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日本に於ける伝道ものみの塔 1956 | 3月15日
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新しく興味を感じた人は,支部に次のような手紙を送つてきました。『ヱホバの証者によつて,ものみの塔の真価を知つた事を何よりも嬉しく存じます。特別開拓者の所を訪問して,みな様がカソリツク,プロテスタントのいづれにも属さない所の聖書だけを最も根本にしている事を知りまして,これこそ私が心から求めていたことだと喜びを押えることができませんでした。私はある聖書学院を了え,伝道師をしておりましたが,教会はほとんど聖書を根本にしているとは申し乍ら,すべて派別の教理等多くありまして私を苦しめました。私はあまりの苦しさに,去年職を転じました。聖書のみを最も根本にしている皆様を知つた嬉しさの余り,突然お便り致しまして失礼いたしました。』
最近の大会で浸礼をうけた人の中に,70歳以上の兄弟がいます。その一人の兄弟は,1939年のマヂソン・スクエアー・ガーデンで行われたルサフォード兄弟の講演を聞いています。また,10歳から12歳ぐらいの若い伝道者も数多く浸礼をうけました。年は若くても,この伝道者たちは聖書を引用しつつ何の準備をしなくても献身についての自分の考えを日本語で説明することができます。そのような若い伝道者と話をしたり,その説明を聞いたりするとき,本当によろこびを感じます。年の若い人たちは,真理の深い事柄をたしかに納得して,理解することができます。7歳の子供は,神権宣教学校に出席し,また母親といつしよに家庭聖書研究にもお供をいたします。聖書研究をしている最中に契約の箱についての質問が出ました。母親が説明しているあいだ,その子は鉛筆で紙の上に絵を書きました。まあ,どうでしよう! その絵はケルビムまでついている立派な契約の箱でした。もつと年下の子供たちの中に,4歳と2歳半の子供たち二人は定期的に集会へ出席しています。家で仲たがいをした後に,片方の子供は,『喧嘩してはいけなかつたのよ,サタンが,新しい世に入れさせまいとして,あたいたちの中に入つてきたのよ』と云つてあやまりました。紙芝居屋がやつてくると,この二人は『ねえ,紙芝居屋さんにお金を上げないで,日曜日に寄附箱の中に入れましよう。』と云いました。金額は,とるに足らないものであるにせよ,ヱホバはこの子供の『寄附』を必らずや祝福するでしょう。
日本の若い伝道者たちの多くは,家庭の大反対に打ち克つてきました。ある伝道
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資格を持つ奉仕者の任命ものみの塔 1956 | 3月15日
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ますか? ものみの塔協会の統治体が,これら判の押されている任命状をうけて,特別な奉仕の地位につけられる特別な僕たちに手を置き続けていることは確かです。といつて,文字通りに手を置くというのではなく,彼らを後押して支持したり,あるいは御国の業全体の福利を図つて,その地位から止めさせたりすることです。
記されている推薦状
22-24 パウロは,自分の持つていた推薦状を,どのように述べましたか?
22 使徒パウロ自身も,資格についての質問を述べ,このように言いました。『これらのものに対して,誰が正しい資格を持つているのか。私たちである。私たちは,多くの人々のように,神の言葉を売物にせず,誠実な気持から,(人からではなく)神から遣わされた者として,語るのである。』(コリント後 2:16,17,新世)さて,パウロはエルサレムにある統治体の印または判の押されている任命状あるいは推薦状を持ち歩いていましたか? また,アンテオケでパウロとバルナバに手を置いた人々が書いた推薦状を持ち歩いていましたか? そのような書状を,伝道のために訪問した会堂や,自分の設立した会衆に示すことができましたか? 総督フェリックスやヘスタス,またアグリッパ王や,ネロ皇帝に,そのような書状を示すことができましたか? パウロは,ローマにおける裁判をうけるため,遂にネロ皇帝の前に立つたのです。パウロがそのような手紙を持つていたなどとは,何一つ示していません! パウロは,そのような手紙を必要としなかつたのです。石碑の上に書いたものにしろ,または紙の上に書いたものにしろ,パウロには,人間が書いたり,署名したりする手紙以上の良いものを持つていました。ダマスコにいる証者たちは,パウロがイエス・キリストを通してヱホバに信仰を持ち,その献身を象徴するため,水による洗礼をうけたことを証言し得ました。パウロは,また『聖霊に充たされ』,聖霊の奇蹟的な賜物を持つていました。さらに,洗礼をうけた信者たちの上に手を置いて,彼らに御霊の賜物を授ける力を持つていました。このことから,彼は,自分の正しい資格が,神から来ているのを知つていました。それであるのに,印の押された地上の人からの手紙を持つ必要があるでしようか? 人が奉仕の宣教をするための正しい資格を持つていることを端的に証するものは,その業の成果であり,その人の成し遂げたものであります。パウロはその証拠を持つていて,それは彼の任命を証明するいちばん良い推薦状でありました。
23 パウロは,自分の設立したコリントのクリスチャン会衆にむかつて,次のように言いました。『私たちは,またもや,自己推薦をし始めているのだろうか。それとも,ある人々のように,あなた方にあてた,あるいは,あなたがたからの推薦状が必要なのだろうか。わたくしたちの推薦状は,あなた方なのである。それは,私たちの心にしるされていて,すべての人に知られ,かつ読まれている。そして,あなた方は自分自身が,私たちから送られたキリストの手紙であつて,墨によらず生ける神の霊によつて書かれ,石の板にではなく,人の心の板に書かれたものであることを,はつきりとあらわしている。』(コリント後 3:1-3,新口)後になつて,教えを新しく受けたアポロは,エペソのクリスチャン兄弟たちからの推薦状を携えて,コリントの会衆に行きました。しかし,パウロには,そのような実際の推薦状は必要でなかつたのです。(使行 18:24-28,1-11)彼が1年半のあいだコリントにいて熱心に伝道したり,教えたりすることによつて,弟子たちが得られましたが,その弟子たち自身が力を持つ手紙だつたのです。
24 それらの弟子たちは,パウロの心に書かれた手紙でありました。パウロは彼らに,なみなみならぬ愛情を注ぎ,また彼らの安否を気遣つて手紙を書き送りました。同じ時に,パウロは彼らを教えて訓練を施し,ヱホバとキリストを伝道する証者にならせました。それで,それらのコリントのクリスチャンたちは,『すべての人に知られ,かつ読まれている』パウロの手紙であつて,はつきりと表わされているものです。それは,人間からの手紙ではなく,またエルサレムにある統治体からの手紙でさえもありません。
25,26 パウロの推薦状が,どのようにつくられたかを示すどんな聖書の証言がありますか?
25 彼らは『キリストの手紙』でした。パウロを選んで御名を担う特別な器にならせ,非ユダヤ人たちのところに遣したイエス・キリストは,奉仕者であるパウロを用いてその手紙を書かせました。パウロの独力では,人間という手紙を書くことができません。イエスは弟子たちにむかい,『私から離れては,あなた方は何一つできない。』と言われているからです。(ヨハネ 15:5)イエスは,パウロを用いて,きわめてつらい仕事をさせました。その仕事から判断すると,ただ坐つて,ペンを動かし,実際のつらい仕事をせずに,言葉を書いて自分自身の推薦状をつくるなどということは,パウロにとつて,全く安易なものでありましよう。パウロは,週日にはアキラとプリスキラと共に天幕をつくつていました。しかしイエスは更にパウロを用いて,人という推薦状を書かせました。そのため,パウロは安息日ごとにユダヤ人会堂で話を行い,ユダヤ人とギリシヤ人たちを説得しました。時経つ中に,パウロは『御言葉を伝えることに専念し,イエスがキリストであることを,ユダヤ人たちに力強くあかしした。』パウロは1年6ヵ月のあいだ,ここに滞在して,『神の言葉を彼らの間に教えつづけた。』
26 いよいよパウロがコリントを去つた時,彼はその労苦の実を後に残しました。それは,何ですか? クリスチャン会衆です。そして,その中には,パウロ自身が洗礼を施した元の会堂司クリスポやその家族全部が入つていました。この会衆は,『墨によらず生ける神の霊によつて書かれ』た推薦状でした。それは,パウロを通して働いた神の霊によつて書かれたからでした。パウロが彼らのところに来た時,彼は『巧みな智恵の言葉によらないで,霊と力との証明によつたのである。それは,あなたがたの信仰が人の智恵によらないで,神の力によるものとなるためであつた。』パウロの内にあつた神の霊は,その会衆という手紙を書き上げる文字の言葉をつくりました。その手紙は,冷い石の板の上に書かれず,愛の充ちる暖い『人の心の板』の上に書かれました。それらの心は,たしかに文字のようなものでありました。それらは,第一に神への愛を告げ,次に正義への信仰を告げていました。そして,その心は全く充ち溢れたため,クリスチャンたちをして,遂には救に導くその信仰を公やけに述べ伝えさせるようになつたのです。(使行 18:1-11。コリント前 2:4,5。コリント後 3:1-3。マタイ 22:37,38。ロマ 10:10)生きて,ものを語るそのような推薦状を書き上げるためには,全能の神からの正しい資格をうけるということが是非とも必要になります。
27 今日のどんな実際の事実は,ヱホバの証者が確かに奉仕者であるということを証明していますか?
27 さて,今日はどうでしようか? 任命状は,諸会衆に送られたり,あるいは神の見える制度内の特別な任命をうけた僕たちによつて携行されます。しかし,神に献身したヱホバの証者たちは,任命状とか推薦状というものを持つておらず,またそのような書式でもつて,自分たちが,イエス・キリストを仲保とする新しい契約に属し,神に奉仕するよう聖書的に任命された奉仕者なることを証明しません。ものみの塔聖書冊子協会をその僕に用いているヱホバの証者の新しい世の社会は,パウロの場合と同じように,任命状とか,推薦状を必要としません。キリスト教国は,ものみの塔聖書冊子協会を,神の用いている機関とは,認めていません。しかし,いま『ものみの塔』の中に出版されている『ヱホバの証者の近代歴史』は真実で正式な記録を公表しており,そして最高の神と御子イエス・キリストが,その最初から,協会および協会の出版する公式な雑誌を,どのように用いて来たかを示しています。今日,この聖書雑誌は,41の言語で出版され,すくなくとも毎号210万部は発行され,そして,この雑誌を発行する協会は,全地に75の支部事務所を設置しています。その事実は,消し去ることのできない手紙であつてすべての人に知られ,かつ読まれています。そして,この事実により,すべての善い良心は,これら二つのものは神により用いられていることを知ります。不安,疑い,そして恐怖の充ちる現在の最も危険な時にあつて,神はたしかにこれらのものを用いており,かくして御自分の栄光の御目的を成し遂げています。
28 1919年以来,油注がれた残れる者の成員たちは,自分たちが資格を持つ奉仕者であるという証を,どのように立てていますか?
28 キリスト教国と,名目上キリスト教を奉ずるという政府は,献身したヱホバの証者の聖書的な任命を認めません。それで,彼らはヱホバの証者を任命をうけた宗教の奉仕者とは認めず,それ相応の取り扱いをもいたしません。ヱホバの証者は,正しい資格を持つ奉仕者としての尊敬をうけるどころか,『私の名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。』というイエスの予言をはつきり成就しています。(マタイ 24:9)あなた方証者が,たとえ書状を見せたところで,あなた方に対するこの世の態度は変りません。しかし,あなた方は手紙を持つています。そして,あなた方自身,その手紙を書くようにと神に用いられたのです。その手紙は,手で書かれた手紙,タイプされた手紙,又は印刷された手紙よりも,もつと強い権威を持つものです。その手紙は,判が押されたり,印の押されている手紙よりも権威があるもので,あなた方が神より任命されていることを示すものです。それは生きている手紙であり,その中の文字に当るものは,全地160以上の国々にひろがつており,100以上の言語で読まれています。新しい契約に属し,正しい資格を持つ奉仕者の油注がれた残れる者たちは,1919年以来,全世界からの憎しみをうけているにもかかわらず,御国の良いたよりを,すべての国民に伝道しました。それで,彼らは,神の霊をうけつつ,肉の板,つまり心の上に書いていたことになります。今日,正しい羊飼であるイエスの『一つの群』に集められた『大いなる群衆』は,彼らが神により任命されたことを証明しています。それは,人間という推薦状であり,彼らが神の『忠実にして慧き奴隷』級の者であることを証しています。
29 特に1931年以来,他のどんな人々が,神の新しい契約に属する任命された奉仕者ということを,はつきり立証しましたか?
29 特に1931年以来,他の羊の『大いなる群衆』は,油注がれた残れる者たちと共に交り,伝道しています。彼らも歴史上,重要なものとなりました。彼らも又ヱホバの証者になつて,残れる者と共に忠実な奉仕を行い,残れる者と共にくるしみと死を分ち合い,そして,今日にいたるまでクリスチャン忠実を守ることにより,歴史を書いてきました。彼ら『大いなる群衆』も又神よりの任命をうけている者で,正しい資格を持つ奉仕者です。しかし,キリスト教国は,そのことを全く疑い,かつ拒絶しています。しかし,実際の歴史は今日何を証していますか? 彼らは,神により遣わされた者たちであり,神の新しい契約下の奉仕者で,かつ正しい任命をうけた者たちですか? 彼らは,非の打ちどころのない推薦状を持つていますか? その推薦状は,すべての疑問を不当なものと示し,かつ投げかけられる非難はことごとく偏見のあるもので,偽りのものと示すことができますか? 彼らは,確かに持つています。しかし,それは紙の上にインクで書いた手紙でもなく,石板の上に刻まれたものではありません。それは,羊のような人々の上に働く神の霊によつて書かれた生きている手紙です。それは,他の信者たちの『人の心の板』に書かれた推薦状です。それら他の信者たちは,1931年の10万人足らずの数から,今日新しい世の社会にいる55万人以上のヱホバの証者という数に増加しました。
30 神の与えた私たちの宣教を全く成し遂げるために,私たちは是非とも何をしなければなりませんか?
30 悪魔の天と地が,どんなことを行おうとも,その生きている手紙,御霊の充ちている手紙を,亡したり,破却することは,絶対にできないでしよう。ハルマゲドンの戦の大破滅は,それらの悪魔的な天と地,および罪の血に塗れている記録を亡してしまいます。しかし,ヱホバの御霊を持つヱホバの証者たちの書いた生ける手紙を亡すことは,決してありません。ハルマゲドン生存者たちは,みな全宇宙の前に示される私たちの推薦状です! ハルマゲドン後に復活される死人たちも,その推薦状を読むでしよう。ハルマゲドンが来るまでのあいだもつと多くの人の心の上に書かれてくるにつれて,この手紙は益々長くなるでしよう。ハルマゲドンの戦争で,この世の宗教制度が亡び去るとき,その手紙は生き残り,それから清められた地の全表面にひろがるでしよう。かくして,それはいま正しい資格を持つ奉仕者たちの上に働いているヱホバの霊と力についての生ける証となります。それで,あなたの宣教を全く成し遂げ,そしてこの世の終る時まで,勝利の御国の良いたよりを証のために全国民に伝道することにより,この『新しい世の社会』という手紙を書き続けてゆきなさい。
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