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わたしたちの王国宣教 2015
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『見えるところによってではなく,信仰によって歩む』

エルサレムの攻囲と最終的な滅びの少し前,使徒パウロは,キリストのりっぱな兵士であるクリスチャンは困難を予期しなければならず,快適な暮らしや楽しみを優先させてはならない,と書きました。(テモ二 2:3,4)不敬虔な世が被る災難を間近に控え,わたしたちは強い信仰を保ち,霊的な事柄に焦点を合わせている必要があります。(コリ二 4:18; 5:7)『見えるところによってではなく,信仰によって歩む』のビデオ(jw.orgを開く。ホーム > 出版物 > ビデオ)を見て,物質に対する過度の愛着が,どのようにナハムとアビタルにとって危険なわなとなったかを考えてみましょう。それから,以下の質問に答えてください。

(1)「聖なる場所に立っている」1世紀の「嫌悪すべきもの」とは何でしたか。エルサレムに住んでいるクリスチャンは,どんな毅然とした行動を取る必要がありましたか。(マタ 24:15,16)(2)エルサレムから逃げるのに信仰が必要だったのはなぜですか。(3)逃げるのにどんな犠牲が求められましたか。(4)ナハムとアビタルが遅れたのはなぜですか。(マタ 24:17,18)(5)エルサレムから逃げる時,ラケルはさらにどんな信仰の試みを経験しましたか。(マタ 10:34-37。マル 10:29,30)(6)エホバを信頼する点で,エタンはどのように信仰の良い手本ですか。(7)クリスチャンはペラでどんな困難を経験しましたか。(8)ナハムとアビタルの信仰はどのようにして徐々に弱くなりましたか。(9)ペラに住むクリスチャンをエホバはどのように世話されましたか。(マタ 6:33。テモ一 6:6-8)(10)この事物の体制の終わりが近づく今,アブラハムとサラにどのように倣えますか。(ヘブ 11:8-10)(11)どのようにナハムとアビタルはエルサレムに帰る理由づけをしましたか。その考え方が間違っていたのはなぜですか。(ルカ 21:21)(12)ナハムとアビタルが帰った時のエルサレムの状況はどのようなものでしたか。(13)この事物の体制の終わりが来る前の今,自分の信仰を強めておくべきなのはなぜですか。―ルカ 17:31,32; 21:34-36。

信仰によって歩むとは,(1)エホバの指示を信頼する,(2)その指示に従って行動する,(3)物質的なものより霊的な事柄を重視するということです。「世は過ぎ去りつつあり,その欲望も同じです。しかし,神のご意志を行なう者は永久にとどまります」という言葉を信じて,信仰によって歩むことをいつも思い定めていることができますように。―ヨハ一 2:17。

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