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目ざめよ! 1975
目75 6/22 21–24ページ

ケベックにおける自由の新時代

今日ケベックを訪れるとしたら,あなたはそこに何を見るでしょうか。

あなたの目に映るのは,北アメリカの他の場所とあまり変わらない社会でしょう。カトリックが全面的に支配していた期間,人々の頭上をとばりのように覆っていた恐怖や抑圧はもはやありません。教育,仕事,家族計画,宗教などについて,人々は自分で決定を下し,司祭がそれを是認するかどうか,というようなことはもう気にしなくなりました。

1964年以降,教育行政は政府によって引き継がれ改善されました。教育の重点は,神学や哲学ではなく,商業と技術訓練に置かれています。フランス系カナダ人の若人が商工業界に進出する機会はますます多くなっています。

新聞その他のマスコミの媒体は,今日の諸問題を自由に研究し,研究結果を公表します。今日のケベック人は,かつてないほど多くの知識を有し,事情によく通じています。教育を受けた民衆の世論は,より良い政府を要求しています。

最近のケベックでは,エホバの証人のような少数者も,ほかの所と同じように自由です。「静かな革命」以前には知られていなかった,知性の自由,という全く新しいふんい気があります。

ケベックは,後進性という暗やみの中から現代社会へ大きく一歩踏み出しました。生活上の一般的な事柄に関するこうした変化により,多くの事態が改善されました。しかしもう一つ,人間が必要とする考慮すべき重要なものがあります。

宗教的空白 ― それを埋めうるのはだれか

社会の中核となっているものが急に取り除かれると,そのあとは必ず空白になるものです。ではケベックの場合,カトリック教会の権力の急速な衰微に続いてどんなことが生じたでしょうか。

モントリオール・スター紙の記者ラルフ・シュレットは次のように述べています。「カトリック教会は300年にわたり,フランス系カナダ人社会の中核をなす存在であった。……そのような権力が地に落ちる時には,どんなことが起こるだろうか。……教会がかつて強固な地位を占めていた所で,平信徒の側にも聖職者の側にも苦もんと無関心が生じた」。

ではこの宗教的空白を埋めることができるのはだれ,または何でしょうか。人々が必要としている霊的慰めを与え,聖書教育を施す用意があるのはだれですか。カナダにある宗教のほとんどは,優勢なカトリックの位階制を恐れ,ケベックで布教することをこわがっていました。その結果,宗教的必要が存在する今,それを満たす用意がありません。

しかしながら,顕著な例外が一つあります。エホバの証人は過去50年間,時が良くても悪くても,愛のこもった関心をフランス系カナダ人にたゆまず示しつづけ,望む人すべてに聖書を教え,霊的慰めを与えてきました。ケベックにおけるエホバの証人の地歩はいまや確立し,130の会衆と7,000人を超える人々が,聖書を教える奉仕に活発に参加しています。彼らには,宗教的空白を埋める用意と能力があります。しかし,人々の信頼を得ることができるでしょうか。

尊敬と信頼を勝ち取る

以前エホバの証人がケベックの住民の間で受けた反対は,当時の宗教指導者と政治指導者を後ろだてに偽りの情報が流されたために引き起こされたものであることが,今では十分明らかになっています。そのうちに人々はエホバの証人を直接に知るようになり,現在ではだいぶん違った見方をしています。

フランス系カナダ人の寄稿家アンドレ・ルーフィアンジェは,1973年7月30日付のル・ジルナル・ド・モントレアル紙の中で次のように述べています。「デュプレシスは墓の中でびっくり仰天して寝返りを打ったに違いない。彼は,エホバの証人をかかし扱いにし,当時の学校で,エホバの証人は悪事を行なう宗派だと,われわれに思い込ませた人物だ。……わたしはエホバの証人ではない。しかし,彼らがその実力と振る舞いの正しさを証ししている事実に対する証人である。……実際,非常にいい人たちである。もしこの世界に彼らだけがいるとしたら,われわれは夜になってもドアに差金をして締めたり,警報機をつけたりする必要はないだろう」。

エホバの証人と,彼らが人々の家で平和裏に行なう聖書教育のわざとは,今のケベックで見られる,よく知られ受け入れられているものの一つです。人々はよく証人たちに,『教会はなくなってしまいました。これからどうなるのでしょう。わたしたちはどこへ行けばよいのでしょう』と言います。そして多くのケベック人は今,多年支配してきた教会に対する信頼を失ってしまい,自分たちの個人的な問題や宗教上の必要に真剣な関心を向けてくれる唯一の人々として,エホバの証人に心を向けつつあります。

証人の組織は,質や円熟性の点で成長しているばかりでなく,数も増加しています。エホバの証人は過去10年にわたりモントリオールにフランス語学校を設けてフランス語を教えてきました。すでに1,200人以上の人々がそこで基礎フランス語を学びました。その人々は,カナダの他の場所から,奉仕の分野で必要のより大きい所で働くために移転してきた人々でした。

さらに1974年の夏には,エホバの証人は,現代フランス語に訳された聖書を,だれでも手に入れることのできる価格で発行しました。ケベックの人々を霊的に励ますために,可能なかぎりのことが行なわれているのです。この興味深い,意欲をふるい起こさせる人々の間で働くことがいかに楽しいか,エホバの証人はよくそのことを口にします。

ケベック市で発行されているル・ソレイユ紙の記者ジョルジュ・ベレールは,1974年8月に同市で開かれた「神の目的」大会に出席したあと,次のような感想を発表して,証人たちが尊敬を勝ち得ていることを示しました。「エホバの証人は過去数年の間にケベック州内で驚くべき増加を見た。……

「エホバの証人にとって宗教は生きる道であって,儀式の寄せ集めではない。正直と道徳的清さを強調しながら彼らは,キリストが本当に神の子であること,そして未来の命に対する希望はすべて,キリストに対する信仰のいかんにかかっている,と説く。そして非常に近い将来に,われわれの世代に,現在の悪い体制は神の王国によって滅ぼされる,と彼らは信じている」。

ケベックでエホバの証人の活動が成功しているということ,また能率的に行なわれているということ自体,ケベックの人々の尊敬と信頼を得る一因となっています。モントリオールで発行されている,1974年7月28日付のル・プティ・ジュルナル紙は,一方の側の宗教的衰退と他方の側の発展とを公然と指摘し,次のように述べました。「伝統的な宗教は,教会出席者が減少の一途をたどって衰えつつあるのに対し,エホバの証人はメンバーの増加を見ている。その新しいメンバーを集めるために,以前の教会の建物や他の施設を購入することさえしている。

「1945年には[ケベックにおける]彼らのメンバーは356人にすぎなかったが,1974年には州全体に7,000人ほどいて120の会衆に分かれており,それらの会衆は125の町で伝道している。

「1973年にはエホバの証人のメンバーは22%増加した。ケベックで証人がこのように大幅に増加したために,数個のホールと教会が購入され,集会所に当てられた。モントリオール地区内で購入された最も重要な建物は,サン・リュにある定員1,800人のドレミー・ダンス・ホールである」。ケベック州,サン・リュにあるこの建物はエホバの証人の大会ホールになっています。

ジョリエットの町(ケベック)は,かつてはカトリックにとって特別の中心地でした。町の中でいちばん高い建物の一つは大きな神学校でした。1949年のこと,エホバの証人の宣教者たちは,カトリック教徒の暴徒によりこの町から追い出されました。―「目ざめよ!」の1950年4月8日号(英文)をご覧ください。

しかし今ジョリエットにはエホバの証人の活発な会衆があり,大通りの一つに面したところに立派な王国会館が立っています。神学校はそのうちに政府に買い取られ,地域大学に変身しました。エホバの証人は,年に二回開かれる巡回大会の会場として,この元神学校を二回使用しました。

ローラン・グラグノンは,1949年に暴徒が騒動を起こした時にそれに加わって,エホバの証人を町から追い出した実業家でした。現在の彼は,エホバの証人のジョリエット会衆の一員です。

今では人々はエホバの証人を以前よりもよく知っていて,生来人なつっこくて陽気なフランス系カナダ人の多くは,提供される,人を励ます聖書の知識に答え応ずることにより,信頼と尊敬を示しています。

ところで,この教えは,受け入れる人々の生活にどんな影響を及ぼしているでしょうか。

人々は助けられている

この不安定な世界には多くの圧力があります。問題は人類すべてに関係していますが,特に援助を必要としているのは若い人々です。エホバの証人はその援助を差し伸べています。1974年7月28日のラ・パトリー紙に掲げられた,「エホバの証人に救われた麻薬中毒の若いヒッピーたち」という見出しは,ある良い成果に注意を向けています。

その記事は,以前麻薬常用者だった四人の若者 ― 三人は男で一人は女 ― が,身を清くし,道徳上の行ないを改めてエホバの証人になったいきさつを説明しています。エホバの証人になる前とあとの姿を示す写真も載せられていて,「前の」写真には長髪でだらしないかっこうの若者たちが写っており,「あとの」写真には,きちんとした服装のしっかりした若者たちが写っています。

アンドレ・ル・ブル記者はその記事の中で次のように述べています。「全精力を投入できる人生の目的をついに発見した,と彼らは言っているから,彼らの生き方は大きく変化したのである。……聖書の原則を日常生活の中で実行するなら,道徳行為や生活の質が向上するということを,すべてのエホバの証人が認める」。

モントリオール生まれでカトリック教徒だった別の若者は,ギャンブルに熱中していました。彼は次のように書いています。「ある晩わたしが競馬を見に行っていた間に,義理の兄夫婦がわたしの家にやってきて,『とこしえの命に導く真理』という本を二冊妻に渡していきました。家に帰ると妻は,この体制の終わりが近いこと,エホバの側に立たない者は滅ぼされることなど,学んだ事柄をわたしに説明しました。妻はその青色の小さな本の94ページを開いて,わたしに読むように勧めました。妻はそれを読まねばならないことをわたしに納得させました。というのは,わたしは自分のゆき方にほとほと困惑し,改めなければならないことを知っていたからでした。わたしは夜も寝れないほど良心に責められていました。

「翌日わたしはその本を読み,その日の晩に,聖書の勉強の援助を義兄に頼みました。現在では,妻と共にエホバの証人に加わったことをうれしく思っています」。

こうした経験は,エホバの証人の伝道や教えるわざによって助けられた人々の経験のほんの一部にすぎません。このような喜ばしい例はまだいくらでもあります。

多くの人々の心を動かすのは,エホバの証人のどのような訴えでしょうか。それは,エホバ神とみ子キリスト・イエスの政府が,誤りの多い現体制から地の支配をまさに引き継ごうとしているという,簡明な音信です。この政府は,その新秩序に住む資格のある人すべてが幸福になりまた命を得る結果をもたらす変革を行ないます。

ケベックではすでに喜ばしい変化が見られましたが,最も大きな変化は神の王国を通してこれから訪れます。エホバの証人はすべての人に,彼らに加わって,愛の神エホバ,そして人類に対する神の偉大な目的に関しさらに多くのことを学ぶよう勧めています。聖書は次のように述べています。『悪しきものの謀略にあゆま……ぬ者はさいわいなり……かかる人はエホバの法をよろこ(ぶ)……そのなすところ皆さかえん』― 詩 1:1-3。

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