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  • 目ざめよ! 1991
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目ざめよ! 1991
目91 7/22 15–17ページ

アイルランドの湿原をめぐる戦い

アイルランドの「目ざめよ!」通信員

「もし,何かの手を打たなければ,しかもすぐにそうしなければ,世界の生きた遺産の特異な部分が永久に失われることになるだろう」と,イギリスの著述家,デービッド・ベラミー博士は述べました。彼が考えていたのはどんな遺産のことでしたか。アイルランドの湿原,つまり泥炭地のことでした。―「ベラミーのアイルランド ― 未開の湿原」。

アイルランドに住むすべての人が湿原を遺産と考えているわけではありません。かつて,「湿原は,苦難や最も貧相な生き方の同義語だった」と,著述家のマイケル・バイニーは述べています。IPCC(アイルランド泥炭地保護協会)によると,今でも多くの人々は,すべての湿原を「掘り返し,排水して,もっと『有用な』乾いた土地に変える」べきだと考えています。湿原を掘り返して排水するなら,貴重な燃料が取れるばかりか,良い農耕地がその後に残ります。では,なぜ環境保護論者たちは心配しているのでしょうか。なぜなら,彼らは湿原を「特異な湿地の生態系」とみなしているからです。

二種類の主要な湿原が脅威にさらされています。その一つは,高層湿原,もう一つはブランケット湿原と呼ばれています。デービッド・ベラミー博士によると,ブランケット湿原は,「雨の多い西部[や雨の多い他の山地]を生きた毛布で包むかのようにして広がっており,そのようなものは地球上の他の場所ではどこにも見られない」ということです。厳密に言って,これら二種類の湿原とはどのようなものですか。本当にそれは,冬の燃料を掘り出すための危険な泥沼以上の所でしょうか。それはみんな煙となって消えてゆかなければならないのでしょうか。

高層湿原とブランケット湿原

湿原とは,コケやヒースやスゲや花などで成る草原が,あたかも生きたカバーのように大量の泥炭の上を覆った場所のことです。高層湿原は,浅い湖のような場所で何千年も昔に発達し始めたと言われています。植物は枯れると湖の底に沈み,そこで徐々に腐敗し,泥炭を形成します。腐敗していく植物のこうした堆積物の層はだんだんと積み重なり,ついには湖を埋めてしまいます。中には堆積物の深さが12㍍になったところもあります。

ミズゴケは水をたっぷり含んだ塊になって,湖面上に盛り上がり,スポンジのような働きをして湿原の表面を水でぬれた状態に保ちます。このようなミズゴケの塊が集積して大きな丘になり,上へ外へと広がってゆくと,ドーム状のすばらしい高層湿原が形成されます。デービッド・ベラミーは,「高層湿原のドーム状の隆起は,実際のところ,一部が腐敗した植物遺体を母体に,大量の水が一緒になってできたものである。泥炭を覆う生きた皮膚のような草原がその状態を保っている」と述べています。

一方,ブランケット湿原の発達に湖は必要ではありません。それは,水の多い地方 ― 1年に最低235日間降雨があり,年間降水量が1,200㍉以上の場所 ― に発達し,必要な水はすべて頻繁な降雨によってまかなわれます。6㍍の深さに達することもあるこのブランケット湿原は,巨大な,「水を極度に含んだ……役に立たない堆肥の山」であると,デービッド・ベラミーは述べています。

ところで,湿原の表面の下には,分解の進み具合いが様々に異なる植物の層が積み重なっています。表面近くの柔らかい褐色の泥炭の中には,植物遺体がはっきりと見えます。底のほうに行くと,腐敗が進んでもっと黒ずんだ色をした,ほとんどパテのような感触の密度の高い泥炭になっています。

このような説明を聞くと,陰気で冴えない感じがするかもしれません。それでも湿原には,大量の燃料が保存されているだけでなく,独特の美しさがあります。マイケル・バイニーは,ブランケット湿原を,老人の足を覆う大きな茶色のひざ掛けのように山々を覆っているものとして描写し,こう続けています。「このひざ掛けを注意深く観察するなら,黒と深緑のベルベットのようなコケや,金色やばら色のブロケードのようになった地衣類,さらには灰色がかった緑色のレース状の繊細な飾りなど,ぜいたくな素材を織り上げたものであることが分かる」―「IPCCのアイルランド泥炭地ガイド」。

この驚くべき湿地こそ環境保護論者たちが保護しようとしているものなのです。湿原は,カエル,イモリ,ウサギ,鳥たちや色々な昆虫など,無数の動物たちの住みかとなっています。植物の種類も豊富で,至る所にあるワタスゲをはじめ,スイレン・サラセニア・ホシクサ・イチヤクソウ・キンコウカなど,ほかにも多種多様な植物が生育しています。円形の葉をつけたモウセンゴケは,湿原の意外な居住者です。これは食虫植物で,そのねばねばした葉で昆虫を捕らえ,ゆっくりと消化します。

泥炭を掘る

春か夏にアイルランドの湿原を通る古い道を車でドライブする ― というより,がたごと進んで行く ― なら,今でも男の人や女の人が泥炭(彼らの呼び方では,ターフ)を掘っているところを見ることができるでしょう。今でも昔ながらの鋤を用いています。これは刃の細い特別な鋤で,たいていは刃と直角に切れ味の良い特別なエッジがついています。そのため一突きでターフの塊を切り取ることができます。彼らは,これらの塊を夏の日ざしにさらして乾燥させ,後で冬の燃料として集めます。泥炭を燃やす時の良い香りは,寒い冬の晩に暖を取る時の楽しみを増し加えてくれます。

人々がこのような方法で泥炭を掘るのは,アリが巨大な食料品店を襲うのに似ています。それでも,こうした掘削は,土地排水計画と相まって,過去1,000年にわたって徐々に湿原を変化させてきました。しかし,湿原の存続が危ぶまれるようになったのは,ここ40年のことです。それはつまり,ボード・ナ・モーナ(アイルランド泥炭局)の強力な機械が,驚くほどの早さで湿原から泥炭を掘り出すようになって以来のことなのです。

泥炭を大規模に採掘するのは容易ではありません。手付かずの湿原は95%が水分なので,精巧に設計された掘削機械を湿原で安全に運転できるようになるまでに,最低5年間の継続的な排水が必要です。

泥炭を掘った後でも荒れ地を残すことはありません。当局は,掘削後の湿原を有用で生産力の高い土地に変えるように力を尽くしています。とはいっても,湿原そのものはやはり消滅の危機に直面しているのです。アイルランドでは,なんとか自然の状態を保てそうな高層湿原は5%にも満たない状態です。もはやアリが食料品店を襲うどころの話ではありません。今や店全体が空になりつつあり,建物は取り壊されようとしています。

湿原は生き残るか

環境保護論者たちは,泥炭の採掘を禁止するのは現実的でないことを知っています。こうした利用可能なエネルギー源を活用するのは道理にかなっています。しかし彼らが尋ねるのは次の点です。つまり,開発は消滅を意味しなければならないのでしょうか。IPCCのキャサリン・オコーネルは,「私たちは,絶滅したドードー鳥に起きたのと同じことが湿原に起きるのを望むでしょうか」と問いかけます。

そうなるかどうかは時がたってみなければ分かりません。

[16ページの囲み記事]

アイルランドの湿原が保存しているのは泥炭だけではない

湿原で溺れた人々や何百年も昔に儀式にしたがって処刑された人々の死体が,驚くべき保存状態で湿原から掘り出されることがあります。田舎の人々は湿原を天然の冷蔵庫として用い,そこにバターを貯蔵しました。ターフのカッターで掘っていると,泥炭の中に埋められたままになっていたバター入りの樽によく出くわします。金,銀,ブロンズでできた美しい工芸品が湿原の隠し場所から出てくることもあります。そこに隠したのは,バイキングの襲撃から守るためでした。

[17ページの囲み記事]

湿原には危険が潜んでいる

「湿原には危険が潜んでいます。決して一人では行かないでください」と,注意を呼びかける人もいます。湿原は複雑な地域で,水路や小川や池がたくさんあります。泥炭がマット状に湖面を覆い,浮き島が深い湖の上に発達することがあります。その上を歩くなら浮き島は揺れて,人や動物を呑み込んでしまうかもしれません。

「傾斜地にある泥炭の一部がブランケット湿原の本体からちぎれてしまい,木を押し倒したり,家を壊しながら流れ下ることもあります。それは,ちょうど溶岩が行く手にあるすべての物を破壊しながら流れるのと同じです」。

[16,17ページの図版]

上から時計回りに

積み重ねたターフ アイルランドのコニマラにて

原生の湿原 ― ぬかるんで危険な場所

食虫植物 円形の葉をつけたモウセンゴケ

シギが巣をつくるための安全な避難所

[クレジット]

Dutch Foundation for Conservation of Irish Bogs

[クレジット]

Dr. R. F. Hammond, Teagasc, Ireland(上と右上)

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