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目ざめよ! 1981
目81 12/22 10–11ページ

進化論の革命

求む: ダーウィンに代わるもの

新しい解決策を求める争いが始まる

進化論「は,ほぼ50年来の最も幅広く最も深みのある革命を経つつある」。これは昨年10月に米国のシカゴ市で開かれた会議に関する一報道です。150人ほどの進化論の専門家が「大進化」を主題に四日間の会議を開きました。

アメリカ科学振興協会の機関誌「サイエンス」はその雰囲気をこう伝えています。「個性の衝突と学術的な粗捜しが明白な緊張を引き起こした。……議事の進行は時には手に負えないものとなり,苛烈でさえあった」。落胆した科学者たちの多くは,「発表された意見の大多数は,データを挙げることよりも説明や主張を特色としていた」と,不満をもらしました。しかし,データの代わりに主張を持ち出すというのは進化論者の昔からの戦術ではありませんでしたか。

ダーウィンは,生命は数々の小さな変化を非常にゆっくりと経て,単細胞生物から人間を含む地球上のあらゆる生物へと進化してきた,と述べました。化石の記録はそうした推移を示すはずですが,ダーウィンはそれがそうした推移を示していないことを認めました。120年前にダーウィンはその記録に不備な点があると語りましたが,やがてもっと多くの化石が発見されて,その間隙を埋めてくれるものと考えていました。

「過去120年にわたり発見されると言われてきた型は存在しない」と,古生物学者ナイルズ・エルドリッジは断言しています。新しい種は漸進的な変化の結果ではなく,急激な爆発的進化の結果である,と考えているのです。ダーウィンの進化論に必要とされた数多くの過渡的な形態は一度も存在しなかった,そしてその間隙をつなぐ化石はこれからも見付からないというわけです。

ハーバード大学のスティーブン・ジェイ・グールドも同意見です。シカゴでの会議の席上,彼はこう言明しました。「確かに記録は貧弱だが,断続的であるように見えるのは間隙があることの結果ではなく,進化の変化の断続的な様式の必然的な結果である」。カリフォルニア大学ロサンゼルス校の古生物学者,エバレット・オールソンは,「私はデータの源として化石の記録を当てにはしていない」と語っています。かつては,ダーウィンの提唱した緩慢な変化の唱道者であったフランシスコ・アヤラは次のように述べています。「今では,古生物学者の述べることから,小さな変化は蓄積されないということを確信するに至った」。

サイエンス誌はその論争をこう要約しています。「シカゴでの会議の中心的な問題は,小進化[種の内部における様々な小さな変化]の背後にあるメカニズムから推測して大進化[種の境界を飛び越える大きな飛躍]の現象を説明できるかどうかということであった。……その答えとして挙げられるのは,はっきりとしたノーである」。

この進化論に関する新見解は,“中断された平衡”と呼ばれています。それは,一つの種が幾百万年も化石の記録にとどまり,それが突如として消え失せ,新しい種がそれと同じほど忽然とその記録に現われる,という意味です。しかし,これは実のところ新しい提議ではありません。1930年代に,リヒャルト・ゴルトシュミットがそれを唱道し,“希望的な怪物”仮説と呼びましたが,当時そのためにかなりけなされました。“中断された平衡”というのははるかに印象的な名称です。

この学説によれば,変化は化石が記録にとどめることができないほど早いものだが,わたしたちの目に止まらないほど急激ではない,と進化論者たちは主張します。しかし,そのことはこの学説にとって不利な点でもあります。創造論者が自然界に見られる複雑な造りには設計者が必要であることを指摘した時,進化論者は自然選択をその設計者の位置に高めました。今では,自然選択の役割は徐々に減少し,代わって偶然がその位置に就きました。創造論者は,進化論者が偶然を当てにしなければならないと長い間主張してきたのです。

グールドは,偶然の前に自然選択が道を譲ったことを認めてこう述べています。「かなりの量の遺伝的な変化は,自然選択の対象にはならず,任意の個体群の間に広まったのかもしれない」。

地質学主事,デービッド・ラウプは,シカゴのフィールド自然博物館公報の1979年1月号に,「ダーウィンと古生物学との対立」について書きました。ラウプによると,化石の記録は変化の起きたことを示してはいるが,「自然選択の最も理屈に合った結果としてでは[ない]……格好の例は驚くほど少ないが,ともかくそれは自然界で起きているのである。……現時点で自然選択に代わるものとして重要な説は,純然たる偶然の影響と関係がある。……それゆえ我々は,適者生存だけでなく,幸運な者の生存についても語っているのである」。ラウプは,「哺乳類は恐竜よりも優れていたのではなく,単に恐竜よりも運がよかっただけ」なのかもしれない,と考えています。そして,その記事の結論の中でダーウィンについて,「彼が見落としていた部分は,偶然という単純な要素であった」と語っています。

偶然が進化を導く主要な役割を果たすとなると,意図的な造りに関する難問が再び持ち上がります。至る所に見られる複雑で驚くべき造りがどうして偶然の所産であり得るでしょうか。ダーウィンはかつて,目の造りを見ると身震いがする,と語りました。しかも,そのような奇跡は偶然に1度起きるだけではなく,関連のない様々な種の中で何度も何度も起きなければならないのです。

例えば,タコは人類とつながりはありませんが,その目は驚くほど“人間的”です。互いにつながりのない魚とうなぎが電気ショックを与える装置を備えています。互いにつながりのない昆虫や蠕虫,バクテリアそして魚などが冷光を放つ発光器官を備えています。互いにつながりのないヤツメウナギ,カ,それにヒルは獲物の血が固まらないようにするための抗凝固剤を持っています。互いにつながりのないイルカとコウモリはいずれも音波探知システムを備えています。互いにつながりのない魚と昆虫は空中と水中で物を見るために二重焦点の目を持っています。

さらにこのすべてに加えて進化論者は,冷血の爬虫類が異なった時期に3度進化して温血動物になり,3度別個に進化を遂げて天然色の視覚を備え,互いにつながりのない魚,昆虫,翼竜,鳥そして哺乳類の場合には翼と飛行能力が5回進化したことを信じ込ませようとします。

偶然がこうした離れ業を幾度も繰り返しやってのけることができるでしょうか。確率に関する数学は,あり得ないと言っています。進化論の革命のお陰で,進化は間隙だらけの化石の記録と心中せずに済んだかもしれませんが,偶然というものに,重きに過ぎる役割を与えたのです。

[10ページの拡大文]

“希望的な怪物”の仮説は“中断された平衡”として再登場する

[11ページの拡大文]

適者生存が生じ得る前に,偶然が適者の到来をもたらさなければならない

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