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聖書に対する洞察,第2巻
洞-2 「ベト・ハケレム」

ベト・ハケレム

(Beth-haccherem)[ぶどう園の家]

エルサレムの近くで,北方から敵軍が攻めて来た時にそれについて警告する合図の火を上げるのによい所としてエレミヤが言及した場所。(エレ 6:1)流刑後のユダにはこの名前の付いた地区があり,マルキヤが「君」としてそこを治めていました。(ネヘ 3:14)エレミヤ 6章1節でテコアがベト・ハケレムと一緒に述べられているため,ベト・ハケレムがエルサレムの南の,同市とテコアの間に位置していたと考える人もいます。西暦4世紀のヒエロニムスは,ベト・ハケレムがベタハルマという名前でそのような位置にあったとしています。こうした見方に合わせ,“神殿の山”の南南西4.5㌔の所にあるキルベト・サーリフ(ラマト・ラヘル)の遺跡がその跡ではないかと言われています。他方,テコアのことが述べられていても,必ずしもベト・ハケレムがその近くにあったことを示すわけではなく,それは“神殿の山”の西南西7.5㌔のアイン・カリム(エン・ケレム)(「ぶどう園の泉」の意)にあったと主張する人もいます。アイン・カリムはオリーブ畑やぶどう園のある肥沃な地域にあって,ジェベル・アーリーのふもとに位置しています。その高台からは,オリーブ山,エルサレムの一部,そして西の方に地中海が見えることもあります。その頂上に見られる大きな石の塚は,エレミヤが述べたような合図の火をともすために用いられたのではないかと言う人もいます。―「ベト・カル」を参照。

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