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メシヤを確認する強力な証拠ものみの塔 1966 | 1月15日
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24 アルタシャスタの命令が実施されるまでには,発布以後少なくともどれだけの時がたちましたか。それは何年何月何日になりますか。(注)(イ)ヘングステンベルグという学者は,アルタシャスタの第1年と第20年をそれぞれ何年としていますか。(ロ)それは他の歴史家によってどのように裏づけられていますか。
24 王の冬の宮殿があったシュシャンからエルサレムまではおよそ4ヵ月の旅を要する道のりです。従ってネヘミヤの到着は11番目の月アブの初め頃となります。ネヘミヤは休息と協議のために3日を費やしてのち,夜の間に城壁を視察し,それから建設開始の命令を出しました。これは紀元前455年アブの月の3日ないし4日,すなわち紀元前455年7月26,27日ないし27,28日となります。それはなおアルタシャスタの20年目です。c (ネヘミヤ 2:11-18)ダニエルの重要な預言に述べられた時の起算点はこれです。エルサレム再建の命令が実施されたのはその時でした。d
七十週の長さと終わり
25 (イ)成就において,70週および69週はそれぞれどれだけの長さですか。(ロ)週はいつから数え始められますか。69週の終わった時をどのように計算しますか。
25 預言的な週の長さについて言うと,アメリカ訳およびジェイムス・モハット博士の訳はダニエル書 9章24節から27節の表現を「七十週の年」と訳しています。それでこれは一週を7年とする70「週」であり,490年(70×7)のことです。メシヤは69週の年(7+62)を経てのちに現われるでしょう。この預言に従って紀元前455年から数えると,メシヤなる君の出現する年はいつになりますか。
[図表]
紀元前455年から紀元前1年=454年
紀元前1年から西暦1年=1年
西暦1年から西暦29年=28年
69週の年=483年
26 (イ)この預言によれば,メシヤはいつ現われるはずですか。(ロ)だれがその年に現われて,預言は成就されましたか。なぜそのとき彼をメシヤと呼ぶことができましたか。(ハ)メシヤを確認する証拠がほかにありましたか。(ニ)69週の始まった時に関して,どんな興味深い事実がありますか。(ホ)城壁はいつ完成しましたか。
26 従ってメシヤの現われるべき年は西暦29年です。その年イエスが現われ,ヨルダン川でヨハネによってバプテスマを受け,天からの聖霊を受けて油そそがれ,「油そそがれた」あるいは「油そそがれた者」を意味するメシヤすなわちキリストになったことは,証明された歴史の事実です。その時まで彼はイエスという人でした。しかし聖霊によって油そそがれるまでは,イエスを油そそがれた者と呼ぶことはできません。ヨハネはイエスが油そそがれたことをあかしし,エホバは象徴であるはと,および天からのみ声によってあかしを立てられました。(ルカ 3:1,2,21-23)時が正確に数えられていることを示して興味深いのは,69週の始まった年の初めがニサンではなくてチスリであったことです。イエスがバプテスマを受けて油そそがれたのもチスリの月でした。城壁の建設を始めた月は,ネヘミヤ記 6章15節の次の言葉からうかがわれます。「こうして城壁は五十二日を経て,エルルの月〔12番目の月〕の二十五日に完成した」。エルルの前月アブは30日の月ですから,城壁の建設は紀元前455年アブの4日すなわち7月27日,28日に始まり,紀元前455年9月16,17日に完了したに違いありません。それはなおアルタシャスタの第20年にはいります。
27 紀元前455年がシオンに対する恵みの年として注目されるのはなぜですか。
27 たしかにダニエルの預言は真実です。ペルシャ王アルタシャスタ・ロンジマナスの第20年は,シオンに神の恵みが示され始めた時として特筆すべき年です。それは歴史上最も顕著な年の一つにかぞえられるでしょう。それは長く待ち望まれた神の女のすえ,メシヤの出現に至る69週の年の初めにあたるからです。―ダニエル 9:25。
28 (イ)「七十週」に関するダニエルの預言は,ユダヤ国民と今日のわたしたちにとってどんな目的をはたすものとなりましたか。(ロ)バプテスマのヨハネが現われたとき,ダニエルの預言の示す時にユダヤ人が注目していたことは,どうしてわかりますか。(ハ)第七十週目の半ばと終わりに何が起きましたか。
28 ダニエルのこの著しい預言は400年のあいだ光となってきました。それだけにとどまらず,この預言はユダヤ国民にとり,また今日のわたしたちにとってもメシヤを見分ける最も強力な証拠のひとつでした。483年の期間の過ぎないうちに,メシヤの先駆者に関する預言が成就し,ユダヤ人はバプテスマのヨハネがメシヤの出現を告げるのを聞きました。事実,ダニエルの時の預言を含めて預言を考え,またバプテスマのヨハネのわざを見たユダヤ人は,君なるメシヤの現われることを期待していたのです。ルカによる福音書 3章15節に次の言葉があります。「民衆は救主を待ち望んでいたので,みな心の中でヨハネのことを,もしかしたらこの人がそれではなかろうかと考えていた」。ダニエルの預言通り,最後の週の年の半ば,すなわち3年半の宣教の後にイエスは絶たれました。イエスは秋の月チスリに始まった陰暦の年の半ばにあたるニサンの月の14日に,苦しみの杭の上で死なれました。それから3年半たって七十週目の年が終わりを告げると共に,コルネリオに油がそそがれました。コルネリオは異邦人の中からはじめてキリストのからだの成員に選ばれて油そそがれた人です。―イザヤ 40:3。マタイ 3:3。ダニエル 9:24。
29 ダニエルのこの預言をしらべることからどんな感銘を受けますか。わたしたちは何をすべきですか。なぜそうですか。
29 ひとりびとりの人間のみならず国々の民に関連したこのような預言を成就させるに必要な驚くべき力と先見を考えるとき,分別のある人はイエス・キリストをメシヤとして認め,あるいは少なくとも相当の考慮を払わざるを得ません。生命を真実に願う人はそうします。メシヤは神の女のすえであり,また神の敵を滅ぼすアブラハムのすえだからです。またこのすえによって,全地の民が自分を祝福します。全能の神エホバのみ子であり,油そそがれた王また導き手であるこのかたに信仰を働かせ,その教えを守ることによってそうするのです。―創世 22:17,18。
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創造者を見い出すものみの塔 1966 | 1月15日
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創造者を見い出す
◆ 仏教も共産主義も創造者に関して,人々を暗やみに閉ざしていますが,このことを考え,真理を探求している人もかなりいます。ベトナムのある若い父親は進化論をあまり信じていませんでしたが,お祭りの時にひろった聖書の冊子を読んで興味をおぼえました。後日,彼は欽定訳聖書を自分で求め,創造に関する記録を読んで満足しました。しかし子供たちから太陽や星などについて尋ねられると,答える事ができないありさまでした。その後宣教者が聖書を教えて回っている事を聞き,宣教者の家を訪ねました。宣教者はエホバの証人でしたから,真理を求めている人をすぐ帰す事はありません。「楽園」の本を用いて研究が始められ,その人は創造の驚異をだれに感謝すべきかを知る人々の列に加えられました。彼はいまそのことを他の人に伝えることによって感謝を表わしています。―エホバの証人の年鑑から
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