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  • じゆずはクリスチヤンのものですか
    ものみの塔 1958 | 10月1日
    • それを15組つなぎ合わせたくさりで,一組ごとに大きな玉でくぎられており,普通1箇の十字架とメダルがついています。一般にロザリオとして知られているのは,くわしく言えば,ただの『じゆず』または『じゆず玉』で,大きさも3分の1です。それは,小さなじゆず玉の10箇一組を5組つなぎ合わせ,5つの大きな玉でくぎつたくさりです。このくさりの両端は,マリアの像を印したメダルでつなぎ合わされています。そして,3つの小さな玉とひとつの大きな玉と1箇の十字架の短いくさりがぶら下がつています。(さし絵を見て下さい。)

      ロザリオの祈りには,『使徒信経』,主禱文,天使祝詞,栄誦,5つの『玄義』などが含まれています。また任意に『フアテイマ』の祈りと,終りの祈りを加えることもできます。ほとんどの読者は,私たちがささげる主の祈りを知つておられると同じようにロザリオの祈りの最初,すなわち『使徒信経』をよくご存じと思います。(マタイ 6:9-13,ドウエイ訳)天使祝詞は,天使ガブリエルとエリザベツが,マリアにむかつて述べた言葉をもとにしたもので,これにカトリックの神学者たちが作つたマリアへの祈りが附け加えられたのです。『めでたし,聖籠充満てるマリア,主御身と共に在す。御身は女の中にて祝せられ,御胎内の御子イエズスも祝せられ給う。天主の御母聖マリア,罪人なる我等のために,今も臨終の時も祈り給え。アーメン。』栄誦は次のようです,『願わくは,聖父と聖子と聖霊とに栄光あらんことを。始にありし如く,今もいつも世々に至るまでアーメン。』『喜び』と『苦しみ』と『栄光』の3部から成立ち,各部5つの小分をもつ玄義は,イエスとその母マリアの生涯に起きたまたは起きたと主張されている事件に言及するもので,この祈りをする日はきまつています。たとえば,a『喜びの玄義の第一番 ― マリアは神の御子の母となることを承諾する。』

      ロザリオの祈りはまず指を十字架にあてて『使徒信経』を反復することからはじまります。それから大きなじゆず玉の所では,ペイターノスター ― ラテン語の意味は『われらの御父』― と呼ばれる主の祈りを唱え,小さなじゆず玉のところでは天使祝詞を唱えます。じゆずをひと回りするには,まず玄義の1節からはじまつて,「栄誦」で終ります。ひと回り終る時には,最初唱えた玄義を黙想しなければなりません。ロザリオで祈る時は,全部で,天使祝詞が53回,ペイターノスターが6回,玄義が5回,玄義の黙想が5回,栄誦が5回,『使徒信経』の反復が1回です。急いで祈らなければ,少なくとも15分はかかるでしょう。

      しかしそれはクリスチャンのものですか?

      神の御言葉はそのように反復して祈ることを認めていますか。いいえ。イエスは言われました,『祈る場合,異邦人のように,くどくどと祈るな。彼らは言葉かずが多ければ,聞きいれられるものと思つている。だから,彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は,求めない先から,あなたがたに必要なものはご存じなのである。』イエスは,人間がくりかえして祈りたがる傾向を持つているのを,なんとよくご存じだつたのでしよう! そしてイエスの御言葉から考えると,じゆずの使用が多くの国々の人の間に広くゆきわたつているという事実には,何の価値もありません。―マタイ 6:7,8。

      じゆずを弁護する人は,黙示黙 4章8節に『聖なるかな,聖なるかな,聖なるかな』と,『聖なるかな』が3回出てくるのをひき合いに出して,自分たちのためにイエスの言葉を無効にしようとします。しかし,天使祝詞の祈りの言葉40語を52回,合計2120語となえるのと,1回の祈りの中で,1つの言葉2回くりかえし,合計3語となえるのとは,だいぶわけが違います。ましてや他の祈りの反復が含まれておればなおさらです。強調するためにひとつの事を2回くりかえすことは,聖書全体の中に見られ,また理屈にあつています。ですから,イエスは大きな試みに会つた時,父であるヱホバに3回も祈られました。同じくパウロも,『肉体の中の』ある『とげ』を取り去つて下さるよう,神に3回祈りました。それにしても,イエスとパウロが,これらの祈りを暗記して,彼らの生涯のいつか他の時に用いたことを示すものは,聖書のどこにもありません。これらの祈りは,彼らが受けていた激しい迫害のために心よりにじみ出たものです。

      しかし,ロザリオの祈りの中にあるすべての異なつた祈禱文を覚えて,正しい順序でくりかえそうとすることは,心の底から自然に出た祈りというよりも,むしろロザリオの祈りを記憶力のテストにしてしまいます。それに,1回の祈りで,40語を同じように53回も言わなければならないならば,心がどこかをさまようのも仕方のないことでしよう。そのような反復は,東洋のある宗教が使う,きとう車の変形に外なりません。きとう車というのは,円筒でできていて,その中にきとう文がはいつているのです。その円筒が回るごとに,中のきとう文がくりかえして唱えられたと考えられています。

      それだけではありません。天使祝詞は,ペイターノスターまたは,『主禱文』より9倍も度々くりかえされ,6回にくらべて43回も唱えられるのです。人間が作つてマリアに9回ささげる祈りは,イエスの教えられた祈りを神御自身にささげるのと同じくらい有力,または効果的でしようか。誰かが,マリアを通じて神かイエスに近づこうとしたことについては,聖書のどこにも見出すことができないというのが事実です。

      無益

      ロザリオで祈りを唱える人々に約束された罪のゆるしの利益について。聖書中に煉獄に関する言葉が一語もないのに,どうして誰かがそのような利益を得ることができるのですか。それとは反対に私たちは次のように明確に教えられています,『罪の支払う報酬は死である。』人間が『土に帰る』時『その日には彼のもろもろの計画は滅びる。』死人は『何事をも知らない。』人間の希望は,『義者と不義者』との復活にかかつています。―ロマ 6:23。詩 146:4。伝道 9:5。使行 24:15。

      また,私たちの罪のゆるしについては,『御子イエスの血が,すべての罪からわたしたちをきよめるのである』と保証されています。そして,『もし,わたしたちが自分の罪を告白するならば,神は真実で正しいかたであるから,その罪をゆるし,すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。』― ヨハネ第一書 1:7,9,新口。

      天使祝詞を53回くりかえすことは,その度ごとに,『同じことをくりかえして』言うことを非難されたイエスに明らさまに反対しているのです。自称キリスト教国以外の国々でじゆずが広く用いられていることは,じゆずの起源が異教である証拠です。またそれに付随している事がら,すなわちマリアを高めること,ロザリオで祈れば罪のつぐないが免除されること,戦争における勝利をその功に帰すこと,煉獄の苦しみを少なくする力があるという主張,などについても同じことが言えます。聖書はこれらの一つをも支持していませんが,異教の宗教とは確かに一致するところがあります。

      すべてこれらの事実を考える時,じゆずはクリスチャンのものと言えますか。そういうことはできません!

  • 全世界にある洪水の伝説
    ものみの塔 1958 | 10月1日
    • 全世界にある洪水の伝説

      「目標は地球」という本の中で,アラン・ケリーとフランク・ディチルは『極めて大きな洪水の伝説が全世界にある』ことの意義を論じてこう書いている。『人間の普通の経験では,洪水はそれほどに大きな,また何処にでもある出来事ではない。従つて世界を覆つて生物を絶滅させるような洪水の伝説を人間が作り出すとは思えない。世界のある国々,たとえば日本のように津波の被害の大きな国を除いては,洪水は人間の安全を大きくおびやかすものではなく,また昔もそうではなかつた。洪水に比べれば野獣,かんばつ,ききん,疫病,北国の激しい冬の嵐などの方が大きな危険であつた。では一体どうして人類の殆どすべての民族が洪水の伝説を持つているのだろうか。中央メキシコや中央アジヤのように海から遠く離れた高地に住む人々の間に洪水の伝説があるのはなぜか。……大洪水が実際に起つたのでないとすれば,外のものではなく全世界にわたる大洪水で人類が滅びたという伝説が始まつた理由を説明するのに苦しむ。全地の洪水が実際のものでなかつたとするなら,恐ろしい火山の爆発や大吹雪,かんばつ,野獣,巨人あるいは悪鬼などのために悪い先祖が滅びたという民族があるはずである。それで,洪水の伝説が全世界にあるということは,大洪水の真実性を裏づける一つの良い証拠である。』

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