ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 目81 1/22 16–18ページ
  • いさかいを解決する方法

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • いさかいを解決する方法
  • 目ざめよ! 1981
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • なぜ「ただあなたと彼との間で」なのか
  • 「あとひとりかふたり」を連れて行くのはなぜか
  • どのように『会衆に話す』か
  • あなたは自分の兄弟を得ることができます
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1999
  • クリスチャンの愛によって不和を解決する
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1965
  • あなたは不和をどのように解決しますか
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1994
  • 会衆の平和と清さを保つ
    エホバの望まれることを行う組織
もっと見る
目ざめよ! 1981
目81 1/22 16–18ページ

いさかいを解決する方法

現在の対処しにくい危機の時代には,人々も国々も「容易に合意しない」ことを示す場合が少なくありません。いさかいを起こしている両者の合意点は,大抵,双方がともに合意しないという点だけです。―テモテ第二 3:1,3。

しかし悪行が行なわれたり誤解が生じたりした場合にそれらを解決し,表沙汰にしないですむ確かな方法はないのでしょうか。

確かにあります。説明されている通りに,また正しい態度で適用するなら,この方法は意見の不一致を公正に,そして多くの場合幸福な仕方で解決するものとなります。しかし当事者すべてがこの原則を受け入れかつ従うことに同意しないなら,その方法は関係者すべてにとって都合の良い,報いをもたらすものとはならないでしょう。

それらの原則は,キリスト・イエスが西暦1世紀のクリスチャン会衆を導くためにお与えになった指示の中に示されています。それらは今でも,世界中のエホバの証人の諸会衆において効果的に用いられています。ではそれらの原則を調べてみましょう。それは個人的ないさかいを解決する際,あらゆる人々に益をもたらすものだからです。

イエス・キリストはその方法を3段階に要約されました。

第1段階

「もしあなたの兄弟が罪を犯したなら,行って,ただあなたと彼との間でその過ちを明らかにしなさい。彼があなたの述べることを聴くなら,あなたは自分の兄弟を得たのです」― マタイ 18:15。

過ちについて話すには,このように個人的に行なうことが概してより優れた親切な方法ではないでしょうか。しかしイエスがここで述べておられたのは,些細な意見の不一致ではありませんでした。文脈から分かるように,イエスはある人が信者の会衆から排除されることになりかねない重大な問題について言及しておられました。

なぜ「ただあなたと彼との間で」なのか

この第1段階を厳密に当事者間で,個人的に一対一で行なわなければならない幾つかの理由を考えてみましょう。問題に当たろうとする決意を抱くには,自分の個人的な動機を吟味しなければならないことがその一つです。単にうっぷんを晴らしたいのでしょうか。仕返しがしたいのですか。問題は本当に重大なものですか。あなたは本当に深く傷付けられていますか。すべて何かの間違いだという可能性はないでしょうか。自分の兄弟を得るという動機を抱かなければならないことを銘記してください。それは相手を勝ち得,取り戻すことです。相手が仲間の神の奉仕者としてとどまるように援助することです。

問題を極秘に保とうとするなら,相手の尊敬を得られるはずです。自分だけで相手に近づくには勇気が必要です。自分の不満の種を他の人に打ち明けるのは何と容易なことなのでしょう。しかしそれはこの「第1段階」と一致するでしょうか。

また,そうした不一致の詳細を他の人に漏らすなら,自分もわずらいを抱え込み,辱めを受ける結果になりかねません。「あなたの訴えをあなたの仲間の者に対して弁護し,他人の内密の話を明かしてはならない。聴く者があなたに恥をかかせることのないため,あなたによる悪い評判が呼び戻しのきかなくなることのないためである」。(箴 25:9,10,新)どのように聴く者があなたに恥をかかせることがあるのですか。その人から,「第1段階を試してみましたか」と尋ねられたらどうですか。そうしていないことを認めるなら,どんな問題にも少なくとも二つの立場,つまりあなたと相手の立場があるという注意を受けるかもしれません。そして大抵,第三者の公正な立場があることについても注意を受けるでしょう。「訴え事において最初の者は義にかなっている。その仲間が入って来て,これを詳しく調べる」。(箴 18:17,新)もちろんイエスが述べておられたのは,明らかな過ち,誤解される余地のない罪でした。しかしあなたのつかんでいる証拠は疑う余地のないもの,問題の理解の仕方は調べる余地のないものですか。この点をはっきりさせる上で,問題を個人的に聴くこと以上によい方法があるでしょうか。

状況が逆の場合はどうですか。他の人があなたに傷付けられたと感じている場合はどうでしょうか。問題を正すために事情を知りたいと思いませんか。これは相手の人を調べ,「すばやく事の解決に当たる」機会となるでしょう。(マタイ 5:25)この方法は,感情を害された人がその問題に傷付けられ苦しめられて,不平を公の場であなたに向かって爆発させるような事態になるより優れた方法ではありませんか。

しかし第1段階が失敗した場合はどうですか。問題をつきつめて,兄弟を得るようにすべきだとまだ感じていますか。それまでのところ,少なくともあなたは意見の不一致を極秘に保ってきたのです。では次に何ができるでしょうか。

第2段階

「しかし,もし彼が聴かないなら,自分といっしょにあとひとりかふたりを連れて行きなさい。いっさいのことがふたりまたは三人の証人の口によって確立されるためです」― マタイ 18:16。

「あとひとりかふたり」を連れて行くのはなぜか

こうした種類の問題を経験しており,両者に対して客観的で公平な見方ができる円熟した一人か二人の人をご存じですか。そうした人を知らなくても,会衆の長老からだれかを推薦してもらうことができるでしょう。また長老たちは集まりを取り決めてくれるかもしれません。

でもこれは,どんな人に近づくにしても,自分の不満や非難を自由にぶちまけてよいという意味でしょうか。そうではありません。あなたは次のような趣旨のことを述べるにすぎません。『私はAさんとの間に問題があり,その問題がAさんの霊的な福祉に悪影響を与えるのを心配しています。第1段階を行なってみましたがAさんを勝ち得ることはできませんでした。それで第2段階に進むための援助をお願いしたいと思います。私たちと会ってくださり,私たち双方の意見を聴いてくださる一人か二人の方をお願いしたいと思います』。だれであれその集まりが開かれるまでは,どちらの側からも詳細を聴こうとしてはなりません。このようにするなら,だれも先入観を持たずにすみ,また当事者が互いに面と向かって言うことがなかった背後の事情をどちらの側からも聞くことはないでしょう。

第2段階は審理委員会に聴いてもらうことではありません。あなたの兄弟を得ようとする努力を援助する方法にすぎません。一人でする代わりに,一人か二人の援助者があてがわれたのです。あなたの持っている証拠が動かしがたいものであり,あなたの態度が真実に『自分の兄弟を得る』ためのものであるなら,証人たちはあなたの味方です。

しかし第2段階が失敗した場合はどうでしょうか。少なくとも,あなたは問題を聴く権威を聖書的に与えられている人々の前で問題を明らかにしたのです。あなたは尊敬に価する証人たちから支持されており,罪を犯した側は,会衆との交わりから除かれる可能性のある事柄で責任を問われる立場にあります。しかしこのことには最後の段階が関係しています。

第3段階

「もし彼がそれらの人たちの述べることを聴かないなら,会衆に話しなさい」― マタイ 18:17。

どのように『会衆に話す』か

会衆を代表するのは長老たちの一団です。そしてこの場合に会衆を代表するのは,長老たちあるいは他のふさわしい権威から任命を受けた審理委員会です。これであなたの問題は長老たちの注意を引くものとなります。どのようにしてですか。

長老団全員の前で聴いてもらうことを求めるのですか。それは必要で実際的なことですか。この段階では,長老のうちのだれか一人に,少なくとも罪を犯した側の臨席している所で聴いてもらうことを求めるわけではありません。任命された審理委員会の前でじかに聴いてもらうことを求めているのです。自分がだれそれと問題を持っていること,また第1段階と第2段階を試みてきたことを一人かそれ以上の長老に告げるだけでよいのです。そして第3段階の処置を取ってほしいと願うのです。それは次のような段階です。

「もし彼[罪を犯した側]が……[審理委員会を通して]会衆の告げることにさえ聴かないなら,彼を,あなたにとって,諸国民のような,また収税人のような者としなさい」― マタイ 18:17。

あなたは3回にわたって兄弟を得ようと試みました。どの段階も正しい方法に従って行ないました。しかも問題の真相は,それを聴きかつ決定を下す権限を聖書的に与えられた人々以外には明らかにされませんでした。少なくともあなたは,問題を会衆内で話の種にすることはありませんでした。

もちろん,相手にその気がなければすべての意見の不一致が兄弟を得られるという形で解決されるわけではないでしょう。しかし必要な段階がどこまでだったにせよ,問題をどうしても聴いてもらわなければいけないと感じたあなたの動機は純粋に平和的な動機でした。「できるなら,あなたがたに関するかぎり,すべての人に対して平和を求めなさい」と聖書は述べています。―ローマ 12:18。

いさかいを解決するためにイエスが示されたこうした原則は実際的なものです。それは役に立ちます。こうしたクリスチャンの原則にすべての人が従うなら,世界はもっと住みやすい所になるに違いありません。

    日本語出版物(1954-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする