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  • 血を用いる医療 ― 感情のからむ問題
    目ざめよ! 1979 | 8月22日
    • 血を用いる医療 ― 感情のからむ問題

      人々は現在,一般に広く行なわれている医療を科学的と考え,病気を治すにはその方法しかないと考えがちです。あまりはやらない治療法を選んだり,あるいは広く行なわれている治療法を拒んだりする人は厳しく批判されることがあります。その人は中傷され,迫害さえ受けるかもしれません。

      一例を挙げれば,血液を抜き取って治療する方法は何世紀もの間広く行なわれていました。放血によって悪い血が抜き取られ,病気の回復を早めることになると信じられていたのです。これは前世紀まで,また前世紀に入ってからもその大半にわたって認められていた医療でした。「放血は信じ難いほどの規模で盛んに行なわれた」とアロンゾ・ジェイ・シャドマン博士は自著「あなたの医者はだれですか,そしてなぜ?」の中に書いています。

      この療法は,米国の初代大統領ジョージ・ワシントンをはじめ,多くの人を苦しめ,死なせる結果になりました。ワシントンは気管上部の炎症をこじらせ(明らかにそれは連鎖球菌咽喉炎でした),1799年12月に死にました。「ジョージ・ワシントンの侍医たちは血を取ったため彼を死に至らしめた」とシャドマン博士は言明しています。

      当時ワシントンの侍医たちは非難されませんでした。また次の世紀中もほとんど非難されていません。しかし前世紀に放血の価値を疑問視し始めた人々はどうでしたか。

      彼らは中傷され,迫害されました。ブリタニカ百科事典の中で「当時のドイツで最も著名な臨床医家」とされているクリストフ・ウイルヘルム・フーフェラントは,当時広く行なわれていた放血という治療法を好みました。1830年に彼はこう書いています。「自分自身の血で窒息するおそれのある人(これは炎症性の発熱に関する考え方でした)から血を取るのを怠った者は,怠慢による殺人者である」。

      ところが今日では,当時の医師たちは,「血を取ってワシントンを死に至らしめた」“殺人者”のらく印を押されているのです。現代の医療においては血を取るのではなくて血を与えることが一般的な治療法となっています。事実,家族の者に輸血が施されるのを拒んだ人々は“殺人者”のらく印を押されてきました。こうして再び血液のかかわる治療法は感情のからんだ問題となっています。

      それは解決策か

      様子は一変して今度は,万能薬でもあるかのように患者に血液を与えるのが常套手段となりました。しかし血液は万能薬ではありません。それどころか輸血は病状を悪化させ,あるいは死を招くことさえあるのです。「過去10年間に3万人が[輸血によって感染する]血清肝炎で死亡したものと推定される。また汚染された血液を体内に入れたために不治の肝臓障害を起こした人は何千何万もいる」と1977年3月号のファミリー・ヘルス誌は述べています。

      また輸血したため他の多くの病気を移されたり,その病気で死んだりする人も毎年数多く見られます。加えて多くの患者は,輸血によって悪い反応が起き,時にはそれが致命的になります。「[フロリダ州]マイアミ地区では,何らかの輸血反応を起こす人が10人に約1人の割合で見られる」とチャールズ・ギルピン博士は語っています。

      それで危険はどれほど大きいものですか。サザン・メディカル・ジャーナル誌1976年4月号の示唆するところによれば,年間「3,000人から3万人の人々が輸血のために死ぬ」と言われていますが,これはたぶん内輪な推定でしょう。しかもこの数字は米国一か国だけのものです。ゆえに事情に通じた人が輸血をちゅうちょするのを非難できるでしょうか。

      とはいえ,余りにも多くの血を失うならば死ぬことは明らかです。輸血は,それをしなければ死を免れないような人の命を助ける,とたいていの医師は言います。確かにそうかもしれませんが,それでもエホバの証人は輸血を拒否します。それは聖書の中にある,クリスチャンに対する次の命令を真剣に考えているからです。『血…から身を避けていなさい』。(使徒 15:28,29)この命令に従順であるゆえに,広く行なわれている医療も彼らにとっては受け入れ難いものとなり,感情のからんだ論争を引き起こしたことが時にありました。

      しかし代わりの療法があり,それらには輸血のような危険がありません。エホバの証人はこのような医療を受け入れます。それが命を救うものとなった例は少なくありません。多くの医師は血の問題に十分通じていると思うかもしれませんが,すべての事実を把握していない場合もない訳ではありません。テキサス州の一病院の元医長の経験をお読みください。

  • 私が血液について学んだ事柄
    目ざめよ! 1979 | 8月22日
    • 私が血液について学んだ事柄

      一外科医の手記

      医師として私はテキサス州ダラスで一般診療に忙しく従事していました。薄緑の手術衣と帽子に身を固め,午前七時に手術室で同僚の外科医と差し向かいに手術台の前に立つこともしばしばでした。中でも昨日の出来事のように記憶に残っているのは,1965年に行なった,ある帝王切開です。

      手術は順調に進められていました。ロイは手早く切開し,たいした出血はありませんでした。腹壁が開かれて今や眼前にはふくらんだ子宮が上方

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