竹馬に乗った町
オランダの「目ざめよ!」通信員による記事。
「おじいちゃん,地面が揺れてるよ。地震かな」。アムステルダムで休暇を過ごす十代の孫に,おじいさんは笑みを浮かべてこう答えました。「いいや,フランク,地震ではないんだよ。今トラックが音を立てて通ったので地面が揺れたんだ。この町の地面は非常に不安定で,急に重みが加わると,周囲の物が揺れるんだ」。
フランクはほっとため息をついて,「こんなこと初めてだ。本当に怖かったな」と言いました。
「市の役人も心配しているが,それも無理はないんだ,フランク。古い町の中の曲がりくねった道をたくさんの車が走るから震動が起こるんだよ。そのために,こうしたことを予期せずに建築された,幾世紀も前の建造物の傷みが激しいのだ」。
しばらく歩いた後,フランクはこう尋ねます。「地面がそれほど泥が深くて柔らかいのに,どうして古い家がまっすぐ立っていられるんだろう」。
「竹馬だよ,フランク」。
「竹馬?」
「そう,もっとも建築の専門家はそんな言葉を使わないだろうがね。この建築方法について話そうかね」。
「お願いします」。
「このベンチに腰掛けよう。それでは,家やアパートや塔,道路,橋などすべてのものがない状態を想像してごらん。何が残るかね」。
フランクは目を閉じ,そうしたものが何もない様を頭に描きます。「ええと,……何も残りません」。
「ご名答。この辺は最初,そういう場所だったんだ。つまり,河口の湿地帯に過ぎなかったんだよ。やがて農夫が数人と商人が一人,二人住み着いた。アメステル川の河口には,上げ潮を防ぐためにダムが作られた。当時その地域に建てられた家屋は,今日のものとは全く違っていたんだよ,フランク。物がほとんどなくても人々は満足していたんだ。彼らはアシや小枝で作った簡単な土台の上に,木の壁を組み立てた。そして壁の上にアシの屋根を取り付け,防火材として泥土を塗ったんだね。こういう初期の家はほとんど重みがなかった。一軒の家に火がつくと,隣りに住む人は自分の家を取り壊して,安全な場所へ家を移したんだよ。
「火事の危険が尽きなかったため,やがて,さらにがんじょうな建築物を造ることが必要になった。昔の“アメステルダム”は15世紀に2度も大火に遭い,1452年の大火では,当時存在していた家屋の半分以上が焼け落ちた。その後,役人は木造の壁を許可しなくなり,れんが造りの建築にするよう命じた。このために市民は新たな問題を抱えるようになった。その問題というのはお前にはすぐに分かるな,フランク」。
「アシや枝でできた古い土台では,れんがの壁は支えられないと思うけど」。
「そうなんだ。もっとしっかりした土台が必要になった。まず,湿地に木の柱,つまりくいが打ち込まれた。初めのうち,このくいの長さはわずか1.2㍍ないし1.5㍍ほどだったが,大きな家が建てられるようになると,7.6㍍もあるくいが用いられた。
「それでも,昔のアムステルダムの家屋は非常に原始的なものだった。数軒の家がたった一つのトイレを使用していた。販売契約の中には,だれが責任をもってトイレの容器を空にし,どの家を通して汚物を運搬するかが明記されていたんだよ。トイレの設備のない家を建てることを市当局が禁じるようになったのは,1528年になってからのことだ。町は次第に活気ある貿易港になり,もっとがんじょうな建物が必要になった。17世紀の初頭には,町の湿地帯の地下11㍍ほどのところに,固く引き締った砂の層があることが分かった。それ以降,市当局は,その固い地盤に届くまでくいを打ち込むよう要求した」。
「とても面白い話だね,おじいちゃん。でも,どうやってその長いくいを土の中に打ち込んだの」とフランクは答えます。
「くいは長い間手で打ち込まれていた。最初は簡単な大づちを使っていたが。その後,両側に取っ手の付いた,もっと重い石のつちを二人の男が上下に動かして打ち込むようになった。さらにその後に作られた石のつちは,二本の誘導棒の間で上下に動かすというものだった。滑車にロープを掛け,そのロープでつちを引っ張り上げた。つちを上げ下げするのに力の強い男たちが大勢必要だった」。
「そんなにたくさんの人がロープを引いても将棋倒しにならなかったのは,どうしてなの」。
「それは良い質問だ。昔のそのアムステルダム人たちは,解決策を発見した。その太いロープに細いロープを結び付けて,各々が自分のロープを引けるようにしたんだ。もちろん,それは単調な作業だった。それで単調さを打ち破るために,つちのリズムに合わせて特別なくい打ち歌を歌った。大抵,親方が歌を歌い,労働者たちがリズムを付けたんだ。リズムと歌の速度を速めるために,強い酒が出されたものだが,それは不品行やけんか,また建築法規違反の原因になった。
「幾百年もの間,木のくいしか用いられなかった。このくいは1本で8㌧から12㌧しか支えられないから,大きな建物の下には多くのくいを打たねばならなかった。この間,王宮を見たのを覚えているかい。あれは1万3,659本もの木のくいの上に建てられているんだよ」。
「でもおじいちゃん,木のくいはいつまでも腐らないの。新しいのに取り替える必要はないの」。
「そう思えるだろうね。でも,くいの先端を水面の下まで打ち込んでおけば,何百年ももつんだよ」。
「今でも木のくいが使われているんですか」。
「小さな建物には時々使われているが,普通は鉄筋コンクリートのくいが使われているね。鉄筋コンクリートだと水面下まで打ち込む必要はないし,木のくいに比べて重圧に耐える力がはるかに強い。さて欠陥の生じたくいを取り替える問題だが,取り替え用のくいは,長さ1.2㍍ほどの短いくいを組み立てて作る。この短いくいは中空になっていて,それぞれを縦に接続させて一本の完全なくいが出来上がるようになっている。このくいは油圧で地面に押し込まれる。短いくいが一本押し込まれると,そのくいの根元の土が中空部分を通して取り除かれる。短いくいが一本押し込まれると,固い地盤に達するまで一本ずつくいが土の中に打ち込まれていくんだ。それから中空部分にコンクリートを流し込んで,組み立て式のくいをさらにがんじょうにし,くいの底を広くして重圧に耐える力を強くする。従来のようにくいをつちで打つと周囲の建築物が損なわれたり,近辺の病院や事務所にいる人々がくい打ち機の騒音に悩まされたりするようなところでも,やはりこの方法が使われるんだよ」。
「おじいちゃん,このお話,どうもありがとう。休暇が終わって家に帰ったら,友達にオランダのいろんなことを話せます」。