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  • 輸血を受けますか,それとも拒否しますか
    目ざめよ! 1975 | 9月8日
    • 確かです。そのような人々は,こうした聖句は動物の血に関する食物の規定を示しているだけで,人間の命を救うため人間の血液を動脈に注入することとはほとんど関係がない,と考えます。さらに,こうした規則はユダヤ人とユダヤ人のクリスチャンに適用されても,今日のクリスチャンを拘束するものではないと言う人もいます。

      血に関するモーセの律法を与えられたイスラエル人が,食物や犠牲のために殺された動物の血を念頭に置いていたことは確かです。(申命 12:15,16。レビ 17:11)それでは,人間の血が関係した場合,ユダヤ人であればどのようにその問題を扱ったでしょうか。例えば,血は命を象徴する,と創造者が明示されたので,ユダヤ人は動物の血によって自分の命を支えることを禁じられていました。たとえ自分の命が危険にさらされていても,動物の血を食べることは罪とされました。(サムエル前 14:31-34)では,ユダヤ人は,動物の血は神聖であり,用いることはできないが,人間の血はそれほど神聖ではないので用いてもよい,と考えたと思われますか。それとは反対に,聖書は人間の命が動物の命よりも尊いことをはっきりと示しています。ゆえに,動物の(命を象徴する)血でさえ,それを用いるには余りにも神聖であるとすれば,人間の血もやはり神聖なのではありませんか。

      血の使用に関する聖書の規定は,ユダヤ人にのみ当てはまると主張する人もいます。しかし,それは正しいでしょうか。モーセを通して律法が与えられるよりもずっと以前,神は血を誤用してはならない,と全人類の祖先であるノアに警告を発したことを思い出してください。神の命令は単なる食物の規定に過ぎなかったのでしょうか。

      ゲルハルト・フォン・ラット教授は,創世記 9章3,4節は,「単独の『食物の規定』などではなく……全人類に対する法令である」と指摘しました。(「創世記 ― その注釈」,1961年版)創世記 9章3節から6節にある血に関する規定は,人が他の人の命に対して一層深い敬意を抱くべきことに関する神のことばと,密接な関連がある点も忘れてはなりません。ユダヤ教のラビ,ベンノ・ヤコブは次のように述べています。

      「この二つの規定は切り離すことができない……血を抜いた肉を食べることを認める許可と人間の血を流すことに対する規定とは,生物界における人間の置かれた地位を表わしている……要約すれば,血の誤用に関する規定が出された理由は,倫理的な性格を帯びたものである……後代のユダヤ教は,あらゆる人間のために基本的な倫理を確立するものとして,この聖句を受け止めるようになった」。(下線は編者による。)

      このことは,使徒 15章19節から29節に記されている,クリスチャン会衆の統治体の決定によって確証されています。この決定は,ユダヤ人の感情を害さないためにクリスチャンに勧められた,モーセの律法の一時的な延長に過ぎないと主張した人もいます。しかし,クリスチャン会衆の統治体は,クリスチャンが引き続き血を神聖視するよう聖書の律法によって求められていることを,はっきりと示しています。

      それでは,輸血が一見,「命を救う」確率の一番高い手段とみなされる緊急な場合はどうですか。一人の医学者は次のように指摘しています。

      「意識のしっかりしている患者には,提案される特定の治療法を受け入れたり,拒否したりする権利がある。ローマ・カトリックの信者の場合,その権利はすでに広く認められている……このことからすると,エホバの証人が,輸血を拒否する同様の自由をなぜ認められないのか,理解に苦しむ……個人に選択する権利があるという原則を一度認めたなら,その権利を無効にする行動は,何であれ重大な結果をもたらしかねない……国家は,徐々に,個人に代わって決定を下すようになりつつある。そのような過程を経て,自由主義国は自由でなくなり,全体主義に陥るのである」。

      血液が入手できなかったり,輸血が拒否されたりしても,事実上あらゆる場合に,輸血に代わる治療法を用いることができます。たとえ代わりの治療法がなかったとしても,どの治療法を受け入れることができるかを患者に選択させることは,自由を擁護し,他の人の権利を尊重する道ではありませんか。その上,クリスチャンが自分の理解している聖書の律法や自分の生活のより所としている「基本的な倫理」に反する治療法を拒否しているとすれば,そのような選択を認めるのはいよいよ肝要なことと言わねばなりません。

  • 世界展望
    目ざめよ! 1975 | 9月8日
    • 世界展望

      大学の限られた価値

      ◆ 「大学へ行くことは時間とお金の浪費だ」と,「今日の心理学」誌の最近号の一記事は述べている。その記事を書いたキャロライン・バードはこう述べている。「全米旅行をして種々の大学で講義をした際,教授や学校管理者に率直な意見を求めたところ,学生のうちまじめに学業に取り組んでいる者は全体の25%に満たない,と彼らが推定しているのを知り,驚かされた。残りの学生にとって大学は,良くて社交センターあるいは寝かせてある酒樽のように,不活発な学生を収容している制度,悪く言えば若者の家,あるいはあと数年間世の中の荒波にもまれないで済む刑務所のような所に過ぎない」。

      肝炎と輸血

      ◆ 最近,米国の国立保健研究所が発表したところによると,輸血に伴う肝炎は,一般にA型(流行性)およびB型(血清)と呼ばれる肝炎の二つの型のいずれとも関連のない,未知のウィルスによって起きるのかもしれない。同発表によると,このウィルスは,注意深い血液検査をした後でもなぜ患者が重い肝臓病にかかるかを説明するものとなるかもしれない。

      患者が“否”と言う場合

      ◆ 宗教上の理由のゆえに医療上の助言を受け入れられない患者に対して,医師は過度に批判的になるべきだろうか。オーストラリア,パースの一婦人科医は否と答え,こう述べている。「患者に対する自分の取扱い方に何らかの制限が加えられることを知らされたとすれば,医師にはそうした患者を扱うことを拒む正当な権利がある……一方,患者の見解を尊重して,そうした制限を受け入れる用意のある医師もいるかもしれない。ほとんどの場合,悲劇は起こらない。悲劇が起こったとしても医師に責任はあり得ない。また,患者に対して批判的になったところで,何の益にもならない」。

      胎児殺し

      ◆ 米国イリノイ州の一婦人は,腹部を銃で撃たれたが,負傷しただけですんだ。しかし,検査の結果,妊娠9か月になる胎児が殺されたことが明らかになった。最近,陪審員は,銃を撃った男には殺人の罪があるという判断を下した。それでは,妊娠4,5か月の妊婦が胎児を堕胎させる場合,それが殺人でないなどとどうして言えるのだろうか。

      救命艇の倫理 ― 医学版

      ◆ 人口問題に対処するための異常な提案を目にすることがいよいよ多くなっている。“救命艇の倫理”を採用して,富んだ人は自分自身を救うため,貧しい人に食物を与えないよう提案する人もいる。今や,アフリカのある国の政府機関の一医師は,病人を治療してはならない,と言っている,その医師は,中央アフリカ医学ジャーナル誌上で次のように述べている。「人間であふれそうになっている世界において,不必要に人命を救うことは,絞首刑に価する刑事犯罪とみなされるべきである」。

      金銭だけが目的ではない

      ◆ 米国における犯罪の増加の原因は,最近の不況にあると,しばしば指摘されている。しかし,ボストン・サンデー・グローブ紙は次のように述べている。「だが,この仮説は,比較的好景気だった1960年代に犯罪が着実に増加した理由や,1974年に景気の良かった地域で犯罪が増加した理由を説明してはいない。例えば,1974年にヒューストンでの失業率はわずか3.6%であったにもかかわらず,凶悪な犯罪は11%も増加した」。

      最も増加している犯罪

      ◆ 米国で最も早く増加している主要な犯罪と言われているのは何だろうか。それは強姦でも殺人でもなく,放火である。1975年度のこの犯罪による損害は,明らかになった分だけでも10億㌦(約3,000億円)を超えると考えられている。そして,その損害額は毎年10ないし15%ずつ増加している。増加の理由は様々だが,最もよく知られているのは,保険金の支払いを受けるために家屋に放火する,いわゆる“保険金目当ての放火”である。こうした放火が増加している一因は不況にあると言われている。

      理不尽な進化論

      ◆ 発生上の突然変異によって進化が起きたという説は,ここ数か月の間に大変疑問視されるようになった。科学者たちは,人間とチンパンジーから採取した44種の異なったタンパク質を比較すると,その99%以上は同一であるとの結論を出した。ゆえに,人間とチンパンジーは親類であるというのが彼らの説である。ところが,もっと密接な関連があると考えられる二つの生物を比べると,どのようなことになるだろうか,ニューヨーク・タイムズ紙はこう述べている,「解剖学的にも生態の面でも似ている二種のカエルの間には,人間とチンパンジーの間に見られるタンパク質の相違よりも,30ないし40倍も多い相違が見られる」。

      背中の痛みを和らげる

      ◆ 背中の痛みを予防できるような運動や特別な寝相があるだろうか。ジョージ・

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