ドルの購買力が低下した理由
去る2月,アメリカのドルは10%切下げられ,ドルの価値はまたもや下落しました。それは14か月ほどの後に行なわれた二度目のドルの平価切下げでした。どうしてそのようなことが起きたのでしょうか。
最近ドルの価値が下落した根本的な理由を理解するには,第二次大戦終結以来ドルが演じてきた国際的な役割を振り返って見なければなりません。
第二次世界大戦後のドルの役割
第二次世界大戦後,アメリカは世界で最も富裕な国家として登場し,その莫大な量の金準備にささえられたドルは,国際的な固定為替相場制の基盤となりました。いいかえれば,他の通貨の価値は,金でささえられた米ドルとの関係において換算され,表示されました。
当時,その制度にはそれなりの利点がありました。戦時中,アメリカ国内の諸工場はヨーロッパの場合とは違って破壊されませんでした。ヨーロッパ諸国はアメリカ製品を必要としており,アメリカは戦時下の軍需産業に携わった膨大な数の労働者の雇用を引き続き図る必要がありました。ドルを基準にした,種々の通貨の固定為替相場制は,戦争で苦しめられた世界の再建を促進するものとなりました。アメリカの大会社は,外国通貨の価値がある期間かなり安定した状態を保てることを知って,国際的売買を行なうことができました。
戦後数年間,アメリカは繁栄し,富裕な会社は以前の海外の同盟国や敵国に製品を売りました。アメリカの企業が繁栄するにつれ,米政府の税収入はふえました。
では,そうした過程を逆転させるどんなことが起きたのでしょうか。ドルの価値はどうして下落したのでしょうか。
ドルの価値の下落
ひとことで言えば,いわゆる『国際収支』の赤字が生じたのです。つまり,アメリカ人は収入としてはいってくる以上のお金を海外で使っているわけです。すでに指摘したとおり,アメリカの産業は膨大な額のお金を海外で使ってきました。また,米人観光客も海外にドルを持ち出しました。アメリカの軍事活動や対外援助を維持するためにも,さらに多くのドルが米国外に流出しました。
しかしそれと同時に,ヨーロッパは産業および経済面でいっそう強力な成長を遂げてきました。ヨーロッパ諸国はアメリカの製品を買うというよりはむしろ,独自の製品を作り出しています。それだけではなく,ますます多くの商品がアメリカに売られています。事実,今やアメリカは輸出する以上に輸入しています。つまり,売る以上に物を買っているのです。
ドルの問題は20年間にわたって次第に大きくなってきました。アメリカのタイム誌はそのことをこう要約しています。
「ドルを弱めた根本原因は,1950年代の初頭以来わが国が世界経済の中で身分不相応な暮し方をしてきたことにある。わが国の消費者,実業家,旅行者そして政府は,毎年何百億㌦もの金を使って,ヨーロッパでは工場を建設し,日本製の車やカメラを買い,リビエラで日光浴を楽しみ,対外援助を行ない,世界の各地に軍隊を駐留させ,ベトナムで戦費のかさむ戦争を行なってきたのである」。
他の国の人びとがドルの価値に対する信頼を徐々に失っているのも,もっともなことです。とはいえ,それらの国々の中央銀行はいつも,自国内の余剰米ドルを買いました。なぜですか。
ドルの流通量を減少させるためです。ドルの流通量が多くなりすぎると,その相場は下がります。もしドルの価値が下がると,ドルを基盤とする各国通貨の価値は上がります。そうなると,各国が輸出していた物品の価格は,アメリカの主要市場では高くなり,アメリカ側は買うのを控えるため,売上げは落ち,事業家や政府は損失をこうむることになります。そのような事態が起きるのを許すわけにはゆきませんでした。
こうして,アメリカ以外のところではドルがふえ続けました。1973年2月までには,総額800億㌦余の米ドルが蓄積したものと推測されています。
米ドルを大量に持っている,米国外の金融『投機家』もドル問題をさらにむずかしくしています。会社や個人さえ手持ちのドルを売って,他の強い通貨,たいていドイツ・マルクや日本円を買います。それらの通貨の価値が上がると,投機筋はまた売ります。しかし,その取引きのさい,彼らは売る以上にさらに多くのドルを買います。
多数の投機家が一度に大量のドルを売ると,危機が生じます。海外の諸政府はそのような売り物に追いついてゆくだけの資力を持ってはいません。そのような状況のもとで取りうる最善の策は何ですか。ドルを切下げることです!
切下げられたドル
ドルの切下げとは,他の国の強い通貨の価値を変えずにそのままにして,米ドルの価値を下げることです。去る1971年12月に初めてこのことが行なわれました。しかし,さらに処置を講じなければなりませんでした! 一度の切下げでは不十分でした。なぜですか。
なぜなら,切下げを必要とした基本的理由となる事情が依然解消されなかったからです。アメリカの輸入は輸出を依然上回りました。そのうえ,米国内ではインフレが続き,食料などの基本的商品は高価で,しかも価格は上がりました。
こうして,1973年2月には二度目の切下げが必要になりました。その処置は他の国々の心配を静めるものとなりましたか。とんでもありません。事実,二度目の切下げの直後,史上最大の規模のドル売りの一例となる事態が生じました。それで,さらに調整処置を講ずる必要がありました。では,何が行なわれましたか。
変動相場制に移行したドル
アメリカは非共産圏主要13か国との間で固定為替相場制を廃止することに同意しました。つまり,ドルは変動相場制に移行することになりました。すなわち,市場の需給関係によって各国のドル相場が決められることになったのです。
ヨーロッパの少なくとも6か国は「共同変動相場制」への移行に同意しました。そして,同6か国の間では固定為替相場を確立し,6か国全体としては米ドルに対して変動相場制の建前を取ることになりました。ドルが変動相場制に移行することによって,投機筋は水をさされました。以前なら,彼らは特定の為替相場が維持されることを事前に知っていましたが,今やそうした保証はなくなったのです。
以上のような状態にあるとはいえ,ドルはもはや金融界における中心的地位を占めるものではなくなったとは言えません。なおその地位を占めています。ドルがそうした地位を固守している強力な理由の一つについて,アメリカのニューズウィーク誌,1973年3月19日号は率直にこう述べました。
「米国はまた,今なお他のどの国にもまさる究極的ないわゆる『財政的』予備金を保有している。つまり,ある西ドイツ高官が語った,『われわれの自由,われわれの全生活』を保証する唯一のものである,核抑止力および軍事力を保有しているのである」。
しかしさしあたり,1971年の暮れ以来の種々の事態がもたらした実質的結果は,米国内外におけるドルの購買力の低下です。こうした変化は日常の物品の売買にどう反映するでしょうか。
ドルを使う人びとへの影響
最近の経済界の動向がアメリカ人の生活に長期間にわたってどんな影響を及ぼすかは,まだわかりませんが,直接的結果としては,アメリカの輸入する物品の価格やアメリカ人の支払う海外でのサービス料金は高くなりました。
去る2月に行なわれたドル平価切下げ後,西ドイツ製の一般向きのある自動車の価格は,2,059㌦から2,200㌦余(約62万円)にはね上がりました。アメリカの輸入する日本製の車の値段はそれよりもさらに高くなることでしょう。
ヨーロッパ,ソ連,日本などで旅行をしたり休暇を過ごしたりする費用ももっとかかります。ドルの購買力が低下したので,宿泊や食事そして旅費が高くつくからです。
しかし,多くのアメリカ人の家庭に最大の打撃を与えているのは,生活必需品の値段の急騰です。たとえば,すでに高くついていた食費が,ドル切下げのため,今後も上昇し続けると考えられています。なぜですか。なぜなら,今や商品を輸出することが重視されるからです。つまり,アメリカの貿易収支の改善を図るため,買うことではなくて,売ることに重点が置かれるからです。海外に食糧を売れば,残りのアメリカ人の買う食物は減少し,供給量のより少ない食糧の値段は,いっそう高くなります。
現代の世界にとって事実上不可欠なもう一つの物資である石油も,ますます大量に中東や南米からアメリカに輸入されています。そのためにさらに多くのドルが支払われてゆきます。次いで,暖房用オイル,ガソリンそして最後には電気の費用もさらに高くつくようになります。
生活必需品は別の面でも影響を受けます。アメリカの産業界が使用する原材料は海外から輸入されています。アルミニュームの原料であるボーキサイトはジャマイカやスリナムから,服やセーター用のウールはオーストラリアから輸入されています。それら諸外国での米ドルの購買力は低下していますから,それに対応して,アメリカの最終製品の値段が高くなるのは必至です。
ドルの変動相場制への移行は,ドル問題を解決して好結果をもたらすでしょうか。固定為替相場制の廃止を歓迎する経済学者は少なくありません。しかし,たいていの経済学者はまた,将来が不安定であることを認めています。現行の『変動』相場制はせいぜいのところ,過渡的な措置と考えられています。ハーバード大学の経済学の教授,H・S・ハウサッカーは,「より安定した国際金融体制を求める研究を断念すべきではない」と述べました。ドルその他の通貨の前途にどんな変化が起きるかについて専門家は,はっきりしたことがわかりません。
経済学者が今後どんな手を打つかにはかかわりなく,人類が真の安全を実際に享受する以前に,さらに重大な変化が生じるに違いありません。必要とするその変化は,人間が成し遂げうるものよりもはるかに広範に及ぶものとなります。しかし神は,そうした変化をもたらすことを約束しておられます。それも,現在の利己的な取り決めを当座しのぎに取り繕うことによってではなく,むしろそれを一掃し,義の支配する全く新しい事物の体制を招来することによって,そうした変化をもたらすのです。―ペテロ後 3:11-13。
神がそのような事がらを行なう力を持っておられることには疑問の余地がありません。そのうえ,神はそうすることが,それもこの世代のうちにそうするのがご自分の目的であることを聖書の中で明確に述べておられます。読者は,そのような義の新秩序での生活を心から待ち望んでおられますか。そうでしたら,エホバの証人にもっと詳しく尋ねてみてください。証人たちは,あなたがそのような新秩序について学ぶのを喜んで,無償でご援助いたします。