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    ものみの塔 1955 | 5月15日
    • と固持する前に,私たちの宗教が『律法と証詞に』従つて語つていることを確めるべきです。『すべての事を確めなさい。正しいことをしつかりと持ち保ちなさい。』自分の宗教が正しくないものを教えていると知るならば,私たちはその宗教を棄てるべきです。前述の排除の仕方は,一つの偽りの教理だけに基いて種々の宗教を落しました。しかし,実際にはそれら偽りの教理は,多くの理由で落ちるのです。前述の事は証拠を一寸示しているものにすぎません。さらに聖書を調べると,絶対の確証を得ます。―テサロニケ前 5:21,新世。

      21 偽りの教理は取り除かれねばならぬと,どんな象徴的な表現は示しますか?

      21 宗教的虚偽のみにくい建物を打ちこわし,心ひきつける真理の視界を閉ざされないようにすべきです。そのようなものを心に思わず,むしろ真理の新しい建物といれ代るべきです。エレミヤが『あるいは抜き,あるいは毀ち,あるいは滅し,あるいは倒し,あるいは建て,あるいは植えしめん。』と命令されたように,正しい宗教は偽りの宗教を抜き,そして真の宗教を植えねばなりません。偽りの信仰は,真理の道に横たわる躓きの石であり,真の崇拝に戻るために『土をもりて大路を設け,石をとりのぞく』ことが必要です。ヱホバの御言葉は『磐を打ち砕く槌の如く』であります。私たちはヱホバの言葉を持ち,神と共に歩もうと努めるときに,私たちを躓かせる躓きの石を粉砕しなければなりません。石をとりのぞくことについてのその聖句は,主としてキリストが1918年宮に来て以後,油注がれた残れる者が真の崇拝に戻つたことに適用されます。しかし,その原則は他の羊の集まりをいま躓かす宗教的虚偽を取り除くことにも適用されます。それで,三位一体が人を躓かせて,ヱホバはあらゆるものの最高者であることを見させず,また魂不滅は人の目を眩ませて,魂は死ぬという聖句を見させず,また聖書になにかを加えることによつて私たちを躓かせ,聖書は矛盾していて未完成のものと信じさせるならば,あるいは又他の偽りの宗教的な教えが真理の把握を妨げるならば,私たちは聖書を槌のごとくに用い,これらの妨害を粉砕することができます。―エレミヤ 1:10。イザヤ 62:10。エレミヤ 23:29。

      22 誠実のみで人を救うでしようか? あなたの答に対してどんな例証がありますか?

      22 人は自分の宗教に誠実であるならば,その宗教がどんなものであろうとも救われるという信仰をある人はここで挿むことでしよう。この信仰は真ですか? ある人にはもつともらしく聞えますが,しかし『ただ律法と証詞とを求むべし。』聖書はこの点について,こう証言しています『人のみづから見て正しとする道にして,その終りはついに死にいたる途となるものあり。』(シンゲン 14:12)誠実は是非とも大切なものです,しかし誠実だけでは不十分です。譬て言えば,3人の子が黒板で2に2を加えると仮定します。一人の子は3の答を出し別の子は4の答を出しもう一人の子は5という答を出します。先生はその3人の子の全部を良いと言いますか? 子供たちが,答えを出すのに誠実であつたと言うのを聞いて,先生は及第させますか? むしろ,間違つた二人の子に教科書を見させ,もつと勉強させようとはいたしませんか? この二人の子が本当に誠実であるならば,もつと勉強してその誠実を示し,ついに正しい答を学んで,先生から良いと言われませんか? ヱホバは教科書である聖書を備えられました。聖書を研究し,正しい答を学び,その答を他の人に話すようにヱホバは言われます。聖書の研究を拒絶して,正しい答を学ばず,かえつてどんな宗教でもうけ入れ,そして誠実は自分を救うと満足気に言う人についてはどうでしようか? それらの人は本当に誠実ですか? むしろ,それらの人は怠けていませんか? 研究を拒絶し,正しいことを学ぼうとしない生徒を先生は及第させるでしようか? いまや明瞭にされているヱホバの真理を故意に無視する者たちは,たとえ誠実であるという矛盾した主張をなそうとも,ヱホバから是認をいただくことはできません。

      23 真実に誠実な人は,ヱホバの証者に対して,どのように答え応じますか?

      23 ヱホバは今日地上に教える制度を持たれています。真理を求める誠実な人々は,その教えを聞くべきです。取り除かねばならない偽りのものは何であるかを学ぶだけではなく,その後に入れ代る真のものは何かをも学ぶべきです。偽りの宗教を出して後に,人は自分の保護と救のために真の宗教で充ちねばなりません。(マタイ 12:43-45)ヱホバの証者は,真理を求める誠実な人を誰でもよろこんで助けます。ヱホバの証者が真理をたづさえて家から家へ行き,誠実な人を見出すと,費用や義務を要求せずに,人々の家庭で聖書研究を行うことを申し出ます。彼らは聖書を用い,何が偽りであるかを証明するだけでなく,何が真であるかをも証明します。それは誇りや偏見を取り除き,自由の心で『律法と証詞を求め』たがいに論じることです。誠実な人はこのことをいたします。自分は正しいと誠実に信ずるならば,彼らはますますもつてそういたします。なぜならば,その訪問している人を援助して,正しいものを見させたいからです。彼らは援助を与えているか,または援助をうけるにしても,どちらの場合であつても,真実に誠実な人は幸福です。

      24 ある人は,自分の宗教を選ぶ際,どのように愚かな行をいたしますか?

      24 理智の心を用い,正しい宗教を選ぶために,個人の研究は必要です。医者,化学者,技術者,そして教育家は何年も研究しなければなりません。真実のクリスチャンになろうと誠実に願う人も又研究しなければなりません。それは極めて大切なことであつて,他のいかなるものよりも重要なことです。多くの人は正しい宗教を選ぶことに失敗しているというだけでなく,彼らは実際に自分で宗教を選ばないのです。両親か友人によつて宗教が選ばれているか,または社交の理由か業務の益のために宗教が選ばれています。このように選択を偶然に任すとき,それは丁度251ある宗教の福袋に手を入れて,目かしされたままでも正しい宗教を取り出そうと期待することと同じようです。5つの銃室が空であつても銃丸が一つ連発拳銃の銃室に入つていて,それから旋廻室が廻り,銃丸がどこにあるかを知らずに銃を頭にあてて引金をひくというロシヤ・ルーレットの遊びは馬鹿者のすることとあなたは考えます。全くその通りです。それは愚か者のするゲームです。それにしても,その運は6の中5つです。しかし,でたらめに宗教を選ぶことは,永遠の生命を得るかどうかを賭博することです。しかも,ここの研究から分るように,正しい宗教をつかむ運は251の中わずか一つだけです! なんと愚かなことでしよう!

      25 ヱホバをよろこばせようと望む誠実な人々は,いまどんな道をとりますか?

      25 運に任せる必要はありません。ヱホバは御自分の御言葉,聖書を備えられています。聖書を研究して下さい。何が偽りであるかを証明し,偽りのものを棄てなさい。真のものは何であるかを証明し,それをしつかりと保持しなさい。麦から藁を取り分けなさい。水の混ぜられた葡萄酒を識別しなさい。泥のような濁りの虚偽を取り出し,ただ真理の清い水のみ残るようにしなさい。聖書を研究し,真理を学び,ヱホバの民と交り,そしてあなた方の創造者に奉仕して讃美を捧げることにより,『ヱホバの恵ふかきを味い知つて』ください。次のヱホバの招待の言葉に耳を傾けてごらんなさい。『ああなんじ謁ける者ことごとく水に来れ,金なき者も来るべし。汝らきたりてかい求めてくらえ,きたれ金なく価なくして葡萄酒と乳とをかえ。何ゆえ糧にもあらぬ者のために金を出し,飽くことを得ざるもののために労するや,われに聴き従え,さらばなんぢら美物をくらうを得,脂をもてその魂をたのしまするを得ん。』偽りの宗教のために栄養不足になり,ついに死んでしまうよりは,正しい宗教を持つて霊的に強くなりなさい。『生命を選びなさい。そうすれば,あなた方とあなた方の子孫は生きることができるであろう。すなわち,あなた方の神であるヱホバを愛し,彼の声を聴き,彼にかたくつき従いなさい。なぜならば,彼はあなた方の生命であり,あなた方の日を長くすることができるからである。』― 詩 34:8。イザヤ 55:1,2。申命 30:19,20,新世。

  • カインの精神を表明す
    ものみの塔 1955 | 5月15日
    • カインの精神を表明す

      イエスの時代の宗教教職者たちは,カインと同じ精神を表明しました。カインのように,彼らは,表向きにはエホバ神を崇拝しましたが,ねたみの気持で動かされました。彼らは昔のカインと同じく,殺人者になり,神に反対する異教のローマ人と連合してイエスを殺しました。

      今日の東ドイツでは,カインと同じ精神を表明する牧師がいます。それらの牧師は,ヱホバの証者の活動に注がれる神の祝福を見るとき,その理由を知つて自分たちの崇拝を直そうと努める代り,証者に反対し,ロシアの支配者に密告しています。共産主義者は神に反対の立場をとり,またヱホバの証者は神の御言葉に全く献身している者であると良く知つている故に,この行をする言い訳は全然ありません。

      最近ヱホバの全時間宣教を始めたひとりの若いクリスチャン婦人は,聖書だけを持つて東ドイツの各村の人々を訪問していました。ヴェストハベランド,ロムの町にいるルーテル派の牧師は,共産主義者国家安全機関(SSO)に,そのことを密告しました。そのため,彼女は逮捕され10年の服役を宣告されました。それでも,彼女は刑務所内で伝道し,忠実を守り続けています。

      ソビエット圏内の別の町で,ひとりのヱホバの証者は,他の証者の葬式の際に墓のところで話をするよう頼まれました。福音宣教派の牧師がその事柄に立入つて来て,ヱホバの証者が葬式の話をすることは許可されぬとの電話を共産主義者の警察から受けたと述べました。県の警察を調べてみたところ,電話をしたのは警察ではなくて,牧師であり,しかも牧師はヱホバの証者を密告して,その葬式を止めさせるよう共産主義者に願い出たことが判明しました。しかし,共産主義者の脅迫にもかかわらず,葬式の話は墓のところでなされ,出席者に啓発を与えました。約6000年のあいだ,偽善的な崇拝者たちは変化しておらず,いつもそのねたみは偽善を曝露しています。

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