「目ざめよ!」誌の読者が行なった人命救助
「目ざめよ!」誌の1979年2月8日号(日本文1979年5月8日号)には心臓に関する一連の記事が載せられました。そのうちの一つの記事は,意識を失った人に外部からの心臓マッサージと人工呼吸(心肺蘇生術,あるいは略してCPR)を施す方法について論じていました。イタリアの「目ざめよ!」誌の読者の一グループは,この情報のおかげで人命救助ができたことについて報告しています。救助した人の一人はその時の模様を次のように語っています。
「その日私はエホバの証人の一グループと一緒に,山歩きに出かけることにしました。……その日はすばらしい天気で,山腹に生えている見上げるような松の木陰に入ってさえ夏の熱気が感じられました。それで,近くのスポーツセンターのプールへ行き,みんなで涼を取ろうということになりました。私たちはそこではめをはずして,プールに飛び込み泳ぎ回りました。……
「その時突然に,悲劇的な出来事が起こりました。5,6歳の子供を腕に抱いた中年の男の人がやはりプールの中に入っていました。ある所まで行って,その人は知らずして,泳げない人は入らないようにとされている所に入ってしまいました。生死を分けるような一瞬でした。大変なことになったのに気付いた男の人は,最後の力をふりしぼって子供を浅い方へ投げ出し,間もなくプールの底へ沈んで見えなくなってしまいました。その人は絶対に助からないように思えました。少し沈黙が続いた後,私たちのグループのがんじょうな人が一人そのかわいそうな人を助けるために飛び込みました。私たちはやっとのことでその人を水の中から引き上げました。……周りに立っていた人たちは,その人は死んでいるので蘇生術を施してもむだだと考えました。事実,その人の呼吸は止まっており,心臓は動いていませんでした。一同があきらめかけたとき,私たちのうち一人が『こんな時には人工呼吸を施すようにと「目ざめよ!」誌に提案されていたぞ!』と声を上げました。私たちの友人のうち体のがっちりした者がすぐにその人を横にし,……1979年2月8日号の『目ざめよ!』誌を読んで覚えていた指示に従って口移しの蘇生術を始めました。それでも,その人の心臓は動き始めませんでした。それで,グループの中にいたもう一人の人がひん死のその男の人の胸をしっかりした手つきで押し始めました。その人の顔に赤みが差し始めたとき,本当に深い喜びと想像し難い感情を味わいました。目が再び表情豊かになり,その人は話し始めたのです!……
「緊急時にどんな処置を施したらよいかだれも知らなかったなら,どうなっていたかは想像するよりほかはありません。そのような有益な提案を与えているのは『目ざめよ!』誌だけであるというつもりはありませんが,物事を簡潔に,そして実際的な仕方で説明しているその特徴を強調しておきたいと思います」。
米国オハイオ州に住む,「目ざめよ!」誌の読者も同じような経験をしました。その女性は次のような手紙を寄せています。
「『目ざめよ!』誌に載せられた,おぼれた時の処置に関する記事に感謝したいと思います。……今日,私の家のプールで,おいがすんでのところでおぼれそうになりました。その記事のことがすぐに思い浮かびました。それは,[事態が]絶望的に思えても,口移しの蘇生術をしてみることの価値を指摘していました。おいは死んでいるように思えましたが,助けが来るまで口移しの蘇生術を施すことにしました。あの記事を読んでいなかったなら,おいを助けることができなかったに違いありません。
「今日,一つの命を救うことができたのもその記事のおかげです。そのことに本当に感謝したいと思います」。