人間のために強力な働きをする ― 磁気
磁気 ― もしそれが無ければ,現代の生活はどんなものになるでしょうか。住居を暖め,道を照らし,料理その他,日常多くの仕事をするのに電気を使えるのも磁気があればこそです。磁気がなければ,ラジオで良い音楽を楽しんだり,テレビを見たり,あるいは電話をかけて友人と話をしたりすることもできません。
この特異な力は,「鉄をなめつくす石」と中国人が呼んだものと結びついています。船乗りは「道しるべとなる石」という意味でそれをロウドストーンと呼びました。つまり磁石のことで,その名は磁鉄鉱に由来します。磁鉄鉱<マグネタイト>は小アジアのマグネシア地方に豊富に産しました。名前はともあれ,ロウドストーンはその神秘的な力のゆえに黄金と同じほど貴重でした。王たちはそれに魅せられ,船乗りは大洋を航海するのにその小片を用いました。異教徒は,彼らを導くために神々がそれを送ったと考えました。しかしこれほど注目を集めたにもかかわらず,古代世界のひとりとして,磁気と呼ばれるこの力に潜んでいたばく大な可能性を予見した人はいませんでした。
今日,磁石は容易に手に入ります。磁鉄鉱は普通には得られないにしても,人工の強力な磁石を安価に求めることができます。二つの小さな磁石で何時間も飽きずに遊ぶことなら,たいていの子供が経験してきました。その事について言えば,磁石は今日どこにでもあるので,その存在をいちいち気にかける人はあまりいません。
しかし磁気とはいったい何ですか。わたしたちはそれからどんな影響を受けていますか。その神秘的な力の源は何ですか。人間のこの強力なしもべを,もう少し詳しく調べてみましょう。
磁気の特性
二本の棒磁石を使って幾つかの実験をすれば,磁気の基本的な性質のいくらかを容易に理解できます。最初の磁石の上に一枚の紙を置き,(釘のやすりくずのような)鉄のやすりくずをその上にいくらか振りまきます。指で2,3回,紙を軽くたたくと,やすりくずは不思議な模様を描きます。これら鉄粉のすべては磁石の一方の端から他方の端に向かって描いた環状の線に沿って集まることに注目してください。わたしたちはここに磁場の小部分を見ているのです。磁気力のこれら見えない線は,実際にはあらゆる方向に磁石を完全に取り巻いています。これらの線がすべて集まる磁石の両端の場を磁極と呼びます。どの磁石にも,互いに分離不可能な二つの磁極があります。棒磁石を二つに切断したとしても,ひとつの磁極を有する,磁石の半分が二つできる訳ではありません。最初の磁石と同じく,二つの磁極を有する完全な磁石が二つできるのです。
これで磁場の輪郭をたどり,磁石の両極を明らかにしたので,今度は磁気の特性のひとつで非常に興味深い別の事柄を観察しましょう。磁石の中央にひもを結んで磁石を空中につるすと,磁石の一端はぐるりと回転し,北をさして止まることに気づきます。それをひき離しても,必ず元に戻って北をさします。磁石の磁極のうち,北をさすものを北指向性磁極と呼び,南をさすほうを南指向性磁極と呼びます。磁気のこの性質が羅針盤の基礎となっているのです。しかしこの現象はどうして起こるのですか。
それを知るため,二番目の磁石を使うことにしましょう。それぞれの磁石の北をさす磁極にN,南をさす磁極にSのしるしをつけます。両手に磁石をひとつずつ持ち,一方の磁石のN極を他方の磁石のS極に近づけてごらんなさい。何が起こりますか。見えない力が働いているように見え,両極は引き合います。しかし一方の磁石の位置を逆にしてN極同士あるいはS極同士を一緒にすると,今度は反発し合う力が働くように見えます。これは磁気の不変の法則すなわち反対の極は常に引き合い,同じ極は常に退け合うことを示しています。
この理由で磁石の一端は常に北を向くのです。棒磁石と同じく地球自体も磁場を有しています。この磁場は外に向かって遠くの空間にまで広がっており,地球のそれぞれの極に収束しています。それで磁石の北指向性磁極は“地球という磁石”の北極に常に引き付けられ,南極とは退け合うのです。
磁気の特性のうちおそらく最もよく知られているのは,金属を引き付ける力があることでしょう。しかしすべての金属が磁石に引き付けられる訳ではありません。真ちゅう,アルミ,金,銀は磁石に引き付けられません。他方,鉄,鋼鉄,ニッケル,コバルト,クロムなどは,程度に差はあっても磁石に引き付けられます。面白いことに,磁石の吸引力はどちらの磁極を選んでも全く同じです。それで,例えば鉄くぎは棒磁石のどちらの磁極にも同じように強く引き付けられます。
さて磁気の基本的な性質を見た訳ですが,なお答えを必要とするきわめて重要な質問が残っています。この力の起源は何ですか。一体全体何が磁気を生じさせるのですか。またすべての金属が磁気をおびている訳ではないのはなぜですか。
磁気の原因を見いだす
前述の質問に答えるには,物質を作っている基本的な要素である原子を調べることが必要です。原子は陽子と中性子から成る,ぎっしりつまった原子核で構成され,原子核の周囲には様々の数の電子が回っています。それは太陽系の惑星が太陽の周りを回っているのと似ています。電子のこの運動によって,原子の内部に微小な磁力が実際に生ずるのです。たいていの電子はその磁場を打ち消し合うように組み合わされています。原子の中の電子すべてが対をなしている時,磁場は結局ゼロになります。このような原子で構成されている金属には磁性がありません。
しかし対をなしていない電子を持つ原子には,科学用語でいう正味の磁気モーメントがあります。固い金属中の原子の配列は,この磁気モーメントの強さによって決まります。たいていの金属の場合,通常の温度における原子の振動は磁気力を打ち消してしまうほど大きく,原子磁石はばらばらな方向に乱されています。多数の原子から成る磁場の最終的な合力は平均化してゼロになります。
しかしこのような金属も,別の磁場の中に置くと,磁気を生じさせることができます。クロムはこのような金属です。磁場の力のために原子は配列を変えて平行に並びます。しかし磁場から取り去るならば,熱運動が再び支配的となり,それによって配列がこわれ,クロムは磁性を失います。このような金属つまり磁性を保持しない金属は常磁性体と呼ばれています。
これとは対照的に鉄,コバルト,ニッケルなど,ある種の金属は,個々の原子がずっと強い磁気モーメントを有しています。それは非常に強いので,原子が溶融状態から結晶を作る時,一箇の原子は隣りの原子に影響され,原子の集団は磁気軸と平行に並びます。これらグループのそれぞれが実際に小さな磁石となります。しかしこれらの集団は大きさが微小であり,新しい配列においては,ばらばらの方向を向いています。それで,例えばふつうの鉄くぎは磁石ではないのです。
しかし鉄の一片を磁場の中に置くと,たまたま磁場と並んでいるグループは隣りの原子を自分の列に引っ張り込んで,隣りのグループを犠牲にしても大きくなろうとする傾向があります。原子のこの作用は金属を熱したり,あるいは引っ張りなどして金属に圧力を加えると促進されます。このようにして形成された整然とした列は,鉄片を磁場から取り去っても持続します。こうしてその金属は永久磁石になったのです。永久的に磁化することのできるこのような金属は強磁性体と呼ばれています。磁鉄鉱中の鉄の原子は,鉱石が晶化しつつあった時に地球の磁場によってそのような配列になったに違いありません。
磁場と平行のグループが大きいほど,またばらばらの方向を向いているものが小さいほど,結果として生ずる永久磁石の力は強くなります。科学者は次のことを発見しました。すなわち強力な磁場の中に置かれていた金属に熱あるいは圧力を加える時,永久的に平行に整列する原子のグループの数は最大になるということです。このようにしてきわめて強力な永久磁石を経済的に作ることができます。
地磁気
前述したように地球自体もひとつの大きな磁石です。このように地球に磁場があるのはなぜですか。地球内部に天然に存在する磁鉄鉱をその原因と考える説がありました。つまり地球を巨大な永久磁石と見る考え方です。しかし最近では,地球内部がきわめて高温であることから,この可能性はないことが知られています。
今日最も広く受け入れられている説に従えば,地球の磁場は地球の核内の電流によって生じます。そしてこれは地軸を中心とする地球の自転と何らかの関係があります。また他の惑星も磁性を有することを示す証拠があります。とくに木星には地球と比べてずっと強い磁場があります。また太陽自体,極度に強い磁場を有しています。太陽のほかに何千億の星を含む星雲である天の河でさえ,磁場を有することを示す証拠があります。
地球の磁場は生命を保護する役目をしていることが,最近,科学者によって明らかにされてきました。そのひとつの例は,(「太陽黒点」として知られている)太陽表面の激しい磁気嵐に関連して見られます。高温の太陽大気中における集中した磁場の範囲は,実際に地球よりも大きな面積に及んでいます。また磁場の強さも地球のそれと比べて千倍以上も強いものです。太陽は荷電粒子の流れを絶えず空間に放射しており,これは「太陽風」と呼ばれています。この風が大気圏に達しないうちに,これらの太陽粒子は空間で地球磁場に捕えられます。この事がなければ,地球上の生物に破壊的な影響を及ぼすでしょう。太陽風の進路は磁力線を囲むらせん形の磁場の中に曲げられて入ってゆき,南北両極地方の大気圏に集められます。たとえそうであっても,太陽表面に激しい磁気嵐が起こると,その後間もなくして地上で磁気嵐が予想されます。これによって無線通信,レーダーそして送電さえも乱されます。それはまたオーロラ・ボーリアリスとオーロラ・オーストレイリスつまり「北極光」と「南極光」と呼ばれる壮大な“打ち上げ花火”を生じさせます。
地球の磁場はまた非常に有害な宇宙線を極地方にそらせて人間を保護するのに役立っています。この磁気の“クッション”がどんなに多くの面で人間の益となっているかは,おそらくまだ十分に知られていません。しかし地磁気が生命の保護に重要な役割を果たしている事だけは,明白になってきました。
電気と磁気
人間に役立つ磁気の有用さは,磁気と電気との関係の上に成り立っています。原子内部の微小な電流がそもそも磁気の原因であることを思い起こしてください。実際のところ,磁気と電気は密接に関係しており,互いに一方が他方の原因となっているのです。どのようにですか。
電線を流れる電流はその電線を磁化します。その電線が他の金属を引き付けるという訳ではありません。磁場は電線を円形に取り巻いており,一定の磁極を持たないからです。しかし糸巻きに糸を巻く要領で電線をうず巻状にすると,各うず巻きを取り巻く磁場は隣りのうず巻きの磁場を増幅し,その結果ひとつの大きな磁場が形成されます。電線の輪つまりコイルの数が多ければ多いほど,強力な磁石が作り出されます。この磁石は電線を流れる電気を切ったり入れたりするだけで生じさせたり,消し去ったりすることができます。電流が無ければ磁場はありません。このタイプの磁石は電磁石と呼ばれています。
電磁石の働きを示す簡単な例は普通の呼び鈴です。ボタンを押すと,電磁石に電流が流れ,蝶番式に動く金属片を吸いつけます。電磁力に吸いつけられる時の動きによって金属片はチャイムを打ちます。ボタンを離すと,金属片は電磁石から離れて元の位置にはね返り,その動きによって別のチャイムを打ち,おなじみの“ピン・ポン”という音を鳴らすのです。このようなぐあいに,あるいは場合によってはもっと複雑ですが,磁石および電磁石はたいていの電気器具の心臓部に使われています。
モーターは電磁石の原理を応用したものです。簡単に言えば,円形に配置された電磁石に正確な時間の間隔をおいて断続的に電気を流し,吸引・反発し合う磁石の性質によって円形の電磁石内に電機子を回転させる仕組みになっています。こうして様々な力のモーターが,時計の針を動かすことから,満員の通勤電車を目的地に運ぶことに至るまで日常多くの働きをしています。
スイッチ,継電器,線輪筒,メーター,計器その他の電気器具は,電気と磁気のこの簡単な関係を基にしています。親しい人々の耳にあなたの声が電話で届き,彼らの声があなたの耳に聞こえるのも磁気によるのです。ラジオ,テレビ,ステレオのスピーカーに組み込まれた電磁石は電気的な振動を音声に変えて,驚くほどの忠実さで元の声を再生します。息子が初めて覚えた言葉,娘の初めてのバイオリン・ソロをテープに録音してその貴重な瞬間を何年も後に再生できるのも磁気のためです。
テレビの画面に像を映し出すのも,磁場によって正確に焦点に集められた電子のビームなのです。磁気によって電子ビームを焦点に集めるこの同じ原理を用いたのが電子顕微鏡であり,これによって科学者は極微の世界をのぞくことができます。
磁気に対する電気の関係は逆の方向にも作用します。電気を起こす発電機は磁気に依存しています。強力な永久磁石を円形に配置し,蒸気あるいは水を動力とするタービンを用いて針金のコイルをこの強い磁場の中で回転させると,この運動によって針金には電流が流れます。こうして起きた電気は適当な電圧に変えられて家庭に送電されるのです。
人間のために強力な働きをするこの磁気と呼ばれるものが無かったとすれば,今日の電気産業は存在しないと言っても過言ではありません。
きわめて大きい可能性
磁気について未知の事柄はまだ多く,科学者がこの力について知れば知るほど,応用面も広くなっています。例えば磁気流体力学(MHD)と呼ばれる新しい学問とその技術を用いると,現在よりも安価に電力を供給できる見込みがあります。今日たいていの大都市では発電機を動かすのに蒸気タービンを使っており,蒸気を発生させるのに石炭のような化石燃料に頼っています。しかしMHDを応用すれば,発電機だけでなく煙突の中でも電気を起こすことができるでしょう。どのようにですか。石炭を燃やす時に生ずる高熱のガスを磁場の中に通すと,電流が生ずるのです。この革命的な新方式では,他のどんな方法よりも効率的に石炭のエネルギーを電気に変えることができます。ある研究者たちによると,MHD方式による発電量は石炭1トンにつき50パーセントも多いということです。MHDを使ってある型の原子炉からエネルギーを取り出す方法も考えられています。
輸送の分野では「磁気浮揚」により,特別な軌道の上を“飛行する”列車の研究が進められています。列車につまれた電磁石と軌道の床の中に置かれた電磁石は,すべりみぞの上に約30センチも列車を浮上させ,非常な速度で前進させます。ドイツと日本で行なわれた実験に照らしてみると,このような列車は時速300キロを越える速度で旅客を運ぶようになるものと思われます。磁気浮揚に基づく高速輸送システムには他の方法と比べて経済および環境の両面で利点があります。例えば,動く部分が無いので摩滅することもなく,消費するエネルギーも少なく,汚染のおそれも,運転に伴う騒音もありません。
磁気のいっそう広範な応用面の開発は,“緒についた”ばかりに過ぎません。宇宙内にあるこのような強大な力について知識を増すことは,このようなエネルギーの創造者エホバ神の力を人間に思い至らせます。エホバ神は『強大なエネルギーに富み,力の大いなる』神であって,人間のために強力な働きをする磁気の創始者であられます。―詩 147:5。イザヤ 40:26。
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磁性を持たない金属の場合,原子の小さなグループの配列を調べると,磁極の位置がばらばらになっている
磁化されると,原子のグループは並び変わり,互いに平行に並らぶ
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電流を通した針金の周囲の磁場はドーナッツ型で,一定の磁極を持たない
針金をコイル状にすると,その中を流れる電流は,一定の磁極を持つ電磁石を生じさせる
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「磁気浮揚」を用いて特別な軌道上を“飛行”する高速列車の開発が進められている