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  • 『こうべを上げ』て救いを知らせる
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1969
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1969
塔69 8/1 478–479ページ

『こうべを上げ』て救いを知らせる

エホバの証人の1969年度年鑑より

エホバの証人が困難な状況の下で奉仕する国々(その4)

ソビエト社会主義共和国連邦

エホバの証人のわざは依然として禁止され,伝道者はあらゆる面で束縛されているにもかかわらず,昨奉仕年度は再び励みの多い年となりました。数人の兄弟たちは,御国の事柄を熱心に行なったために,逮捕され,禁固刑を宣告されました。しかしほとんどの兄弟たちは1年中何ら妨害されませんでした。エホバの証人は人間の政治や軍事問題で厳正中立を保つゆえに国家に危害をもたらすおそれはないという事実を当局者は悟ったようです。そしてエホバの証人が法と秩序との遵守において模範的であり,仕事の面ですぐれた士気の持ち主であることをよく知っています。地方新聞に時おり非難の記事が出ることもありました。しかし,それらは,おもに無神論者の組織の役員が書いたもので,たいてい「たち遅れたみじめな人々」として証人たちをあわれみ,彼らを「保守的な宗派の宗教的混迷」から解放するため,忍耐強く助けねばならないといった内容の記事でした。

現代の科学および工学の偉業は多くの人,ことに若い世代の注意を引きつけてします。しかしエホバの祝福のおかげで,年配の世代の人だけでなく若い世代の人々の中でも増加が得られました。この国のいろいろな地方で,「良いたより」は大ぜいの人々に伝えられています。たとえば,今では,エホバの証人が100人以上もいる人口10万人の都市もあるほどです。

伝道者たちは,無神論者の中にあって真理を伝道する際,まず創造のすばらしいわざについて話し合うことにより神への信仰の土台をすえるのがきわめて効果的であることに気づきました。なかには,創造物に表わされている知恵と力とを悟り,理知を持つ創造者の存在を容易に認める人もいます。この方法により,伝道者は,無神論者と容易に聖書について討議することができました。

「福音派」の教会に属していたある婦人は,仲間の信者がだれもいない地区に引っ越しました。自分の教会のことを人々に話した彼女は,近くの開拓地に大ぜいのエホバの証人がいることを知りました。そこで,証人たちに会うために旅行しましたが,会うことはできませんでした。しかし,証人に会うために出かけた2度目の旅行のとき,まさに同じ汽車の中で,人々に証言している二人の婦人の伝道者に会いました。彼女はエホバの証人に会えて大いに喜び,自分の家を訪問してほしいと願い出ました。彼女との聖書研究が始まりました。記念式に招待されたこの婦人は,象徴物にあずかるべき人はごく少数の残れる者だけであることをはつきり理解しました。その後研究は進歩しました。しかし,近所の人がそのことに気づき,ある警官に知らせました。警官は婦人を脅迫しはじめましたが,彼女はあらゆる圧迫にも負けず,決意をして研究を続けました。そして,聖書研究を通して実に多くのすばらしい事柄を学べることを喜んでいます。

伝道のわざの多くは偶然の証言で行なわれています。ある寒い日のこと,年配の婦人が少しのあいだ暖たまらせてほしいと言って,ある伝道者の家を尋ねてきました。伝道者は婦人を家に招じ入れて,いすをすすめ,一杯の熱い茶を出しました。そして,その老婦人に「良いたより」について話しはじめました。婦人は,聖書に関心を持っているが,家族の者が聖書に反対するので,伝道者に尋ねてもらうことができないと述べました。そこで二人の婦人は,この伝道者の家で聖書研究をすることにしました。そして老婦人が研究のために初めて伝道者の家を尋ねたとき,彼女はジュバーシュ語の福音書の一部を持参してきましたので,ロシア語の聖書と比べて読むことができ,非常に喜びました。そして初めてエホバの証人の集会に出席したとき,彼女はエホバが永遠の命を得るための道を開いてくださったことをたいへん感謝し,こう語りました。「わたしは長年,神に仕えたいと望んでいました。若い時分には修道院にはいりたいと思いました。しかし今や69歳のわたしは真の神エホバに仕える正しい道を知ることができました」

アラブ連合共和国

新しい奉仕年度を迎え,過ぎ去った多難な奉仕年度に関するこの報告をしるすことができ,エホバに心から感謝しています。昨奉仕年度はわたしたちすべてにとって重大な試練の年でしたが,同時にわたしたちは,エホバがご自分の民を助け,導き,保護しておられることのきわめて大きな証拠を目撃できました。兄弟たちがわずか二,三秒の違いで逮捕を免れたことさえたびたびありました。

昨奉仕年度の初めには,10人の兄弟たち ― ほとんどはしもべ ― が強制収容所に入れられました。依然として自由の身であったわたしたちは,収容所内の兄弟たちのことを絶えず気づかい,いつも考えました。時には,兄弟たちがむちで打たれたり,はずかしめられ,残酷な仕打ちを受けているとの知らせを耳にしました。わたしたちは,兄弟たちが忠実を保てるよう強めていただきたいとエホバにどれほど祈ったことでしょう。あとでわかったことですが,それらの兄弟たちも,神の民がこれ以上強制収容所に入れられないように祈っていたそうです。収容所内の兄弟たちは,聖書の研究と伝道を続ける方法を見い出しました。自分たちだけで日々の聖句の討議や奉仕会を行ない,話や討議を定期的に行ないました。兄弟たちは,苦しめられた時にクリスチャンの行ないを示すだけでなく,口頭でも伝道しました。10月に,強制収容所内の兄弟たちから,時間,再訪問および聖書研究を記録した野外奉仕報告が届いたとき,わたしたちはどんなに喜んだことでしょう!

11月14日,5か月半の投獄の後,ついに兄弟たちは釈放されました。しかしその後でさえ,警察当局から絶えず監視されました。わたしたちは,兄弟たちが再び自由になり,エホバへの奉仕にいっそう強くなったことを知って喜ぶとともに,彼らの苦難の経験や,エホバの助けによってどのように忠実を保つことができたかを直接聞いて喜びました。兄弟たちは,もはやエホバの証人でないこと,および二度と伝道しないことをしるした文書に署名するよう要求されました。署名を断わると,情け容赦なく打たれました。しかし兄弟たちは忠実を保ち,当局に対してすぐれた証言をすることができました。

強制収容所を出て家に帰った一人の忠家な兄弟は,18歳の娘に迎えられたとき,エホバの敵に対する戦いから帰ったエフタのように感じたと語りました。そして自分のために家族の者があまりつらい思いをしないですむことを望んでいたと述べたところ,娘は目に涙を浮べながら,こう答えました。「おとうさん。おとうさんが信仰をしっかり守られたことをエホバに感謝しています。たとえ忠実を保ったためにおとうさんが死なれたとしても,信仰を捨てた裏切者となって生きて釈放されることより,どんなにかましだと思います」。この若い姉妹もやはり逮捕されましたが,父親より前に釈放されました。今や家族は再び一緒になれたことを喜び,さらに迫害に直面しながらも,エホバに奉仕し続けています。

聖書を学び,キリスト・イエスの治める神の国の音信を伝道したとの理由で,無実の人々に加えられた不当な悪意のある迫害に抗議する何千通もの手紙が当局に送られました。おびただしい抗議の手紙が今でも送られており,わたしたちはその結果を期待しています。こうしているうちにも,当局はひき続き警官を兄弟たちの家に差し向け,郵送されてくる「ものみの塔」や「目ざめよ!」誌を受けとらないように脅迫しています。それにもかかわらず,兄弟たちはエホバに奉仕し続けています。

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