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お金は幸福を保証するものとはならない目ざめよ! 1981 | 4月22日
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お金は幸福を保証するものとはならない
1980年代のより良い生活に関するある記事の中で,ジョイス・ブラザーズ博士は,お金で「幸福を買える」が,それは食べ物や衣服などの必需品を購入できるという意味に過ぎない,と語っています。同女史はさらにこう言葉を加えました。
「年収10万㌦の人は,年収2万㌦の人より良い服を着,快適で良い生活を送れるだろうが,だからと言ってとりわけ幸福であるわけではない。
「年収2万㌦の人は恐らくこのことを聞いて目を丸くすることだろう。だが,事実の示すところによれば,十分かつ適正な収入が幸福をもたらすのであり,お金が多過ぎるとめったに幸福になれない。
「お金は妄想に過ぎない。また,それは罠,つまり心に強く抱いている目標に到達するのを阻む落とし穴ともなり得る。……お金は目的達成の手段であり,目的そのものではない」― 1980年1月21日付,ニューヨーク・ポスト紙。
1979年3月16日付の同紙はこの点を確証する次のような記事を載せました。「最近の統計調査が示すところによると,我が国では毎年5万人から7万人の自殺者が出ており,そのほぼ8割は高所得者層に属している。明らかに,そのうちの大半の人は程度の差こそあれ,これまで診断未確定とされていた一種のうつ病にかかっている」。
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「正々堂々の闘いとは言えない」目ざめよ! 1981 | 4月22日
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「正々堂々の闘いとは言えない」
消費者連合の理事ローダ・H・カーパトキンは子供向けのテレビ・コマーシャルについてこう述べています。「これらのコマーシャルは,子供の注意を捕らえ,想像力をかりたて,何も知らない子供たちを操るためにあらゆる手段を用いている。……大人はコマーシャルに影響されずに済むかもしれないが,年端もいかない子供が関係している場合,これは正々堂々の闘いではない」。(「消費者レポート」1978年8月号)子供には,親がその側にいることがどうしても必要です。子供にコマーシャルを見せる際には,事実と“客寄せ口上”とを見分けられるように,広告を注意して見るよう時間をかけてお子さんを教えておられますか。
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良心の痛みをもたらした雑誌目ざめよ! 1981 | 4月22日
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良心の痛みをもたらした雑誌
次の経験は,「目ざめよ!」誌が人々にどれほど健全な影響を与えているかを物語っています。フランスの南部に住むあるエホバの証人は次のような手紙を寄せました。「ある日のこと,王国会館の郵便受けに1通の手紙が入っていました。そこにはこう記されていました。『監督の方へ。私は「目ざめよ!」誌の予約者です。思い切ってこのようなことをお願いするのもそのためです。でも,名前はご容赦ください。約10年前にある失敗をして,F社に45㌦(約1万800円)ほど材料費の負債があります。この負債を精算していただけないでしょうか。……会社がお金を受け取らなければ,どうぞ王国会館のために用いてください。深い感謝をそえて,敬具』。
「そこで,私たちはその会社に出かけて行ってお金を渡しました。会社の責任者は驚き,この件に関する私たちの労をねぎらい,こうした事の成り行きを喜んでくれました」。
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