眠れなくて困っていますか
「人間にとって,眠ることは時計のねじを巻くようなものだ」と言われてきましたが,これは確かに当を得たことばです。睡眠は,脳や他の神経組織,そして体に新たな活力を与えます。夜ぐっすり眠ると,すがすがしい気分で目覚め,その日の仕事に真剣に取り組みたいという意欲を感じます。気分がずっと良いというだけではありません。顔色もよくなります。
さらに,睡眠は生活上の煩いや緊張から人を解放するものとなります。眠っている間は,体が休まるだけでなく,貧困,孤独,病弱,不当な差別といった重荷からも解かれ,安らぎを得ています。何百年も昔のこと,スペインの作家セルバンテスはこう言いました。「[睡眠]は,飢えている者にとっては食物,渇いている者にとっては飲み物,寒さを感じている者にとっては温かいもの,暑さを感じている者にとってはまさに冷たいものである」。
ですから,適当な睡眠を取ることは,確かに肝要です。しかし,十分な睡眠を取ることができない場合にはどうすればよいでしょうか。この問題について考える前に,睡眠に関する幾つかの基本的な事実を知っておくのは助けになるでしょう。
睡眠の種類
睡眠とは,周囲の事柄に気づかなくなるごく自然の状態で,周期的に生じます。しかし,睡眠という現象が実際にはどんなものであるかについては,今もって多くのことが解明されていません。それでも,睡眠には基本的に言って二種類あることが知られています。
その一つは,うとうとした状態から始まり,やがて眠りがどんどん深まっていく睡眠です。その間に,回復作用が十分に働きます。呼吸や心臓の鼓動のテンポが遅くなり,血圧は下がり,手足の筋肉はゆるみます。こうした深い眠りは,記憶作用にとって助けになると考えられています。この種の睡眠は約90分間続きます。
その後,幾つかの点から見ると,眠りはずっと浅い状態に戻ります。それでも,他の点から見れば眠りは深まっているのです。この種の睡眠はREM状態と呼ばれます。というのは,その間,夢を見ていることを示すRapid Eye Movement(目が左右に瞬間的に動く作用)が盛んになるからです。心臓の鼓動は不規則になり,手足にも力が入ります。このことから,精神面だけでなく,体も夢と関係していることがわかります。こうしたREM状態の睡眠が約10分間続いた後,再び90分ほどの間熟睡し,再度REM状態に戻ります。そして,こうしたことが一晩じゅう続くのです。
睡眠について研究している学者のほとんどは,この両方の種類の睡眠がともに人間の精神および肉体の健康にとって必要不可欠であると考えています。そのいずれの種類の睡眠も,他方の代わりの役割を果たすことはできません。睡眠時間について考える時でも,睡眠時間の長さよりその質のほうがずっと重要になってきます。
不眠,多くの人に共通の悩みの種
よく眠れなくて困っている人は,とくに工業先進国に多く見受けられます。アメリカでは,よく眠れなくて悩んでいる人,つまり不眠症の人は少しも珍しくありません。実に成人の50%までが,多かれ少なかれ不眠症に悩んでいると言われています。30歳代に達してからは特にそうです。また概して,男性よりも女性の方が不眠症にかかりやすいとも言われています。しかも,不眠症の人はしだいに増加しているようです。例えば,1952年から1963年までの間にアメリカの薬品の売上高は6.5%上昇しましたが,同期間に睡眠剤や精神安定剤の小売の売上高は535%も増えているのです。
不眠は,普通次の三つの型のいずれかを取ります。まず,寝つきの非常に悪い人。次に,寝つきは良いが,朝早く目が覚めてしまい,そのあと眠れないという人。そしてさらに,夜中に何回も目が覚めるという人です。
不眠症の原因
何が原因で不眠症になるのでしょうか。原因として考えられるものは百を数えます。受け継いだ遺伝的欠陥のため,脳からセロトニンと呼ばれるホルモン様物質の分泌されないことが原因となっているのかもしれません。セロトニンは,血液の中に溶け込んで人に眠けを催させる,いわば“催眠液”の役割を果たすと言われています。聖書に出てくる族長ヨブが経験したような激しい痛みは,この“催眠液”の効果を相殺してしまうようです。というのはヨブは,そうした苦しみの中で自分が『曙までしきりにまろんでいた』と語っているからです。―ヨブ 7:4。
遺伝的欠陥以外にも,日中忙しくしている時には気づかないようなわずかな痛みが問題を引き起こす場合があります。夜になると,その痛みを感じるようになり,そのために時折目が覚めてしまうのです。他にも,部屋の換気が悪かったり,敷ぶとんやマットレスが堅すぎたり柔らかすぎたりして眠れないこともあります。
一方,コーヒー,紅茶,コーラなど,刺激の強い飲み物のために眠れなくなる場合もあります。さらに,床に就く前に,たくさん食べたり,消化しにくいものを食べたりする習慣があるのかもしれません。あるいはそれとは逆に,空腹のために眠れないことがあります。時には便秘が原因で,眠りの妨げられる場合さえあります。
罪の意識や法外な野望,不安感,それにとりわけ心配や煩いといった感情的な重圧も眠りを妨げる原因となります。聖書もその点を裏付け,こう述べています。『富める者はその貨財の多きがために眠ることを得せず』。また,こうも書かれています。「従事する活動が多ければさまざまの夢があ(る)」― 伝道 5:7,新,12。
また,精神的に抑うつ状態に置かれること,そして特に神経の疲労が不眠の原因となる場合があります。たとえ自分では意識していなくても,敵がい心や競争意識を抱いている場合にも同じことが言えます。一方,スリルを追い求めたり,興奮や楽しみが度を過ぎたりする時にも,眠れないことがあります。
睡眠剤についてはどうか
睡眠剤を使用することが問題解決の一番てっとり早い方法であると思えるかもしれません。しかし,用心してください。睡眠剤を使用するのは緊急の場合だけに限ってください。一,二週間は助けになるかもしれませんが,それ以後は大抵の場合,益よりも害をもたらすからです。例えばF・R・フリーモン博士は,「睡眠の研究」という書物の中でこう述べています。「むやみに睡眠薬を処方することは,医業におけるごくありふれた誤りである」。
それではなぜ,相変わらず睡眠剤が服用されているのでしょうか。おそらく,気休めのためであると思われます。睡眠剤を飲むと眠れるようになると考えているのです。しかし,一度睡眠剤を服用するくせがつくと,今度は服用をやめた場合の“禁断症状”がひどくなることも,人々が服用を続けるもっと大きな理由と考えられます。ですから医師は,服用量を徐々に減らすようにと勧めています。
不眠症を克服する
睡眠剤の力を借りずに不眠症を克服することは可能です。まず最初に,より初歩的な事がらから考えてみましょう。寝室の換気が正しく行なわれるようにし,マットレスも堅すぎたり,柔らかすぎたりしないように注意します。何かの物音のために,眠ることができなかったり,眠りを破られたりしますか。そういう時には耳栓が役に立つかもしれません。安定した調子の音には,気持ちを静め,不規則な騒音を消す作用があるため,睡眠の問題を研究しているある専門家は,一晩じゅう扇風機を回しておくことを勧めています。
飲食を正しく制することも,多くの場合良く眠るために肝要です。昼を過ぎたなら,コーヒーやコーラ飲料を飲まないようにすることが必要かもしれません。あるいは時によれば,そうした飲み物を全く避けることも必要でしょう。“甘党”のかたであれば,甘い菓子の量を滅らすようにしてください。また,夜遅くなってからたくさん食べたり,香辛料の強くきいたものを取ったりしないようにすることは,多くの場合に勧められていることです。消化しやすいものを食べてください。
夜,床につく前に,温かいミルクや麦芽乳,糖蜜または蜂蜜で甘くしたはっか茶,あるいは催眠効果のあることで知られている他の薬草類をせんじたものを飲むことによって,気持ちよく眠れるようになった人は少なくありません。熱いグレープ・ジュースのよいことに気づいた人もいれば,ビールやぶどう酒を一杯飲むだけで効果のあることを知った人もいます。ほかにも,脊柱指圧療法や整骨療法が効を奏した人もいます。また中には,互いにマッサージをし合うことによって,不眠の問題を解決した夫婦もいます。
適度の運動も,不眠症を克服する上で助けとなることがあります。1974年9月4日号のメディカル・トリビューン誌の中で,A・カールス博士は,座業に従事している人は,「日中の運動量を漸次増やしていくように」と,述べています。この勧めのことばと一致して,聖書も,「働く者の眠りは快い」と述べています。(伝道 5:12,新英語聖書)しかし,寝る直前に激しい運動をすることは避けてください。そうした運動は,疲れを感じさせると同時に,体全体に刺激を与えるからです。寝る前のいちばんよい運動は,散歩したり,手足を伸ばしたりする程度のものです。
体を楽にすることが難しいなら,足の指や手足,またのどや目の筋肉の緊張をほぐす方法を説明した本を読んでみると役に立つかもしれません。この問題のある権威者は,深い呼吸を数回行ない,次いで呼吸を止め,それから何回か浅い呼吸を行なうといった,いろいろと違った種類の呼吸を行なうことを勧めています。
決まった時間に寝るようにするのも助けになります。就寝時間が近づいたなら,複雑な事がらを考えないで,くつろぐことが大切です。風呂に入るのは,体の緊張をほぐす上で助けになるでしょう。同じことは,静かな音楽を聞くことについても言えます。
精神的および感情的に安定した状態を保つことも,前述の幾つかの要素以上ではないにしても,同じほど重要です。一番いけないのは,寝つきが悪かったり,夜中に目が覚めたりする時に,心配したり,思い悩んだり,いらだったりすることです。ですから,不眠症をあまり深刻に考えないでください。なにがなんでも眠るのだと意気込みすぎないことです。そうすると,かえって眠れなくなってしまいます。
多くの点から見て,快い眠りは,正しい生活のもたらす報いと言えるかもしれません。生活に神の知恵を働かせてください。そうするなら,ソロモンが述べているように,「伏すとき,あなたの眠りはここちよい」ものとなります。(箴 3:24,口語訳)そうです,「愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,柔和,自制」といった霊の実を生み出すことは,快い眠りに資するのです。―ガラテア 5:22,23。
ですから,眠れずに困っていても,気落ちしないようにしましょう。事態を改善するために,実行可能な解決策や生活の上で調整できる事柄は多くあります。また,快い眠りを楽しむ上で,神に対する信仰が果たす役割も見過ごさないでください。聖書の詩篇作者は,自分の経験をこう書きました。『われ安らかに伏し またねぶらん エホバよわれを独りにてたいらかにおらしむるものは汝なり』― 詩 4:8。
[25ページの図版]
コーヒー,紅茶,コーラ
心配や煩い
罪の意識
寝ごごちの悪いマットレス