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  • 入院している人を見舞う ― どうすれば助けになるか
  • 目ざめよ! 1991
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目ざめよ! 1991
目91 3/8 9–11ページ

入院している人を見舞う ― どうすれば助けになるか

友人が入院しているので,ぜひ見舞いに行きたいと思います。でも,何を言い,何をしたらいいのでしょうか。どんな物を持って行きますか。特に助けになるのはどんなことですか。言ってはいけないことや,してはいけないことがあるでしょうか。

見舞いに行くからには価値のある見舞いにしたいと思います。ただ「こんにちは」とか,ぎこちない態度で「お元気ですか」とか言うと,その後すぐに「さようなら」,そして最後に「早く良くなってね」という言葉を投げかけて帰って来る,というだけのものにはしたくありません。ではどうしますか。

まず最初のアドバイスです。見舞いに行く時機について分別を働かせてください。入院している当人かその家族に,いつが一番都合がよいかを尋ねることもできるでしょう。他の見舞い客や近親者が訪問しない時などがよいかもしれません。また,手術直後の,当人がふらふらしている時や,痛みを感じている時よりも,手術の行なわれる前日の夕方など,快活な,気を紛らす会話から病人が幾らか益を得られる時のほうがよいかもしれません。

賢者への言葉と,賢者からの言葉

この『快活な会話』について考えてみましょう。訪問している時はこちらから進んで話すという心積もりでいなければなりません。会話はいつも適度に明るいものに保ちます。病院のベッドに寝ている人は,見舞い客を手厚くもてなす主人として振る舞うよう気を遣う必要はないのです。見舞う人は気さくな態度や友好的な雰囲気によってその重荷を肩代わりすることができます。では次に,何を言えばいいでしょうか。どんな言葉は慎むべきでしょうか。

たとえ相手の容体が良くないように思えても,暗く陰気な顔をしていてはいけません。「喜びに満ちた心は治療薬として良く効き,打ちひしがれた霊は骨を枯らす」と,賢明な箴言の筆者は述べています。(箴言 17:22)ですから,会話を励みのある楽しいものにする責任は訪問者にある,ということを忘れないようにしましょう。―箴言 25:11。イザヤ 41:13と比較してください。

病人の家族や会衆についての最新のニュースを伝えるのは,それが良いものであれば特に,興味深くて建設的かもしれません。また,幾らかのユーモアには元気を回復させる効果があるということを忘れないようにして,相手をにこにこさせたり,笑わせたりするチャンスをとらえるようにします。しかしその場合,はめを外さないことが大切です。見舞いの目的は,おどけ者やピエロの役を演じることではなく,純粋の関心と同情心を表わすことにあるからです。

入院中の人には信頼感も必要です。ですから,担当の医師や病院について消極的なことは言わないように注意しましょう。普通,当人の容体や問題を,自分の個人的な経験や同様の経験をした他の人たちの問題と比較するのは,結果がよかった場合でないかぎり,あまり良いことではありません。人は皆それぞれ異なっており,病人の容体も一人一人みな違います。―箴言 18:13。

会話について最後に次の点を考えてみましょう。あなたは,機関銃の弾のように言葉を発し,大きな音をたてて落下するイグアスの滝の水さながらにしゃべりまくる人と一緒にいて,嫌な,うんざりした気持ちになったことがありますか。あなたは疲れ果てたのではないでしょうか。では,入院中の友人や親族を見舞う時にも,そうならないように注意しましょう。話は楽しく,建設的なものであるべきですが,その量とスピードは制御しましょう。話が1秒でも途絶えてはいけないかのように神経を使う必要はありません。ちょっとの間静かにして一緒にいるのも慰めになります。むしろ,見舞い客が次々に訪れてとめどなく話しかけ,病人を疲れさせてしまう,ということにならないよう自分も気をつけましょう。

面会時間をどのくらいにするか

世界のある地域では,家族が実際に病人と共に病院内で生活します。家族が病人を入浴させたり病人の食事を準備したりすることが期待されているため,その滞在期間は長期に及ぶことがあります。しかし,ほとんどの病院では,患者の負担にならないよう,また医師や看護婦がそれぞれの仕事を行なえるよう,面会時間は制限されています。そのため大抵の場合,親族か非常に親しい友人であれば1時間,単なる知り合いであれば30分間しか面会できません。患者からもう少しいてほしいと頼まれる場合はどうでしょうか。それでも早めに切り上げるのは良いことです。当人は疲れていたり,判断が鈍っていたりすることがあるからです。もちろん,分別を働かせなければなりません。しかし要は,長居をしてはならないということです。

このアドバイスを特に強調する必要があるのは,すでに病人のところに,当人や病院が適度とみなす数よりも多くの見舞い客が訪れているように思える場合です。実際,長時間の訪問を1回だけするよりも短時間の訪問を何回もするほうが望ましく,気遣いのほどもそのほうが一層よく示されます。しかし,入院している人の親族があなたの訪問に幾分反感を抱いており,時には憤りさえ抱いているように思える場合は機転をきかす必要があることも忘れてはなりません。―箴言 25:17と比較してください。

あなたの実際的な助け

見舞いに出かける前から,もう一つの事前の準備をしておくと助けになります。持って行ける何か有用な物があるでしょうか。何か新しい読み物はどうでしょうか。多分,当人も愛読している雑誌の,郵便でその日に受け取ったばかりの最新号がいいでしょう。当人はあなたが進んで自分の大切な最新号を持って来てくれたことに感激するかもしれません。特に興味深いと思った記事を一つか二つ読んであげることもできるでしょう。

ほかに何を持って行けるでしょうか。花や果物のようなささやかな贈り物でも,入院中の人は晴れやかな気分になるかもしれません。また,もし許可してもらえるなら,当人の好きなキャンディーや手作りの食べ物を持って行くことも,病人を元気づけるかもしれません。そのような食品については病人の家族に尋ねるか,あるいは病室にそれを持ち込む前に看護婦に尋ねるとよいでしょう。

また,病人のために持って来ることのできる物,あるいは病人の重荷を軽くしたり,もっと楽にしてあげたりするためにできることがほかにあるかどうか,医師や看護婦に聞いてみることもできます。医師や看護婦はあなたの援助を歓迎するかもしれません。

ほかにも何かをして助けになりたいと思いますか。ちょっとした用事がないかどうか当人に尋ねてみてください。だれかその人あての郵便物を受け取って届けているでしょうか。その人の家またはアパートの様子を見に行くことを申し出ることができるでしょうか。もしかしたら,退院前に幾人かの友人に手伝ってもらって家の掃除をしてあげることができるかもしれません。だれかが歩道の雪かきをしたり,植物に水をやったり,家に人が住んでいるように見せて夜盗を近づけないようにしたりすることが必要でしょうか。ペットの世話のことを心配しているでしょうか。こうしたことは当人の心に掛かっていても,こちらから尋ねなければ,なかなか言い出しにくいものです。見舞う人が親切に尋ねるのも,本当にその人を気遣っていることを強調することになるので助けになります。

病院に人を見舞う時のふさわしい礼儀について一言触れておきましょう。不思議に思えるかもしれませんが,あなたの服装や振る舞いによって患者に対する病院関係者の態度が違ってくる場合があります。医師や看護婦は,その患者を見舞う人たちがきちんとした服装をしているのを見れば,かなり良い印象を受けるかもしれません。そのような品位ある見舞い客がその患者の安否を尋ねている光景に何度か接すると,この患者は尊敬されている人に違いないと結論するかもしれません。もちろんそのとおりで,その患者は尊敬されている人です。聖書は,『神をあがめると言い表わす人にふさわしい仕方で』身を飾ることについて述べています。ですから,見舞う人はそうすることによって医師や看護婦がその患者をその人にふさわしい仕方で扱うよう暗に勧めることになるかもしれません。―テモテ第一 2:9,10。

難しい問題がある場合

時には病人が,医師や看護婦と話し合う点で深刻な問題を抱えていることがあります。あらかじめ用意しておける,当人のプライバシーを侵害することのない良い質問は,「具合いはどうですか。お医者さんはどうおっしゃっていますか」という質問です。もし事がうまくいっていないなら,そしてあなたが責任ある家族の成員か奉仕者であるならば,恐らく助けになれるでしょう。病人の福祉のために,自分から病院関係者に話してもっと詳しい情報を得る必要があるかもしれません。あるいは何らかの理由で医師と話したがらない家族に,一緒に行くことを申し出ることができるかもしれません。

そのような場合にまず思いに留めておくべきことは,医療機器や病院関係者に威圧されてはならないということです。患者は集中治療室に入れられ,いろいろな機械や重病人に囲まれているかもしれません。医師や看護婦は非常に忙しそうで,もしかしたら無愛想に見えるかもしれません。邪魔をするのがこわいような気持ちになりがちです。ましてや厄介な事柄のように思われかねない問題を持ち出すのは気が引けます。しかし,もしあなたが患者の正当な代弁者であれば,あなたは(それに患者は)当然はっきりした答えや他に取り得る道を示してもらえるはずです。自分の務めを果たすまでは,いろいろ言われても思いとどまるべきではありません。迷惑をかけないように気をつけながらも,イエスさえ例えの中で,人の権利である気遣いや情報を得られるよう頼み続ける必要がある時もあるということを強調されたのを思い起こしましょう。―ルカ 18:1-6。

訪問を振り返る

訪問を終え,気持ちのよい雰囲気を残して帰った後,自分の言動を振り返ってみることができます。そうすれば,こんどその人を,あるいは他の人を見舞うときに,どうすれば一層効果的で満足のゆく見舞いになるかが分かるかもしれません。

一般的に言って,病院に見舞いに行くことによって成し遂げることのできる事柄はたくさんあります。準備することと,助けになりたいという気持ちとが大切であることを忘れないようにしましょう。うまく機会をとらえるなら,その時を十二分に活用して,「[実の]兄弟より固く付く友人」であることを証明できるかもしれません。―箴言 18:24。

[10ページの囲み記事]

助けになるお見舞い

1. 準備をする。

2. 相手の状態を考慮に入れる。長居をしない。

3. ふさわしい服装をして行く。

4. 自分から話すようにするが,しゃべりすぎない。

5. 役に立つ物を持って行き,また手伝いを申し出る。

6. 温かい態度で接し,元気づけるようにする。

7. 次にまた少しの時間立ち寄る。

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