創造物の構成材料
あなたの周囲を見回してごらんなさい。何が見えますか。丘や山々の崇高な美しさ,草木や樹木の魅惑的な色や形,獣や鳥やこん虫の興味深い習性などに感動しない人はいないでしょう。創造物の複雑さだけでも想像を絶するものがあります。
これらの美しい,畏敬の念をさえ起こさせるおびただしい数のものはみないったい何からできているのだろうか,と考えることはありませんか。創造物の構成材料は何でしょうか。それらの構成材料がどのように集められて,わたしたちの周囲の無数の物質はできているのでしょうか。わたしたちが目にする無数の驚嘆すべき創造物は,固体の世界を成しているように見えます。ところがこのすべてが,99.9%まで無の,もしくは空虚な構成材料でできているということを知ったなら,あなたは驚きますか。
人間は何千年もの間,物質を構成しているものはいったい何かというなぞの解明を試みてきました。物質とは,「それをもって何でも作れるもの」と辞書は定義しています。しかしそれは何でつくられているのでしょうか。科学者たちが,物質の基本的性質をほんとうに理解しはじめたのは今世紀であって,それも過去30年か40年の間のことです。現在では研究者たちは,岩石,植物,動物,川その他人間の感覚で知りうるものはすべて三つの基本的粒子から成る構成材料でできていると言います。
それら三つの基本的粒子が,構成材料中にそれぞれ何個存在するかによって,それらの粒子がつくり上げる各構成材料,すなわち「原子」の性質と特性が決まります。a
しかしまず,定義をはっきりさせましょう。「原子」とは「元素の最小粒子」です。「元素」とは,「化学的な方法によってはそれ以上簡単な物質に分割できない物質」と定義されてきました。たとえば,仮にわたしたちが金の元素のサンプルを手にし,それをだんだんこまかく分割していくことができるとすれば,ついにはこれ以上分割すると,元の化学的同一性が失われるというところまできます。この最小のものが原子です。それをさらに分割することは,原子を先ほど述べた三つの部分,すなわち陽子,中性子,電子に分割することになります。
陽子と中性子の重さはほぼ同じで,両者のちがいは,陽子が陽電荷をもつのに対し,中性子は電荷をもたず,したがって中性です。相対的に言って,陽子と中性子は電子にくらべて大きく,質量は電子のそれの約2,000倍あります。微小な電子は負の電気を帯びています。そして,その数は陽子の数と常に等しいので,原子は中性体です。
これら三つの基本的粒子は,その数が増すにつれて,さまざまな元素の原子,つまり創造物の構成材料をつくり上げます。では,元素はいくつあるのでしょうか。長い間,空気,火,土,水のわずか四つの元素しかないと考えられていましたが,知識が進むにつれて,しだいにさまざまな元素が明らかにされました。現在では元素周期律表の元素の数は100を上回り,その中には人工的に作り出された不安定な元素もあります。
それにしても,この99.9%まですきまというのはどういうことでしょうか。もしわたしたちが,わたしたちの周囲のすばらしいものを構成している原子を1個見ることができるとしたら,それはどのように見えるでしょうか。どんな構造をしているでしょうか。
原子の構造
すべての原子には,中心に,何個かの陽子と中性子からなる核があって,その回りを何個かの電子が軌道を描いて回っています。唯一の例外は,最も簡単な元素である水素の原子です。水素原子の核はただ1個の陽子でできており,そのまわりの軌道上をただ1個の電子が回っています。
それで,わたしたちは太陽系の縮図のようなものを頭に描くわけですが,電子が,小さい,高密度の核のまわりの比較的に大きな軌道を回るさまは,惑星が太陽のまわりの軌道を回るのに非常によく似ています。この極微の太陽系ともいうべき構造は,元素によってそれぞれ異なり,同一元素の各原子内では同じ形態をとっています。どんな力が働き,また何がその正確さを定めてそのすべてが生み出されたのでしょうか。たとえば下の図に表わされている炭素の原子を考えてみましょう。
もちろんわたしたちは,原子の単体を見ることはできません。原子は無限に小さいものだからです。これらの微小な“太陽系”の直径は,1㌢の1億分の1で,中央の核,つまり“太陽”に相当するものの直径は,原子全体のそれのわずか10万分の1ほどしかありません。
原子内の電子の数が,元素の種類によって異なり,1個から100個以上あるとなると,各原子の信じられないほど小さなすきまの中に,すばらしく複雑な仕組みがあるわけですから,これは驚くべきことではないでしょうか。
緑の草や牛のしっぽや山に至るまでのあらゆる物質,実質的と考えられるものすべてが,無数のそうした原子でできており,しかもおのおのの原子自体は大部分が中心の核と,軌道を回る電子との間の無の空間で占められているのですから,驚かざるをえません。そうです,原子は大部分がなにもない空間なのです。ですからライフ科学双書の「物質」と題する本は,「もし各原子がつぶれて,原子自身の核ほどの大きさの球になるとすれば,あの大きなワシントン記念碑[高さ169.3㍍]も,鉛筆の端についている消しゴムよりも小さな空間に押し込むことができよう」と述べています。
各原子内の電子は,「電子殻」と呼ばれているものの中の軌道を回ります。各「殻」は核から一定の距離のところにあります。基本的粒子の数がふえて原子が複雑になってゆくにつれ,これらの「殻」の中の電子の軌道もふえます。
たとえば,前述の炭素の図解はそのことを,内側の殻に電子2個,その次の殻に電子4個を置いて表わしています。アルミニウムの原子なら,最初の殻の中に2個の電子,次の殻に8個,いちばん外側の殻に3個となるでしょう。言いかえれば,多数の電子が定まった型もなにもなしに乱雑に存在するのではなく,むしろそのすべてにきわめて秩序を立った配列があるということです。
わたしたちは,これら物質の構成材料がどのように集められて,人間を喜ばすすべてのすばらしいものが作り出されているかに関心があるので,とりわけこれらの微粒子,すなわち電子に関心を引かれます。なぜでしょうか。なぜなら,各原子の結合能力を決するのは,軌道上のこれらの電子の配列だからです。この結合能力は「原子価」と呼ばれます。
電子を借りて結合する
原子の研究が進むにつれて次のことがわかってきました。それは,どんな元素でも,その原子価環(借りたり貸したりする殻)内に完全な数の電子(たいてい8個)をもつ元素はきわめて安定している,つまり他の原子と容易に結合しないということです。これらの安定した,もしくは活性のない元素は希ガスとして知られており,ヘリウム,ネオン,アルゴン,クリプトン,キセノン,ラドンなどがそれです。
すべての元素の電子殻の状態は徐々に確立されてゆきました。原子は,外側の電子殻を安定させようとする傾向をもつことが発見されました。原子価説はこの点を,次のように説明します。つまり,原子は電子を借りるか貸すかのどちらかにより,あるいは電子と共有することにより安定をはかるということです。塩素のように,外側の殻に7個の電子をもつ元素は,たとえばナトリウムに外側の殻に1個の電子をもつ元素から,電子を借ります。上の図を見て,それがどのように起こるかをごらんください。
1807年に発見されたナトリウムは,柔らかい銀白色の金属で,水に激しく反応する活性元素です。合計11個の電子を有し,それぞれの殻に,2個,8個,1個とはいっています。1774年に発見された塩素は緑がかった黄色のガスで,漂白剤や消毒剤,また毒ガスとしても使用されてきました。塩素原子は17個の電子を有し,その殻内にそれぞれ2個,8個,7個とはいっています。上に掲げた図はいちばん外側の原子殻だけを示すもので,これらの構成材料がどのように結合し,その結合からどんな結果が生まれるかを表わしています。
塩素原子はナトリウム原子から電子1個を借りて,その過程でこの余分の電子が加わることにより負の電荷をもつようになりますが,一方,ナトリウム原子はその逆で正の電荷をもつようになります。これら電荷をもつ原子は,この場合「イオン」と呼ばれますが,反対の電荷をもつゆえに互いに引き合って結合し,塩化ナトリウムとして知られる化合物,すなわち普通の塩をつくりあげます。
それぞれ独特の特性をもち物質の構成材料らしく見えないこの2種類の原子から,生活にとって不可欠な塩が得られるのです。なんとわずか1個の電子の関係するこの再配列が,全く新しい物質をつくり上げるのです。このような結合はイオン結合と呼ばれます。
電子の共有による結合
もう一つの結合方法は共有結合と呼ばれます。この種の結合においては,種々の原子が,要求されている安定な最外電子殻をつくるために電子を共有します。その例は,炭素原子2個,水素原子6個,酸素原子1個が結合して,多くのアルコール飲料の,人を酔わす成分であるエチルアルコールの分子1個を構成する場合です。共有される電子の各組の共有結合は,前のページの図の構造式の中でダッシュ〔―〕によって示されています。
このように電子をいくつか共有することによって,炭素原子と酸素原子は,8個の電子をもつ安定な外殻を確保し,一方,水素原子は2個の電子をもつ外電子殻を確保します。
さらに複雑な相互作用
もちろん,異なる原子間の相互作用や誘引は,分子間に炭素を含む有機化合物をつくりあげる,はるかに複雑な分子が合成されるときには,ずっとこみいってきます。そうした有機化合物の一つを例にとって,そのことを示しましょう。これは葉緑素と呼ばれるあの驚くべき物質の1個の分子の構造式です。
ちょっと考えてみてください。ここには水素原子が72個,炭素原子が55個,酸素原子が5個,窒素原子が4個,そしてマグネシウム原子が1個あります。あるものはすでに結合して,いわば前もって組立てられた単位になっています。そしてこれら全部が,植物の中の最も重要な色素の一つである葉緑素をつくりあげています。これこそ田園を緑にし,また太陽の副射をエネルギーに換えるすばらしい能力を植物に与える物質なのです。
葉緑素の分子一つをつくるにも,種々の原子を結びつけるために軌道上を回転する電子間の信じられないような相互作用を想像できますか。この文の終わりで終止符を打つにも,そのような分子が無数に必要であることを考えるなら,そうした仕組の偉大な設計者に対する賛美の念は増し深まるばかりです。
科学者たちは,さまざまの物質構成材料がどのように,またなぜ結合するかにかんする事実を解明しはじめたにすぎませんが,それでもそうした結合を支配する一定の秩序立った法則が存在することを確かに知っています。そしてあらゆる生き物の途方もなく複雑な生きた細胞が,これまた複雑なそれらの物質をもって地上のおびただしい生物をつくりあげている,その信じられないほどの複雑な方法を見て,畏怖の念をいだいています。
目に見えない微小な原子から雄大な創造物にいたるまでのこの構造は次の図で説明できます。あなたの周囲を見回してください。そして小さな種から無限の宇宙にいたるまで,わたしたちの知っているあらゆる物質の生成を律してきた,しかもあらゆるものを99.9%まですきまである構成材料でつくりあげている知恵と理知を考えてください。
[脚注]
a 科学者は実際には原子の粒子を30以上認めていますが,ここで言う粒子とは,それらが構成する元素の性質と特性を定める粒子のことです。
[13ページの図]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
炭素の原子には,陽子6個と中性子6個の核がある。電子は6個で,2個は内側の殻,4個は外側の殻の中にある
[14ページの図]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
ナトリウムと塩素の原子の結合
ナトリウム 塩素 → + −
原子(外側の電子殻 イオン ― 塩化ナトリウム
だけを示す) を形成する
[14ページの図]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
エチルアルコールの分子
C: 炭素原子
H: 水素原子
O: 酸素原子
[15ページの図]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
葉緑素の分子“a”
H: 水素原子 (72個)
C: 炭素原子 (55個)
O: 酸素原子 (5個)
N: 窒素原子 (4個)
Mg: マグネシウム原子(1個)
[15ページの図]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
三つの基本的粒子
陽子
中性子
電子
原子 結合物 あらゆる物質
100以上の元素 無機物と有機物 生物と無生物