重力 ― 魅惑的な力
アイザック・ニュートンは,300年ほど前に,重力の作用に関する理論を立てました。人が非常に高い山の頂上から物体を投げるところをニュートンは想像しました。単に落とすだけであれば,物体はリンゴと同じく地面に向かって落下します。
しかし,前方に投げ出されると,物体は弧を描きながら地面に落下します。それでニュートンは,もし十分に速い速度で投げ出せば,物体は地球のまわりの一つの軌道を回るだろうと考えました。
この理論の構築によってニュートンには,月や惑星の運行と重力との関連がはっきりしてきました。つまり月は地球の重力に引っ張られるために地球を回る軌道からそれず,惑星は太陽の重力によってその軌道上にとどまっているということです。
普遍的な法則
ニュートンは注意深い研究を行なった後,この普遍的な法則を表わす正確な数式を導きだしました。簡単に言えば,ニュートンの方程式が示しているのは,大小を問わずあらゆる物体は互いに引き合う力を持っていて,その引き合う力の強さは物体の質量と両者の距離に依存するということです。
科学者たちは,重力を表わすニュートンの基本的な公式を幾らか改良して,特に宇宙探検の計画を立てる際に今も用いていますが,1985年にハレーすい星に向けて宇宙探査機を飛ばしたことはその一例です。事実,英国の天文学者でニュートンと同時代のエドマンド・ハレーは,そのすい星が次に現われる年を予告するのに,ニュートンの理論を用いました。
ニュートンは重力を発見したことにより,宇宙に見られる秩序,また理知的な設計によって存在する秩序正しさをおぼろげに感知しました。しかしニュートンの研究によって,この問題にけりがついたわけではありません。今世紀初頭,科学者たちは,ニュートンの理論の幾つかの面は不十分で矛盾していることに気づくようになりました。
アインシュタインと重力
アルバート・アインシュタインは,1916年に,一般相対性理論を提唱しました。アインシュタインの驚くべき発見は,重力によって宇宙がまとまりのあるものにされるだけでなく,人間が宇宙を見る方法や測定する方法も重力に支配されるというものです。重力は時間の測定にさえ影響を与えます。
これも,例えで考えると分かりやすくなります。仮に宇宙を無限に大きいゴムのシートとみなしてください。その柔らかなマットの上に物体を置くと,くぼみやへこみができます。アインシュタインの説明によれば,地球も太陽も恒星も,柔らかなマットの上に置かれた物体のようなもので,宇宙空間はそれらによって曲がっているのです。別の物体をゴムのシートの上に転がすと,それは最初の物体の周りにあるへこみによって直線路からそれ,曲線路を進むようになります。
同様に地球や惑星や恒星も,宇宙空間の自然な“へこみ”に従って曲線路を運行します。光線でさえ,宇宙内の質量の大きい物体のそばを通過するときは直線路からそれます。さらに,アインシュタインの方程式は,重力に逆らって進む光がエネルギーをいくらか失うことを予告しました。それは,スペクトル線が赤い方に向かってわずかに偏移することから分かります。物理学者たちは,この現象を重力赤方偏移と呼んでいます。
それでアインシュタインの理論は,ニュートンの発見に含まれていた矛盾を解決しただけではなく,宇宙内の重力の作用に関する新たな神秘を明らかにしました。
魅惑的な作用
天文学者たちは,重力が光の径路に影響を及ぼすことから生じる驚くべき結果を観測してきました。
砂漠を旅行する人々は昔から,逃げ水と呼ばれる蜃気楼のことをよく知っています。これは光学的錯覚で,地面に水がちらちら光っているように見える現象です。いまでは天文学者たちは,宇宙“蜃気楼”の写真を撮っています。それはどんなものでしょうか。
銀河の送信性能のある中心核と考えられている遠く離れた物体で,クエーサー(または準恒星状天体)と呼ばれているものから来る光は,地球に到達するまでに,地球との間にある幾つかの銀河を通過します。そして通過する時にその光の径路は重力によって湾曲します。その光の径路の湾曲によって,一つのクエーサーの二つかそれ以上の像が現われます。地上の観測者は,光は自分の方向にまっすぐやって来たと考えるので,複数の物体を見ていると結論します。
アインシュタインの研究に基づくもう一つの魅惑的な側面は,ブラックホールに関するものです。ブラックホールとは何でしょうか。重力とどんな関係がありますか。その答えは簡単な実験によって得られます。
一個の物体を頭上に投げ上げたとしましょう。その物体はある高さまで達したら一瞬停止し,それから地面に落下しますが,光の場合はそうではありません。光線は非常に速いため地球の重力を振り切ってしまいます。
しかし,もし重力のほうがずっと強く,光さえ逃れられないほど強かったらどうでしょうか。そのような物体から逃れうるものは一つもありません。光もその物体の重力を振り切れず,外部の観測者の目に達しないので,その物体は目に見えないはずです。それでブラックホールと名づけられています。
理論上ブラックホールが存在する可能性を最初に実証したのは,ドイツの天文学者カール・シュワルツシルトでした。今のところ,宇宙内にブラックホールが確かに存在するという決定的な証拠はありませんが,天文学者たちは,ブラックホールとみなしうるものを幾つか挙げています。ブラックホールはまた,クエーサーの隠された発電所なのかもしれません。
重力波
アインシュタインの研究に基づいて考えると,重力は,あらゆるものを結びつけ,宇宙を結合させている目に見えない網ともみなすことができます。この網に混乱が生じたならばどうなるでしょうか。
もう一度ゴムのシートの例えで考えてみましょう。シートの上の物体が1個急に前後に動きだしたとしましょう。シートに発生した振動は近くの物体に影響を及ぼします。同様に,もし1個の恒星が激しく“動きだす”なら,宇宙空間の波,つまり重力波が発生するかもしれません。重力波の径路に入っている惑星,恒星,あるいは銀河は,ゴムのシートの振動に似た,宇宙空間そのものの収縮や膨脹の影響を受けるかもしれません。
この重力波はまだ検出されていませんが,科学者たちは,アインシュタインの理論が正しいことを示すどんな証拠を持っているのでしょうか。それを非常によく示唆しているのは,連星パルサーと呼ばれる連星系です。これは,共通の重心のまわりの軌道上にある二つの中性子星から成っており,それらの星の軌道周期は約8時間です。a そのうちの一つがパルサーでもあり,灯台がさっと光線を放射するのと同じように,自転しながら電波パルスを放射します。そのパルサーのタイミングが正確なおかげで,天文学者たちはそれら二つの星の軌道を非常に正確に描くことができます。重力波が放射されているというアインシュタインの理論とぴったり一致して,軌道を回る時間が少しずつ遅くなっていることも観測されています。
地上での重力波の影響はごく小さなものです。例えば,天文学者たちは1987年2月24日に超新星を発見しました。それは,驚くべき変化を経ている星で,自らの外層部を吹き飛ばす時に,太陽の何百万個分もの明るい光を発して燃え上がります。超新星によって作り出される重力波は,地上では,水素原子の直径のわずか100万分の1程度の揺れをもたらすにすぎないでしょう。影響がそのように小さいのはなぜでしょうか。なぜなら,重力波が地球に達するまでの間に,そのエネルギーは拡散してしまうからです。
困惑
知識が大いに向上したにもかかわらず,科学者たちは依然として重力の基本的な面の幾つかに悩まされています。これまで長いあいだ,電気と磁気に作用する電磁力,原子核内で作用する強い力および弱い力,そして重力という,基本的に言って四つの力があるとされてきました。しかしなぜ四つなのでしょうか。それら四つの力はみな,一つの根本的な力の異なった現われ方である可能性はないでしょうか。
最近になって,電磁力と弱い力は,基礎となる一つの現象 ― 弱・電相互作用 ― の異なった現われ方であることが確かめられました。これら二つと強い力とを結びつけようとする理論が幾つも提唱されています。しかし重力はかなり性質が違い,他の力とは調和しないようです。
科学者たちは,グリーンランドの氷冠で行なわれている最近の実験によって手がかりが見いだされることを期待しています。氷をくり抜いた深さ約2,000㍍の穴で行なわれた測定の結果は,重力の値が予想とは異なることを示しているようです。炭鉱の縦坑やテレビ局の塔で行なわれた以前の実験でも同様に,何かの不可解な原因で,重力に関するニュートンの説明通りの結果が得られていないことが分かりました。その間にも,理論家の中には,自然界の力を統一するために“超弦理論”なる新しい数学的理論を発展させようとしている人もいます。
重力は生命に不可欠
ニュートンとアインシュタインによる発見は,法則が天体の運行を支配し,重力が宇宙を結合させるきずなの役割を果たしていることを示しています。物理学の一教授は,ニュー・サイエンティスト誌の中で,これらの法則に見られる理知的な構想の証拠に注意を引いてこう書きました。「重力や電磁力の相対的な力がほんのわずか違っていただけでも,太陽のような星は青色巨星や赤色矮星になってしまうであろう。我々の周囲の至る所に,自然界がちょうどよくできていることを示す証拠が見られるようだ」。
重力がなければ,わたしたちは実際に生きてゆけません。考えてみれば,重力があるからこそ太陽は一つにまとまっていて,必要な熱と光を供給するその核反応も維持されています。重力があるからこそ,自転する地球は太陽のまわりの軌道を回り続け,そのために昼と夜と季節があり,わたしたちは回転する車輪についている泥のように跳ね飛ばされずにすむのです。地球の大気は重力によってあるべき位置に保たれています。月や太陽の重力は,海水の循環に寄与する潮の干満を引き起こします。
わたしたちは内耳にある小さな器官(耳石)を使って,幼いころから,歩いたり走ったり跳ねたりする時に,重力を感じ,重力を考えに入れるようになります。宇宙飛行士は無重力状態に対処しなければならないので,困難はそれだけ大きいことでしょう。
確かに重力のおかげで,地球上の生命は正常な状態を保てます。重力はまさに,創造者の魅惑的な「くすしいみ業」の一つなのです。―ヨブ 37:14,16。
[脚注]
a これらの中性子星は極めて密度が高く,太陽以上の質量を持っていますが,一つの山ほどの大きさしかありません。
[16ページの図版]
ニュートンの万有引力(重力)の法則によれば,真空状態において,羽根はリンゴと同じ速度で落下する
[17ページの図版]
宇宙空間で光は,他の天体の重力場を通過する時に湾曲する
[18ページの図版]
耳の中にある小さな器官のおかげで,わたしたちは幼いころから,重力を考えに入れ,体の平衡を保つことができる