-
過去を反映するハワイの音楽目ざめよ! 1973 | 8月22日
-
-
ハワイ的なすぐれた音楽が無数に生まれました。ベルガーの時代の王家の人びとのなかには,非常な音楽的才能を示した人びとが数人いました。ハワイ王国の最後の女王,リリオウカラニはそのうちのひとりです。ハワイの歌のなかで最も愛され,最もよく知られている,「アロハ・オェ」(さらば汝よ)は,同女王の作品です。
この歌の曲は古いバラードからヒントを得たものです。しかし,郷愁を誘うその叙情詩は,リリオウカラニが,1878年に,オアフ島はワイアマナロのマウナウィリ牧場で,王の軍の若い将校と,現住民の若い娘との間の切ない別れの場面を見た時に,その思いに浮んだものです。女王は自分で作曲しました。ベルガーはそれを編曲し,1883年,ロイヤル・ハワイアン・バンドはそれをサンフランシスコで,ベルガーの指揮で演奏しました。そしてこの歌はすぐに有名になりました。
現代の楽器とその人気
19世紀の後半までには,ハワイ人はすでにギターをとくに愛用していました。1886年には,「彼らはこれを独奏楽器として,やさしい,柔らかいタッチで演奏する。この楽器はやさしい感情を実によく表現する」という報告があります。また,1879年に,あるポルトガル人の移民が持ってきた,4絃の小型ギター,ウクレレも,ハワイ人に愛されるようになりました。
ポルトガル人はウクレレを,「カバキンホス」と呼びました。これは「小さな木片」という意味です。しかしこの楽器は飛びはねるように演奏されるので,想像力に富むハワイ人は,まもなくその名前を,「飛び回るノミ」という意味の「ウクレレ」という名前に変えました。最初は単なる伴奏楽器と考えられていましたが,今日では,フラからクラシックにいたるまでどんな曲でもひける,ウクレレ独奏の真の名手がいく人かいます。ハワイではウクレレは非常に愛されていて,学童たちが道を歩きながらウクレレを弾いているのを見かけるのは珍しくありません。
しかし,純粋にハワイ人の創意の所産である楽器がひとつあります。それはスチール・ギターです。カメハメハ・スクールの,1890年代の一学生,ジョセフ・ケククは,古いギターをひいていた時,くしの背を絃に押し当ててかき鳴らしました。そして言いようのないほど美しいスチール・ギターの音色を初めて耳にし,それ以来その音色はハワイ特有の音となりました。
ハワイ音楽は,第1次世界大戦中に世界中で人気を博し始めました。そのレコードは,ハワイを最もよく宣伝するもののひとつです。訴えるようなハワイのクラシック音楽,ナ・レイ・オ・ハワイ,ブルー・ハワイ,リトル・グラス・シャック,スウィート・レイラニ,または非常に美しいハワイの結婚の歌を聞いたことのない人がいるでしょうか。
ハワイ人の歴史 ― その行ない,創造物への愛,そして感情 ― は,長い歳月を経て続き,全世界を楽しませています。過ぎし時代の音楽の追憶は,翼を休めずにこの時代まで飛びつづけ,ハワイ音楽を聞くたびに新たに思い起こされる影像を残しています。
-
-
心臓発作を予防する目ざめよ! 1973 | 8月22日
-
-
心臓発作を予防する
● 英国の座業就労者1万6,882人を対象に行なった研究の結果は,たとえ週末だけでも激しい運動をする人は心臓発作を起こす危険が少ないことを示している。「激しい運動は心臓血管系の健康を増進する」と,同研究を行なった医師たちは述べている。「軽い運動は……それほどの効果をもたらさなかった」。たとえばきびきびした歩き方で丘を登ったり,自転車に乗ったり,庭を掘ったり,雪をシャベルで掘ったり,泳いだり,かなりの時間きつい柔軟体操をしたりする激しい運動は,心臓に良い影響を与えるものとなる。しかし,どんな激しい運動を始めるにせよ,まず最初に医師に相談すべきであると,同医師団は警告した。
-