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目ざめよ! 1991
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過密都市香港で暮らす私の一日

香港<ホンコン>は世界で最も人口の密集した地域の一つです。1,070平方㌔の土地に580万人が住んでおり,1平方㌔当たりで計算すれば5,592人になります。これを人の住んでいるわずか10%の地域に限定すれば,1平方㌔の土地におよそ5万4,000人がひしめきあっていることになります。しかし地元の住民は,過密都市の雑踏や,窮屈な居住空間,車の騒音や汚染などにうまく順応しているようです。

朝7時半にセットした目覚まし時計のけたたましい音で目が覚めた私は,ベッド代わりに使っている長いすから起き上がり,急いで着替えを済ませます。両親と3人の妹たちが小さなアパートに同居しており,全員が仕事をしています。ですから,洗面所の前にはいつも列ができます。時間も限られています。私は朝食をそそくさと済ませると,自転車に飛び乗って駅に向かいます。1日の試練の始まりです。私は香港の雑踏にもまれながら仕事に向かう大きな群衆の中に吸い込まれてゆきます。

私の乗った列車は,人のひしめきあう共同住宅や,人口の密集した高層アパートの間を猛スピードで走り抜けます。それからバスに乗り換え,大渋滞のトンネルを通って港を横断します。トンネルを出て,香港島に着いた時には本当にほっとします。私の会社はこの島の金融街の中心部にあります。道路状況によっては,ここまで来るのに1時間から1時間半かかることもあります。私は9時半までになんとかたどりつきます。しかし,くつろぐ時間はありません。電話が鳴り出すからです。今日の最初のお客さんです。そしてこれが一日中続くのです。ひっきりなしに電話がかかってくるので,受話器を手にしていない時間はほとんどありません。それから短い昼休みになります。

ここで問題は,この地区に沢山あるレストランのどこかで席を見つけることです。まるで全員が同じ時に同じ場所で,そして多くの場合同じテーブルで食事をしようとしているかのような状態です。私はまたもや,全く見ず知らずの人と合席になりました。これが込み合った香港での生活なのです。急いで栄養豊かな中華料理を平らげ,会社に戻ります。

仕事は5時半までとなっていますが,それまでに終わることはめったにありません。ようやく一息ついて時計を見ると,案の定もう6時15分です。時には,やっと帰れると思ったら7時をかなり回っているという日もあります。それから帰途につくのです。

まずバスに乗り,それから列車に乗り換えます。最後に列車は私の降りる駅にすべり込み,私は自転車を取りに行きます。自転車をこいで家に向かう途中,この小さな町が活気と人のあふれるモダンな都市に発展してきたいきさつを思い出します。屋根の低い村の家に代わって,今では20階建てや30階建ての高層ビルがそびえています。大きくて広い幹線道路が土地の大きな部分を占めていて,立体交差のための巨大な高架橋には騒々しい車の流れが絶えません。のんびりした昔の生活様式は永久に消え去ったのです。

家はかなり小さくて,28平方㍍ほどのところに6人が住んでいますが,私自身の部屋というものはありません。私が居間の長いすに寝ているのはそのためです。両親の個室はどうにか確保していますが,3人の妹たちは小さな共同部屋の簡単な寝台で寝ています。私たちにとって,プライバシーはぜいたくなのです。

小さいとはいえ,以前と比べれば随分よくなりました。公営の団地にいた当時は,家族全員が一つの部屋で暮らしていました。しかしそれでも,旺角<モンコク>地区で“籠屋”を借りて住んでいる幾千人もの人の状態と比べれば,はるかにましです。“籠屋”というのは,幅が1.8㍍で奥行きと高さがそれぞれ80㌢の部屋が3段に重なっているものです。マットレスを敷いて,個人の持ち物を幾つか置けるスペースはありますが,家具は無理です。

9時までには全員が帰宅します。みんなで夕食を囲みます。食べ終わると,だれかがテレビをつけます。静かに読書や勉強をしたいと思っても,もうだめです。11時にみんなが寝るのを待ち,それから部屋にいるのが私だけになると,しばしの安らぎと静けさの中で心を集中させます。12時になれば私も床につきます。

私は12年ほど前に学校を卒業してから,ずっと働いてきました。いつかは結婚したいと思っていますが,生活のために精一杯働かなければならないため,女性と十分知り合うための時間さえなかなか取れません。それにこちらでは,私たちがよく言うように,住む場所を見つけるのは天に昇るよりも難しいのです。慣れてきたとは言うものの,都会でのこういう騒がしい生活は自然なものではないように思えます。それでも私は,世界の他の場所で,見苦しくない程度の家も電気も水道も,きちんとした衛生設備もない生活をしている幾百万,いえ,もしかしたら幾十億という人々よりもはるかに良い暮らしをしていることを知っています。確かに私たちには,もっと良い体制,もっと良い世界,もっと良い生活が必要なのです。―健強の語った経験。

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