に対処する面での各支部の必要をふさわしく満たすために行なわれています。
これらの支部やその施設は,イエスが語られた大きな業,この「終わりの日」に成し遂げられることになっている大きな業を行なう現代のクリスチャンの組織に必要物を備えるという目的のためだけに設けられています。(マタイ 24:14。テモテ第二 3:1)エホバの証人は,206の国々や海洋の島々で王国の音信を宣べ伝え,奉仕の務めを行なう全世界的な組織として形造られています。多くの支部には印刷工場があり,そこから聖書,書籍,雑誌,その他の出版物がエホバの証人の手によって生産されています。それらは聖書研究,および人類の贖い主であられるキリスト・イエスによるエホバの備えを学ぶよう他の人を助けるためのものです。この宣べ伝える業を行なうことはエホバの証人に課せられた責務なので,印刷された出版物の形で王国の音信を生産しそれを配布するということは,彼らの信仰と崇拝の重要で不可欠な部分となっています。出版物を印刷しそれを配布することによって,聖書の中の真理が遠く広く行き渡りました。この業は,エホバの証人の信仰の証拠であり,その忠節の表明であり,他の人々の信仰を築き上げるのに肝要なものです。したがって印刷工場を持つ様々な支部が生産する聖書文書はみな,人々がエホバの壮大な目的に関する知識を増し加えるよう助けるために準備されています。
そのような施設に関して各支部が必要としているものが賄われているのは非常に喜ばしいことです。全世界的なインフレの結果として,物価は高騰しています。これらの工事を行なう必要があった支部では,どこでもエホバの証人が必要に見合う資金を提供しました。これらの特別な目的のために協会に無償で,または貸付けでその資金を提供したのです。エホバの証人全体がこのような活動のために支持を与えてくださったことに対し,ここで心からの感謝を述べたいと思います。これらの計画の上に,さらに経済的な支持だけではなく,施設を建設するための労働の面でもその計画を可能にした人々の上にエホバの祝福があった証拠は,あらゆるところに見られます。
一つだけ例を挙げると,日本の支部は,1982年夏に終了すると考えられている大規模な建設計画に携わっていますが,1981年8月に,伝道者が新最高数の6万3,447人に達したと報告しています。これは1980年の同じ月の12%増加に当たります。顕著な点として同支部は次のように述べています。「建設を始めた当初は約4万4,000人の伝道者でしたが,3年で44%増加しました。建設が始まった時には聖書研究は6万2,000件でしたが,今では約9万件が報告されており,それは45%の増加に相当します。終わりが近いことを考えるとこれはわたしたちにとって非常に大きな励ましです。開拓者精神は依然として強く,ほぼ毎月,開拓者の割合は全伝道者の30-33%に達します。そのうち1万238人は正規開拓者です」。
規模においては対照的ですが,霊においては同様なソロモン諸島の支部も,1981年6月に献堂された支部事務所とベテルホームについて述べています。同支部はこう述べています。「1978年以来用いている当初の建物の修繕と増築を行なった後,兄弟たちは完成した建物の献堂式を週末に迎えられるようにしたいという希望を強く持つようになりました。マレータ島の人々も出席を計画してしばらくの間旅費をためていた人が少なくありませんでした。そして献堂式の前の1週間ほどは,島を通う船は兄弟姉妹たちでにぎわいました。献堂式で食事を共にするため,生きたニワトリやブタ,サツマイモやキャッサバの入った袋などを持って来た人もいました。その献堂式には,オーストラリア,パプアニューギニア,ニュージーランド,そしてはるか遠くの米国からかけつけた人もいました。その人々は,2階建の立派な建物を見学し,兄弟たちの働きの成果を見ました」。ここでも,他の多くの建築計画の場合と同じように,多量の労働力がエホバの証人によって供給されたのです。このことは非常に感謝されています。
よく観察している方はお分かりのように,エホバの証人の会衆は自分たちの会衆の集会や他の活動のために王国会館を備えます。また,王国の音信を印刷するための施設を備えます。そして,聖書を人々が理解するのを助けるため出版物も配布します。この奉仕全体が奉仕の務めの業であり,エホバに対する崇拝の業であり,その王国とその復しゅうの日の音信をふれ告げることなのです。
国際的なベテル家族
各支部に配置されているのは,ベテル家族を構成する奉仕者であり,印刷施設のある支部においてはこれらの奉仕者たちが神聖な奉仕の一部として協会の出版物を生産します。様々な支部においてこれらの忠実な人々は身をささげ,生産性が高いことを示しています。その例は米国のベテル家族の活動に見られます。支部組織の要請にこたえるため,これらの人々は毎日の正規の仕事に加え,幾千幾万時間も働いてきました。ブルックリンのベテルホームで奉仕する人々はそうしなければならなかったのです。ブルックリンの印刷工場で働く人々すべてについても同じことが言えます。ほんの一例ですが,輪転機室が通常の一交替制で操業したのは1年のうちわずか5週間しかありませんでした。オフセット輪転機への移行に伴い,余分の時間働くことが今後も必要ですが,それはいつまで続くか分かりません。米国支部の場合,ベテル家族の多くの人たちがものみの塔農場で奉仕しています。そこでは農業と印刷業務が共に行なわれており,印刷業務としては「ものみの塔」誌と「目ざめよ!」誌が生産されています。ベテル家族はここでも,仕事の必要にこたえるため進んで余分の時間をささげました。確かにベテルは生産の場所です。そしてわたしたちは,世界各地のベテル家族が自分の割当てを果たそうと勤勉に働いておられることに対し,感謝を表わしたいと思います。
世界各地の支部は,その活動を報告するにあたって,エホバの証人の全世界的なクリスチャン会衆内の兄弟全体に対し温かい愛を表明しています。ここで,その兄弟たちすべてに対し,各地のエホバの民から寄せられたこの愛と忠節をお伝えするのは大きな喜びです。
会衆に対して示される正しい認識
表に示されているように,奉仕年度の終わりには,エホバの証人の会衆が全世界で4万3,870ありました。クリスチャンは,会衆,およびそこにおける集会や奉仕活動に対して誠実で正しい認識を示しています。各会衆が集い合っている王国会館に行くために多大の努力が求められることも珍しくありません。エホバの証人は集会に出席することの霊的な価値を知っています。ですから,王国の音信を人々に伝え,関心のある人々と神の言葉を研究する面だけでなく,会衆の様々な備えを活用して自分を霊的に強化する面でも真剣な努力を払っています。―ヘブライ 10:24,25。
例えば,パプアニューギニアでは,一人の年若い奉仕者が片道7時間の道のりを毎週歩いてゆき,ある夫婦との聖書研究の司会をしています。一方この夫婦も,王国会館で開かれている公開講演と「ものみの塔」研究に出席するため,7時間の道のりを歩いてやって来ます。このように,会衆の集会を重要視することにより,これらの人々は天的な知恵を示し,霊的な物事に対する認識を表わしています。そうした霊的な物事にこそ真の価値があります。その同じ国では,開拓者たちから成るある小さな群れの奉仕者たちが,最寄りの会衆の集会に出席するために約40㌔の道のりを歩きました。そして,人々の間で自分たちの奉仕の務めを行なうため,再び同じ距離を歩いて区域に戻って行きました。
各会衆は非常に興味深く効果的な活動を行なっています。チリでは,21人の伝道者から成るある小さな会衆が1981年4月の特別講演のためのビラを1,000枚注文しました。ところが,郵便事情が悪く,ビラが届いたのは講演の行なわれる前日の夜でした。当日は4月の第1日曜日でした。21人の伝道者全員が招待ビラを手に家から家を手短に訪問し,その町のかなりの部分を網羅しました。なんとか招待ビラすべてを配布することができましたが,その日の午後の公開講演には実に98人が出席し,伝道者たちは大きな喜びを味わいました。
エホバの民のすべての会衆では,大抵,毎週五つの集会から成る,聖書教育のプログラムが設けられています。毎週,公開集会,「ものみの塔」誌の研究,および協会の他の出版物を研究するための会衆の集会が開かれます。さらに,神権宣教学校と奉仕会があります。このすべてが一緒になって,霊的な物事に関して必要とされる情報や諭し,導きや助けが与えられています。エホバの僕各自は霊的な真理を必要としており,これらの集会は霊的な真理で人々を養う業の主要な部分を成しています。会衆は様々な面で,クリスチャンにとって必要不可欠な貴重な奉仕を行なっています。聖書は,人々が自分一人でエホバに仕えたり,自分だけで神の言葉を理解するようになったり,会衆と交わらずにこの困難な「終わりの日」に対処したりできないことを示しています。一人でそのように努めている人たちすべての結末は,この点に関する神の言葉の真実さを裏書きしています。―箴 18:1。
どこに住んでいようと,おそらく近くに王国会館があることでしょう。読者の中にはエホバの証人の集会に出席したことのない方もおられるかもしれません。しかし,これまでに出席したことがあってもなくても,すべての人が集会に出席するよう招待されています。きっと,興味深く,励みの多い,霊的に築き上げられる時を過ごされることでしょう。大抵の場合,集会に出席する人々が友好的で力になってくれることに気付くでしょう。出席すればきっと歓迎されることでしょう。
年配の人から若い人にまで及ぶ伝道者
1年の活動の表の七つの欄は「伝道者」に関するものです。まず,名称の記されているその国がいずれかの月に報告した伝道者最高数,およびその国の伝道者一人当たりの人口の割合が記されています。そして,平均伝道者数が,前年の1980奉仕年度に対する増加率もしくは減少率と共に示されています。また,昨年の平均伝道者数も挙げられています。さらにその表には,新しくバプテスマを受けた人の数と開拓者の数が示されています。
「伝道者」という語は,家から家に公に宣べ伝える業を行ない,かつ他の方法で一般大衆に王国の音信を伝えているエホバの証人の奉仕者を指すのに便利な言葉です。エホバの証人はその活動を自分たちの交わる会衆に報告します。そして,こうした個人の報告が集計されて,全世界の報告が作成されるのです。一部の国では連絡を取ることが難しく,奉仕者が住んでいてもその報告を何らかの理由で入手できない場合もあります。報告するのを忘れる人もいることでしょう。ですから,ここに挙げられている数字は控え目な数です。開拓伝道者というのは,公の奉仕活動に全時間を費やしている人たちのことです。
エホバの証人から寄せられた寄付によって,協会は,宣教者,巡回および地域監督,特別開拓者として,奉仕の務めに全時間を費やしている人の必要を賄うことができます。昨1981奉仕年度中,世界中のこれら全時間奉仕者たちを援助するために要した現金支出は総額2,111万6,480㌦89㌣(約46億4,562万5,800円)に上りました。これに対し,1980奉仕年度は2,258万8,894㌦17㌣(約49億6,955万6,600円)であり,1979年の支出は2,013万6,626㌦7㌣(約44億3,005万7,700円)でした。これらの基金は特別な全時間の奉仕に携わるエホバの証人を援助するため有効に用いられており,エホバの民全体の努力によってこれが可能となっていることにわたしたちは深く感謝しています。―コリント第一 4:2。
エホバの証人は霊的な戦いに休みなどないことを知っており,その中には年配の人もいます。年若い人もおり,その多くは成人した若い人々です。これらの若い人々は,クリスチャンの奉仕の務めがあらゆる面で益をもたらすことに気付いています。若い人々が数多くの深刻な問題を抱え,その生活がひどく損なわれているこうした困難な時代にあって,各々が献身することによって得られるエホバとの良い関係は特に肝要なものです。子供を持つエホバの証人の奉仕者は,崇拝の問題に関連して神からゆだねられている,子供に対する責務を果たそうと努めており,それは家族全体にとって祝福となっています。
年若い奉仕者たちにはエホバの義の規準を擁護する数多くの優れた機会があります。(伝道 12:1)ハワイからの報告にこのことが示されています。高校在学中のある年若い奉仕者は,クラスにおける割当てを活用して,級友に聖書の見方を説明することにしました。その女子高校生は次のように語っています。「私は納得のいく論議を伴う話をするよう割り当てられました。そこで,堕胎に関する話をすることにしていろいろ調べ,『聖書理解の助け』[ものみの塔協会発行の英語の出版物] の中に堕胎の定義に関する資料を見付けました。『目ざめよ!』誌の1980年5月22日号 [日本語版,1980年8月22日号] に,必要な他の資料がすべて載っていました。
「話をする日になりましたが,その場にはクラスの全員が出席していました。こうしたことはめったにありません。話の導入部のところで,生徒たちはまるで子供のように振る舞い,やじを飛ばしました。それでも私は,その情報が生徒たちの益になることを確信していたので話を続けました。すると,生徒の態度は変わり,一層興味を持って話に耳を傾けるようになりました。質問に答える時にはいつでも聖書の原則に言及し,みんなが少しでも考えることができるようにしました。話の最後に,『目ざめよ!』誌 [1980年5月22日号; 日本語版,1980年8月22日号] から『生まれてこなかった子の日記』を読んだところ,教室は静まりかえり,女子生徒の中には目に涙を浮かべている人もいました。堕胎を盛んに支持していた生徒たちも一言も話さなくなりました。
「その後,先生が口を開き,自分も妊娠しており,堕胎について真剣に考慮していたとおっしゃいました。先生は,聖書の見方,とりわけ神が命をどう見ておられるか,また天の下のすべての生けるものをいかによくご存じかをより十分に理解できたことに深い感謝の言葉を述べられました。先生は,もう決して子供を堕胎することはできないと言われました。
「生徒の間から拍手がわき起こり,私は開かれた機会を活用して証言ができたことをとてもうれしく思いました。後日,この先生から,元気のよい赤ちゃんを産んだとの知らせをいただきました」。
スウェーデンからは十代のある若者に関する次のような報告が寄せられています。その人は担任の教師の許可の下に,授業時間を20分割いてエホバの証人に関する質疑応答をクラスで行なうことになりました。非常に大きな関心が示されたため,討議の時間は延ばされ,3時間15分に及びました。授業の後,23人の級友全員が文書を求め,55冊の書籍が配布されました。この年若い兄弟は正規開拓者になる準備をしています。この青年の人生は確かに有意義なものであると言えるでしょう。
アフリカに住むクリスチャンのある夫婦は,自分たちの十代になる娘の身繕いや交際に世の影響が及んでいることに気付き,とても心配になりました。しかし,あまり厳しい制限を課すと,娘を真理からさらに離してしまうのではないかと恐れ,そうすることをちゅうちょしていました。その後,自分では世と闘うことができないとその少女自身が語るようになり,難しい事態が訪れました。父親と母親は祈りをささげたあと,事態について話し合い,父親が娘に率直に話しました。そのとき娘は少しも感情を乱すことなく,「自分ではどうすることもできないので,お父さんが何かしてくれるようずっと祈っていたのです」と言いました。その少女は巡回監督に次のように書いています。「お父さんとお母さんから厳しい制限を課された時,両親に愛されており,両親が幸福な家族の一員として私も一緒に新秩序に入るのを望んでいることが分かりました」。
ハルマゲドンがこれまでにも増して近付いていることを考えると,多年にわたって宣教者として忠実に奉仕してきた次のエホバの証人の経験は若い人々にとって大きな励みになるでしょう。彼女は次のように述べています。
「私は第二次世界大戦のぼっ発した1939年に生まれました。両親はハルマゲドンが目前に迫っていると考えていましたから,私たち子供は非常に幼い時から,滅びゆくこの古い体制の中にあって時を賢明に用い,エホバの奉仕にあずかるよう励ましを与えられてきました。ものみの塔ギレアデ聖書学校が開設されたのは私がわずか4歳の時でしたが,母はそれ以来その学校のことを私にいつも話し,それを目標にするよう励ましてくれました。学校の1学期が終了した6歳の時に,休暇開拓奉仕をしました。その後,高校を卒業するまで,夏休みのたびに開拓奉仕をし,高校を卒業すると同時に開拓者になりました。私が十代の時に,父が仕事を調整して正規開拓者になり,私たち子供に良い模範を示してくれたことも,私の人格形成に役立ちました。
「私は自分と同じ願いを持つ開拓者の兄弟と結婚しました。その願いとは,ものみの塔ギレアデ聖書学校に行くことでしたが,長い間望んできたその目標は1960年に実現し,二人でその学校に招待されました。喜びにあふれたその同じ年,弟はベテルに招待され,父と母は巡回奉仕に入りました。
「私が若い時に受けた良い訓練と励ましに対し,父母およびエホバ神に感謝しています。それは20年以上に及ぶ全時間奉仕の真の喜びにあずかるのに役立ってきました」。
「わたしの聖書物語の本」は,神のみ言葉に注意を向けるよう人々を助ける面で極めて効果的な手段となっており,老若を問わず様々な奉仕者たちに引き続き用いられています。アフリカのある国の小さな工場で働く一人のエホバの証人は,自分の机の上に「わたしの聖書物語の本」を2冊飾っておきました。1冊は英語,もう1冊はアフリカーンス語の本です。これまでに,この証人はこの本を190冊以上配布しました。1冊の本を求めた一人の人はそれを息子に与え,少年はその本を学校へ持って行きました。少年の担任の教師はそれを読んでその本を5冊注文しました。今では朝の礼拝のために,その学校の授業で用いられるようになっています。
イタリアのサルディニアのある12歳の少女は,神のみ言葉の真理について進んで話す用意を常にしています。そして,そのために「わたしの聖書物語の本」を学校に持って行きます。学校ではカトリックの宗教を教える時間があり,少女はその授業を免除されているので,その間「わたしの聖書物語の本」を読んでいます。カトリックの一司祭が少女の読んでいる本に目を留め,それを見せてほしいと言いました。内容を調べてから,司祭はその本を大層ほめ,クラス全員の前で一つの物語を読むよう少女に勧めました。その後,この若い姉妹が毎週自分のクラスの前で一つの物語を読み,クラスメートにその内容を説明するという取決めができました。司祭は自分用にも1冊求め,自分が他のクラスにも読んであげられるようにしました。
チリの学校に通う一人の年若い兄弟の経験もそれと幾らか似ています。同国の11歳の子供は,「わたしの聖書物語の本」を用いて自分のクラスに宗教に関する事柄を定期的に教える割当てを受けており,クラスメートに筆記試験を行ない,その採点までしています。
7歳の男の子が自分の「わたしの聖書物語の本」を学校に持って行ったところ,担任の教師がそれを見付け,その少年の母親に本を配布した,エホバの証人の宣教者に学校に来るよう要請しました。その宣教者は学校を訪れ,教師は自分の受け持つバイブルクラス全員のために40冊の本を求め,その本を用いて行なう週ごとのクラスの討議に出席するよう宣教者を招きました。―マタイ 21:16。
これは,「わたしの聖書物語の本」というすばらしい出版物を用いて行なわれている事柄,およびあらゆる年齢層の伝道者たちが払っている非常に立派な努力の幾つかの例に過ぎません。
日々の聖句
この年鑑には,様々な国のエホバの証人の業に関する報告に続いて,日々の聖句と注解が載せられています。それは日々の聖書朗読の助けとして備えられているものです。毎日,目を覚ました時,朝食あるいは家族全員がそろう別の食事の時間,晩の時間,あるいは他の都合の良い時間にこの聖句と印刷された注解を読むのは有益なことです。年鑑に引用されている聖句の本文を毎日読むだけではなく,聖書中のその聖句の文脈をも読み,印刷された注解の取られている「ものみの塔」誌を参照する人も少なくありません。―使徒 17:11。
エホバの民はこの年鑑の備えを深く認識しています。その一例がオーストラリアから報告されています。これは32㌔ほど離れた別々の牧場に住む二人のエホバの証人の母娘に関する経験です。二人は日々の聖句の討議を行ないたかったので,飛行往診医無線通信網として知られる地元の無線通信網を利用して,毎朝8時半にその日の聖句を討議するようにしていました。波長を合わせて耳を傾けたければ,その地域に住む人はだれでもその日々の討議を聴くことができました。80㌔ほど離れた所に住む一婦人は,朝の8時半に,自分の所を訪れていた人に,「ごめんなさいね。今日の聖句の時間になってしまったので,聴きに行かなければならないわ」と言いました。これら二人の婦人にとって非常に重要なこの聖句の討議は,580㌔も離れた所に住む聴取者にも益を及ぼしています。聖句と注解を毎日読むようお勧めしたいと思います。
「世のものではない」
真のクリスチャンは,世の諸国家の政治や論争に関しては常に中立の立場を取ってきました。暴力行為,それもこの世がかつて経験したことがないほどの暴力行為が増大しているこの時代に,エホバの証人の中立の立場はエホバとその王国に対する忠節の表明となるだけではなく,エホバの民を保護するものともなっています。この問題に関するエホバの証人の立場は明快で,あらゆる国でよく知られています。確かに幾つかの国の当局者にとってはエホバの証人の中立の立場をはっきりと理解するのは困難なことですが,クリスチャンの取る立場は聖書およびエホバの証人の出版物の中に明示されています。ですから,世の論争および諸国家の政治については中立を保つというその立場に対して,あるいは彼らの取る立場の正しさに関して,疑問をさしはさむ余地はないはずです。こうした立場が求められるのは,言うまでもなく,エホバの証人がキリスト・イエスの追随者であり,イエスもそれと同じ立場を取られたからです。―ヨハネ 15:19; 17:14。
はなはだしい犯罪と暴力の時代を経験し,人々が気力を失うほどの恐れに満たされているラテン・アメリカのある国からは,その国のエホバの証人にとってクリスチャンの中立の立場が保護になっていることを示す報告が寄せられています。争いに引き裂かれたその国にはかつてないほど大勢の王国の音信の伝道者がいます。それらの伝道者は,その活動に不便が伴い,危険な状況のもとで行き来しなければならないにもかかわらず,一般の人々との家庭聖書研究を幾千件も司会しています。自らがエホバの証人であることを明らかにして,エホバの保護を受けた人は少なくありません。次の経験が示すように,政治問題におけるその厳正中立の記録と真のクリスチャンの振舞いに関する記録は保護となってきました。
エホバの証人の一グループが,聖書について宣べ伝え教える業を行なうための割り当てられた区域に行くために,午前5時にバスを待っていました。突然,ものものしく武装した一群の覆面の男たちが近付いて来て,ある政治団体についてどう思うか,と一行に尋ねました。兄弟たちは自分たちがエホバの証人であり,政治問題とかかわりを持たないことを説明しました。そのグループの男たちは説明を聞いて納得し,武器や敵を求めてその町の家々を捜索し始めました。その土地の王国会館にもなっている一兄弟の家に入ろうとした時,その男たちは近所の人々にそこに武器があるかどうか尋ねました。「あの家にはエホバの証人しか住んでいません」という答えが返ってきました。それを聞いて,そのグループはその家に入らないことに決めました。「あの人たちはだれとも問題を起こさない」からです。午前8時50分には,男たちの一行は町を出ていましたが,数分後に軍隊がやって来て,やはり一軒ずつ家宅捜索を始めました。王国会館の前で,その男たちの一行がそこへ入ったかどうか,と軍人たちは尋ねました。「いいえ,あそこにはエホバの証人しか住んでいませんから」という答えでした。すると兵士たちは,「そうか,我々も入って行かないことにしよう。あの人たちは立派な人々だから」と言いました。
エホバに献身し,その王国の側にはっきりとした立場を取る人々は,確かに祝福された立場にあると言えます。そうした人々は賢明にも,干戈を交える世の諸勢力の前で自分がエホバの証人であることを明らかにし,自分たちが受けるにふさわしい敬意をそのような反対者たちから示してもらう道が開かれるようにしています。こうしたことは全地の至る所で数え切れないほど起きています。その国が武器を用いる戦争行為の点でどんな状態にあろうと,あらゆる国においてクリスチャンは中立の立場を保たなければなりません。エホバの証人すべては,何らかの面でこの問題に直面します。エホバはすべての人を霊的に強めるために十分の備えをしてくださっており,そうしたものを活用するのは賢明なことです。
人を鼓舞する王国の忠節地域大会
1981年の地域大会が成功したという励みになる報告が世界の各地から寄せられていますが,米国の大会に関する報告がすでにまとめられました。100の地域大会が開催され,出席者の合計は105万7,237名という空前の最高数になりました。バプテスマを受けた人の数は8,734名でした。大会のプログラムは非常に築き上げるもので,野外のあらゆる分野から寄せられる報告はエホバの民がこの優れた霊的な備えに感謝していることを示しています。
拡張されたギレアデの訓練
ニューヨーク州に位置する,ものみの塔ギレアデ聖書学校が外国における奉仕のために全時間奉仕者を訓練するようになった1943年以来,優に6,400人を上回る人々がその学校を卒業しました。これら卒業生たちは全地の100以上の国々に派遣されてきました。
1980年9月14日,日曜日にニューヨークで催されたギレアデ学校の第69期生の卒業式の席上,協会のメキシコ支部事務所にギレアデの訓練の延長線上にある学校が設立されるとの発表がありました。この学校は1980年11月24日に開かれ,24人の学生が入学しました。1981年2月1日,日曜日に,24人の学生は卒業し,卒業証書を受け取りました。学生たちは中央アメリカおよび南アメリカの8か国に任命されました。メキシコのギレアデ文化学校のこの第1回の卒業式に出席した人々すべては喜びにあふれていました。
第2期のクラスは2月16日に23人の学生をもって始まりました。その人たちは4月26日,日曜日に卒業し,ラテン・アメリカの8か国で奉仕することになりました。第3期のクラスは5月11日に始まり,その学生たちは7月19日,日曜日に卒業しました。それら24人の卒業生は中央アメリカおよび南アメリカの7か国に割り当てられました。ですから,三つのクラスから合計71名の卒業生が教師として送り出されたわけです。
1981奉仕年度中に,第70期および第71期の各クラスがニューヨークのものみの塔ギレアデ聖書学校で学びました。第70期のクラスは10か国から来た49人の学生をもって,1980年10月20日に始まりました。1981年3月8日,日曜日には49人全員が卒業し,18か国に派遣されました。8か国から来た27人の学生が1981年4月20日に第71期のクラスに入学しました。この人たちは1981年9月13日,日曜日に卒業し,13か国に派遣されました。
1981年にニューヨーク校の卒業生が76名,メキシコの学校の卒業生が71名に達し,合計147名の卒業生が39か国に割り当てられたことを報告できるのは喜びです。この総数は1年の合計としては1968年以来の最高数です。まだ時間があるうちに王国の良いたよりを知らせるため,よく訓練された人々が多くの国々へ出掛けて行くのを見るのは本当に励みになります。
価値のある動機
エホバの証人はその世界的な奉仕の務めに携わり,他の人々に役立つ活動を行なっています。エホバの証人は世界のどこに住んでいようとも,様々な問題に対して一貫した態度を取り,神のみ言葉に対する深い敬意,およびエホバのご要求と原則に付き従おうとする断固とした努力の点で類例のない存在です。その動機はどのようなものでしょうか。幾つかの事柄が関係しています。
エホバの証人はエホバ神が自分たちのためにしてくださった事柄を認識しています。ですから,このことに対する感謝の念から出た,神に対する愛を抱いています。そしてその愛は,エホバが彼らのために今してくださっている事柄,およびこれからしてくださる事柄に対する感謝の念によって強化されています。エホバの証人は,もし人が神を愛しているなら,そのおきてを守るということを知っています。また,設立された神の王国の良いたよりを宣べ伝えることが神のご命令の一つであることをも知っています。エホバに対する愛に動かされ,彼らは神のみ名にもたらされた非難を取り除くために,自分たちにできることをしたいと願っています。人間の抱える諸問題の責任が誤って神に帰せられ,偽りの宗教の様々な教理によって神が中傷されているからです。ですから,基本的に言って,神の奉仕者として働き続けるようエホバの証人を動かしているのはエホバに対する愛です。
次に,仲間の人間,つまり隣人に対する愛があります。他の人々の行く末を案じているので,自分たち自身の個人的な便宜よりも他の人々の霊的な関心事を優先させたいと願っているのです。ですから,エホバの証人が家から家へ行き,神のみ言葉に関心のある人々を再訪問し,真理を愛する人々との聖書研究を司会するのは,実際のところ隣人に対する愛に動かされてのことなのです。これは隣人愛,隣人に対する愛情から出ています。―マタイ 22:37-39。
さらに,エホバの証人は神のみ言葉を信じており,「受けるより与えるほうが幸福である」ということを知っています。それで,惜しみなくまいて,豊かに刈り取りたいと思っているのです。―使徒 20:35。コリント第二 9:6。
また,彼ら自身の命,そして他の人々の命も関係しています。なぜなら,エホバの証人は「すべての人の血について潔白」でありたいと思っているからです。つまり,来たるべき裁きに対する警告を与えないためにもたらされる流血の罪を被りたいとは思わないのです。―使徒 20:26。エゼキエル 33:6。
ですから,エホバの証人の活動にはこうした高潔な動機が関係しており,彼らが王国の音信を世界中で宣べ伝えているのは確かに意義深いことです。その業はエホバの天的な王国が設立されたことを証明するしるしの主要な部分を成しています。そして,神が人間のためにお造りになったこのすばらしい地球という住みかに対する神のお目的を真に成し遂げるため,神の敵を除き去ることに向けてその王国が前進しているしるしともなっているのです。
[24-31ページの図表]
全世界のエホバの証人の1981奉仕年度の報告
(出版物を参照)