空飛ぶ役馬
南アフリカの「目ざめよ!」通信員
「飛び始めてから2時間ほどたった時でした。突然エンジンのレブが下がり始めたんです。a エンジントラブルの前触れですよ。エンジンが回っているうちにできるだけ高度を稼いでおこうと思い,急いで上昇しました。上がれるだけ上がったところで,クラッチハウジングが分解し,部品が空中に舞いました。
「間髪を入れずにヘリコプターを急降下させました。と言っても,スピードは90㌔前後に保ったままです。すでに地形をつかんでいた私が目指していたのは,滑空でも難なく到達できる距離にある,切り開かれた小さな一画です。
「地面から15㍍ぐらいのところで,機首を引き起こしてスピードを落としました。それから,ずるずる滑りながら着地して,ドンガ[乾いた川床]の端から1㍍半ぐらい手前で止まりました」。
これらすべては,わずか1分間で行なわれました。確かに,ヘリコプターは緊急着陸の最終段階で壊れてしまいましたが,この実話からもお分かりのように,エンジンが故障しても,すべてのものが失われるわけではありません。このパイロットはこうした非常事態に備えて訓練を重ねていたため,羽根のオートローテーションを使ってうまく滑空することができました。
しかし,ヘリコプターが安全かつ便利であったとしても,一度も乗ったことがない人は少なくありません。ヘリコプターにちょっと乗ってみることでさえ気が進まないという人もいるかもしれません。とはいえ,この変わった飛行機について知りたいと思われることでしょう。
発祥地
1483年に,レオナルド・ダ・ビンチは空中スクリューで浮上する,垂直に飛ぶ機械を初めて設計しました。しかし残念なことに,航空工学者は彼のスケッチした仕掛けが飛ぶはずはないと言います。それでも発明家たちは垂直に浮上するという夢を追い続けました。それがようやく成功するようになったのはごく最近のことです。
1923年にスペインのゲタフェで,27才のスペイン人フアン・デラシエルバが自作のオートジャイロを飛ばすのに成功しました。彼の設計した装置はヘリコプターの原理を進めるのに大いに貢献しました。後日,1939年から1941年にかけて,ロシア生まれの設計士イゴール・シコルスキーが,現在見られるようなヘリコプターへと飛躍的な開発を行ないました。しかし,地面から浮かび上がる秘訣は何だったのでしょうか。
どのようにして飛ぶのか
一般的な固定翼機は,まず滑走路で加速して空へ飛びます。一定の速度にまで加速すると,翼を通過する空気によって生じる揚力が機重を上回り,飛行機は宙に浮かびます。ヘリコプターの場合は,翼に相当するローターブレードを回すことによって揚力が得られます。ですからヘリコプターは前へ進むことなく揚力を得られるのです。そのような理想的な揚力を生み出すためには,ブレードに迎え角と呼ばれる角度をつけ,空気を斜めに切るように回転させなければなりません。パイロットはこのブレードの迎え角,つまりピッチを,コレクティブピッチレバーを調節することによって変えることができます。ブレードの回転によって生じた揚力がヘリコプターの機重を上回る,つまり重力を超えるとヘリコプターは上昇し始めます。揚力を減らせば機体は下降します。
ローター回転面を傾ければ,ヘリコプターをホバリング(空中に静止)している状態から動かすことができます。この回転面とは,ブレードの回転によってできる想像上の面のことです。ローター回転面が前方へ傾けられると,空気は下方に押されてヘリコプターを浮上させるとともに,わずかに後方へも押されてヘリコプターを前進させるのです。(下図をご覧ください。)そのように進みたい方向へローター回転面をほんの少し傾けるだけで,ヘリコプターは横にも後ろにも,あらゆる方向に進むことができます。パイロットはこの調節を,右手で握る操縦桿,あるいはサイクリックスティックと呼ばれるレバーで行ないます。
離陸する前にもう一つ解決しなければならない問題があります。主ローターによって生じる反トルクです。“反トルク”とは何でしょうか。あなたがローラースケートを履き,大きなレンチで頭上にあるボルトをきつく締めようとしているところを想像してください。ボルトを一定の方向に締めようとすると,あなたの体はそれとは反対の方向に回ろうとします。これは,どんな作用にも逆向きに同じ力で反作用が働くという運動に関する科学的な法則のためです。ヘリコプターの場合,エンジンがローターを一定方向に回すので機体は逆方向に回ろうとします。これを相殺する最も一般的な方法は,反トルクローター,つまり小さなプロペラを尾部に装着することです。パイロットは尾部ローターの推力を二つの方向制御ペダルによって加減し,ヘリコプターを操ります。
最後に取り上げる調節機構はスロットルです。スロットルを使う際,パイロットは常にエンジンの回転数を監視していなければならず,それに応じてスロットルを調節する必要があります。冒頭に出てきたパイロットは回転計の監視を怠らなかったので,エンジンが完全に故障する前にエンジンの変調に気づいたのです。最近のガスタービンのヘリコプターにはエンジンスピード制御装置が導入されており,この点でずいぶんと楽になりました。
時間の節約,人命救助
ヘリコプターは適切にも空飛ぶ役馬と呼ばれてきました。1979年8月,暴風のために中断を余儀なくされた英国ファストネットのヨットレースはそのことを示す一例です。15人が死亡したこの事故は「ヨットレース史上最悪の惨事」と評されました。その数字はヘリコプター救助隊の働きがなければさらにひどいものとなっていたことでしょう。救助にあたるパイロットは周囲の波に目を配り,波をかぶらないよう機体を絶えず上下に動かさなければなりませんでした。ある新聞はこれを,「波高が13㍍にもなる,荒れ狂った波を越える命がけの馬跳び」であったと描写しています。
南アフリカの喜望峰周辺を航行する超大型オイルタンカーは,ヘリコプターのおかげで,新鮮な補給物資や交換部品,さらには交替用の船員さえも入港せずに受け取ることができます。しかし,それを行なうパイロットには高度な技術が求められます。減速し続けるタンカーのスピードに合わせてヘリを甲板に降ろさなければなりません。さらにできるだけそっと着地するため,船の横揺れにも合わせなければならないのです。
ヘリコプターのように飛ぶものがあろうか
飛行愛好家にとって,ヘリコプターの操縦性能は他の動力飛行機とは比較にならない興奮を味わわせてくれるものです。空中で静止したり,後ろに,横にゆっくりと動いたり,地面から50㌢ほど浮いたところで一回転したりするのはなかなか楽しい経験です。ヘリコプターは滑走せずに離陸しますから安全に飛べる感じがします。そしていったん飛びだすと,特に地表近くを早い速度で飛ばすなら,田園風景の虜になってしまうのです。
それでも訓練中のパイロットは,ヘリコプターには非常に微妙な調整が必要で,固定翼機に比べて安定していないので,始めのうち操縦しづらく感じることでしょう。いったん修得してしまえば,楽しいのと同時に,その離着陸の技術の容易さゆえにどんな飛行機よりも操縦しやすく感じるに違いありません。
今日,ヘリコプターは高度に発達した機械で,まさしく空飛ぶ役馬と言うことができます。確かに,トンボやハチドリといったエホバの空飛ぶ創造物と比較すれば不格好なことは否めません。それでもすばらしい機械です。ヘリコプターについてかなりのことを知った今,恐らくあなたも,乗ってみたいと思っておられるのではないでしょうか。
[脚注]
a レブ=回転数
[12,13ページの図版/図]
レオナルド・ダ・ビンチによる垂直に飛ぶ機械の設計図
空港へのシャトル便
RAFによる空からの海難救助
警察もしばしばヘリコプターを使用する
ローター回転面
ホバリング
後退飛行
操縦桿はローター回転面の角度を調節し,それによって飛行の向きが決まる
前進飛行
コレクティブピッチレバー
操縦桿
方向制御ペダル
[クレジット]
パリのBibliothèque de l'Institut de France
ロンドンのthe Ministry of Defenseの厚意により掲載