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ヱホバの制度を支持するものみの塔 1955 | 6月1日
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的な寄附もよろこびをもたらし,ヱホバに讚美を捧げるものです。すべての人は強制されることなく,心から進んで,自分自身が必要とする多くのものをすら捧げ,証言の言葉だけによらず,業の物質的な面での拡大にも参加します。
25 新しい者が集まるために,どんな物質的な備えはなされていますか?
25 幾十万,多分幾百万という人は,これからも来て参加し,ヱホバ讃美の合唱を一層増大させるでしよう。将来の事を図り計画することにより,彼らのための備えは協会の支部制度および地方毎の御国会館を通してすでになされています。これらの人が私たちと共に集められ,宣教の業のために訓練をうけねばならないとすると,私たちはその人々のために場所を備え,これらの場所の使用料を払わねばなりません。この目的のために寄附箱は御国会館に置かれており,そして兄弟たちから受け取る自発的な寄附は,会衆の費用を賄うのに用いられます。会衆が決定をするたらば,超過の中から,支部の『あなたの寄附の見込み』資金の寄附が,会衆より協会になされます。兄弟たちはこのことをよろこんでいたします。
真実な繁栄
26 キリスト教国は神の御名によつて集めた富を,どのように悪く適用し,悪く用いましたか?
26 偽りの宗教制度はあらゆる手段を用いて巨大な額のお金を集めます。このお金は,大きな費用のかかる建物を建てるのに用いられますが,大抵そこに集まる人々には払え切れない程のものです。それだけでなく,ぜいたくな牧師や,しばしば雇いの合唱隊を維持します。その群の人々は,これらの制度に献金をなし,その堂々たる建物を見上げて自分たちは繁栄していると考えます。彼らは,それよりも『見すぼらしく』『神々しくない』建物に集まらねばならない人を不幸と考えます。しかし,このすべてのものは神の栄光に何を貢献し得るでしようか? 今日の最も美しく,また高価な教会で,ソロモンの宮の栄華と匹敵し得るものがありますか? しかし,その崇拝の宮の建て主は,献堂の祈の中で次のように言いました『神果して地の上に住み給うや。視よ天も諸の天の天も爾を容るるに足らず。まして我が建たるこの家をや。』(列王紀略上 8:27)キリスト教国は,神の御名によつて集めた多くの富をなんと悪く適用し,また悪く用いているのでしよう!『ひと神のものをぬすむことをせんや。されど汝らはわがものを盗めり,汝らは又何において汝のものをぬすみしやといえり。十分の一および献物においてなり。汝らは呪をもて詛わる。また汝らすべての国人はわがものをぬすめり。』(マラキ 3:8,9)キリスト教国がその帰依者から奪い取つたすべての金は,ヱホバに讃美の言葉をも,又彼の御準備の慰めを人々にもたらしていません。それどころか,キリスト教国の富は偶像崇拝に用いられています。『さればイスラエルの家よ,主ヱホバかく言う。なんじらおのおの往きてその偶像に事えよ,されど後には汝らかならず我に聴きて重ねてその礼物と偶像をもてわが名を汚さざるべし。』― エゼキエル 20:39。
27 ヱホバの証者の繁栄はどこに見出されますか?
27 これとは別に,ヱホバの証者は,その神の奉仕と讃美に全く訓練をうけた奉仕者で成り立ち,そして絶えず拡大する制度を示しています。これは彼らの繁栄であり,彼ら各人は繁栄を可能にさせる取り極めを惜しむことなく支持するのによろこびを感じています。彼らは自分自身を富ますために大額を集めることをせず,また金の入用とか,又は必要な金の出費によつて,その制度の真の目的から反れることは決してありません。そして又,御国会館でうける祝福に「支払う」ものとして寄附をするのでもありません。真理は金や銀よりも貴重なものであり,お金で買うことのできないものです。真理は神の愛をもたらし,愛は惜しまず与えることに表明されます。
28 全会衆の一致は,与えることにどのように述べ表わされますか?
28 ヱホバの証者の会衆で,制度の経費を担うのは僅か数人ということでありません。彼らの一致を一層良く示すものとして,業の資金を供することは,すべての者が一致して与えることにより達成されます。例えば,50人の人が御国会館に集まり,その会館の借用料が1ヶ月30ドルとします。それは各人あたり平均60セントということになります。ある人はそれ以上に出すことができ,ある人はそれ以下を出すことができます。60セントの額を出し得ないからといつて,恥づかしいとか,全然参加できないなどと感ずる必要はありません。ヱホバは「貧者の一燈。」を必らず認められるとイエスは示し,このことを明白にされました。『ある貧しいやもめが殆ど価値のない金二つを投げ入れるのを見て,こう言われた。「真にあなた方に言う。この貧しいやもめは,彼らすべてのものよりも多くのものを投げ入れた。これらすべての者は,あり余る中から献金を入れたが,この女はその乏しい中から持つている全部の生活費を入れたのである。」』(ルカ 21:2-4,新世)豊かに持つているものは,できるだけのものを与えます。そうしても苦痛はなく,またそれは主のよろこばれるものです。しかし貧しいながらもその少額を献金する者は,はるか大きな程度まで自分の誠実を示します。
29 制度を物質的に支持することが,多くの資金を持つ者だけに限定されてはならないことは,どのように示されますか?
29 キリスト教国の偽りの宗教は,小額の献金をよろこばず,奨励しませんがヱホバの制度内でそのようなことはありません。物質を与えることはクリスチャンの立場の重要な部分であり,神への感謝と共にうけいれられるとパウロが表明したことを記憶して下さい。伝道という慈善の業は,奉仕者にとつて一番の関心事ですが,しかし,たとえ少いものにせよ慈善の贈物によつて制度を支持しようとする努力は,クリスチャンの霊的な健康および円熟に是非必要なものであります。どうしてそうですか? 少しのあいだ霊的な贈物を考えて下さい。例えば,家から家へと良いたよりを伝道するのに,毎月1時間だけを費すことのできる奉仕者の贈物を考えてごらんなさい。御国の発展のために献げられたこの貢献は,たとえ少いものであつても,拒絶されることは絶対にありません。そして,その兄弟が一月に1時間以上することが不可能であるならば,誰一人としてその兄弟の努力について「平均を引き下げている」などとは見ないでしよう。その兄弟が御国の証言に参加したことをすべての人はよろこび,善がなされたことと認めます。その兄弟の1時間と,その月の伝道に用いられた幾千時間とを比較しようなどと考える人は一人もいません。それでは,慈善の贈物として15セントまたは20セントを献金し得る者が,自分の献金を会衆の総計出費や支部が毎月費す巨大な額と比較すべきでしようか? 奉仕でほんの数時間を費し得る人々は,「開拓者はもつと多くの時間を献げることができる」という理由で家に居るのではありません。物質の面で制度を支持することと,その与えることに伴う祝福は,多くの資金を持つ人に限られてはなりません。エリヤの期間に始まつた真の崇拝の回復に,霊的な与えものをせよとの召に何人も答え応じなかつたならば,そして又誰一人として伝道しなかつたならば,ヱホバの讃美の拡大は無かつたことでしよう。それでは,どうして私たちは真理に導かれることができ得たでしようか? これと同じように,過去 ― および現在でも ― かくまでも物惜しみせずに献金する人が一人もいなかつたならば,業は切り詰められてしまい,今日『ものみの塔』を読むなどということは不可能なことでしよう! ヱホバの制度が円熟し,施しの御霊がその民の上にあることに対し,すべての感謝をヱホバに捧げます!
産出に参加
30,31 農夫の例は,制度内にすべての活動が必要であることをどのように示していますか?
30 会衆にいる者たちは,地方的な制度の入用に答え応ずるだけでなく,全世界にある協会の70以上の支部制度の行う拡大の業にも留意しております。初期会衆の時代に,寄附は統治体に送られましたが,それと同じく全世界の兄弟たちはそれぞれの国にあるヱホバの制度の本部を支持いたします。ヱホバが御自身の制度の主要な支柱であるのは真実であります。ヱホバは制度および制度を構成する者たちに必要なすべてのものを備えることができます。ヱホバ御自身大いなる与え主で実を結ばれる方であります。『(聖書にこう書かれている通りである。「彼は配布し,困る者たちに与う。彼の正義は永遠に続く。」さて,種子を播く者に種子と食用のパンを豊かに供給する方は,あなた方の播く種子をも供給してあなた方の正義の実を増加するであろう。)』(コリント後 9:9,10,新世)しかし,産出されたすべてのものは,それ自身産出の働きに参加します。ヱホバは物質の食物を豊かに供給されますが,農夫は収穫を産出するために働かねばなりません。それに,もし神の定めた法則に従うならば,充分のものをうけて,次に播く時まで自活し得るばかりでなく,播くための種子をも得るでしよう。(イザヤ 28:23-26)同じ原理は,ヱホバの制度の神権的な拡大に見られます。
31 ヱホバの霊的な備え物を食し,円熟に達するすべての人は,伝道の業に参加します。霊的な食物は豊かですが,しかしそれを産出するために人は時間を献げなければなりません。(使行 6:1-4)主は,人々に与えられた恵みの賜物を制度に備えることにより,このことを可能にしました。本当に良いたよりの美しい音信を持つ文書を書いたり,また印刷することは,特権であります。しかし,収穫を得るために文書を配布することも必要であり,その配布には特別の祝福が伴うものです。農夫は自分の働きの実を苅る前に,最初地を耕して,鋤かえし,種子を播いて水を注ぎ,そして栽培しなければなりません。それで,制度内のすべての活動は必要であり,全部の者は取極めを完成するために心を合わせて働きます。
32 文書をつくり出す際に,制度の相互信頼はどのように示されますか?
32 それ以外に文書産出に参加できない人々は,経済の面でこの種の業を援助することできます。『マケドニヤとアカヤの人々は,エルサレムの聖徒の貧しい者たちに自分のものをよろこんで寄附したのである。たしかに,彼らはよろこんでそうしたのであるが,しかしかの人々に負債があつたのである。諸国民がその霊のものに与つたならば,肉のものに対するものでこれらの人に公然と仕えるのは義務である。』これは制度の相互依頼を示します。そして各自は自分の分を供給して他の者の欠如しているところを補います。『他の者には軽く,あなた方には重くするというわけではない。ただあなた方余つている分をいま均一にして,彼らの不足を補うということである。そうすれば,あなた方が不足のときに彼らの余つている分はそれを補うであろう。こうして,等しくなるのである。聖書にこう書かれている通りである「多くのものを持つ者も,持ち過ぎることはなく,少ししか持たぬ者も足りないことはなかつた。」』― ロマ 15:26,27。コリント後 8:13-15,新世。
33 どんな機会に賢明な行をしたため,ピリピ人の兄弟は祝福をうけましたか?
33 多くの支部が行つている文書の印刷に加えて,拡大の計画を維持するのに必要な他の出費が多くあります。兄弟たちはこれにも又与ることができ,またいま与つています。パウロは次の手紙を書いた時,巡回の業をしていました。『しかし,あなた方は私のくるしみによくも,与つてくれた。あなた方ピリピ人も知つているごとく,私が良いたよりを宣べ伝え始めて,マケドニヤを去つたとき,あなた方を除いては,どの会衆も寄附や施しということで私に参加しなかつた。テサロニケにいた時でも,あなた方は一再ならず私の入用なものを送つてくれた。』(ピリピ 4:14-16,新世)ピリピ人の兄弟たちは,その機会に際して賢明な行をなし,主からの祝福を確かにうけ,また主の霊感の御言葉の中で,良く述べられています。今日の多くの会衆も同じようにこの機会を認め,そしてこの必要な出費に分け与ります。
34 支部は他のどんな出費を持つていますか? しかしそれらの出費をなぜ後悔しませんか
34 巡回の業に加えて,協会の維持する幾百という宣教者の家は全世界にあり,拡大の計画に参加しております。又特別開拓者たちをも良く援助しています。すべての支部が持つているこれら二つの面の奉仕の費用の他に,各ベテルの家自体およびそのベテルの管轄する地域内の兄弟たちに愛の働きを捧げる兄弟を維持しています。それから,開催される定期的な大会に出費を要し,まして「良いたよりを守り合法的に確立する」のに必要な費用のかかる多くの裁判事件は言うまでもありません。これらは制度の後悔しないすべての出費です。というのは,これらの出費のもたらした祝福の富は,金銭で測ることのできないものだからです。ヱホバの証者は非常に富める人ではないにしても,正しい義のためにその持てるものを費すのに恐れを感ぜず,またその費すものから最大のことを得る仕方を知つていると全世界に表明します。あらゆることにもまして,ヱホバの御霊は御自身の制度の上にあり,また欠如しているものは何一つなく,みななし得ることができると表明しています。今日のヱホバの制度の驚異的な増加は,金を費すことなしでは達成できません。しかし,ヱホバの過分な御親切により,拡大はいまでも進みつつあります!
将来の繁栄を支持する
35 慈善の寄附を定期的に行うことは,パウロによりどのように励まされていますか?
35 すべての者が伝道計画に参加するとき,すべての者は努力を払い,慈善の寄附にも参加します。おのおのの僕の費す時間が自発的であるごとく,物資の資金を寄附する事も,自分自身で決定すべき事柄です。しかし,野外の定期性ということに努力がなされているのと同じく,制度を支持するのに用いるお金を定期的に分けて貯えることも,使徒によりすすめられています。『さて聖徒たちへの寄附については,私がガラテヤの会衆に命じた通り,あなた方もそういたしなさい。週のはじめの日に,あなた方はその繁栄に応じていくらかのものを自分の家に貯えて置きなさい。そうすれば,私が着いた時に寄附を集めずに済むであろう。』― コリント前 16:1,2,新世。
36 真理に来る多くの人の以前のどんな経験は,初期ユダヤ人のクリスチャンの立場と比較されますか? 事態をどのように見るべきですか?
36 ヱホバのすべての民は現在の悪い世の組織制度から出て来たため,ヱホバに讃美をもたらさないものにお金を費すことはどういうことであるかを知つています。偽りの宗教に入つている人々には,いつもきまつて寄附金を見ています。「献金封筒」を毎週うるさく催促されます。ある国では,宗教『献金』のために多くの者は俸給を滅ぜられています。彼らは名附けること,結婚,葬式,特別な建築資金,宣教資金,そしてその他のために『寄附』いたします。ある人は,真理に入る以前に,タバコや他の類似の習慣に耽けり,肉を満足させるために多くのお金を費しました。サタンの影響の腐敗から離れ,真理に来た人の中で,キリスト教初期のユダヤ人程に大きな救を感ずる人はまづいないでしよう。ユダヤ人は,背散したユダヤ教の課す重荷を負わされ,神により命ぜられていた10分の1税が,実際には神の栄光を奪うのに用いられているのを見ていました。しかし,これらの人は,改宗後使徒行伝に次のように書かれている人々の中にいました。『その一人として持ち物は自分のものと言わなかつた。』いまやその任意の寄附がヱホバの讃美に用いられているのを見て,彼らはその持つものを何一つためらわずに捧げました! 以前偽りの宗教的な実践や利己的なたのしみに捧げられた時間は,新らしい神権的な奉仕者により取り戻され,ヱホバの奉仕に捧げられています。自分自身またはサタンの『潔めた』強奪者の貪欲を満足させるために,お金もまたしばしば過度に使われました。しかしいまやヱホバの制度を支持するために,お金は自発的に捧げられています。彼らを惜しみなく与え人にならせるのは,彼らの上に注がれるヱホバの御霊であります!
37 ヱホバは御自身の御名を制度の上に述べられていると誰が認めますか? 諸国民はなぜ恐れていますか?
37 ヱホバの御霊は御自身の制度の上に注がれているために,約束された繁栄の時は実現されています。見たところ克服し得ないような多くの期間に於いても,ヱホバは制度を支持し,また豊かに祝福されました。制度の拡大に限りはありません。その数は次から次にと最高数を出し,ヱホバの奉仕者の記録は上昇しております。新しい世の社会は,まだ微々たる少数であり,年も幼さないものですが,一つの業をおこなつており,そしてサタンの組織制度に属す国民を驚かせ恐れさせる繁栄を楽しんでいます。この世の利己的な支配者たちは,進行中のものを見て驚愕しており,目にうつるものをとうてい信ずることができないのです。彼らの中の誰が,自発的な税金制度によつて政府を運営し得ますか? しかし,全世界に亘る新しい世の社会はまつたくその基礎にもとづいて永久に確立されているのです。サタンの制度に属す教会の中のどれが,たえず嘆願したり強奪したりすることなしに,社会に対するその選ばれた責任を果し得ますか? しかし,ヱホバの証者の比類ない現在の進歩および全世界の幾百万人の人にもたらした慰めと感動は,比較的僅かな数の人が,神の命じた業を支持するためその時間と金を自発的に寄附した結果に外なりません。ヱホバは御自分の制度に豊かな祝福を注がれて,そのような増加を与え許されたために,現在58万人の奉仕者は地の隅々でヱホバの讃美を歌つています。これらの者はみな『忠実にして賢い奴隷』により訓練をうけ,そしていま,ヱホバは,御自身の御名を置かれた制度を擁護されていると認める多くの人の訓練を熱心に支持しております。
38 ヱホバの制度の絶えざる繁栄は現在および将来,どのように支持されますか?
38 幾万というこれら新しい人は,神の家族に群り集まり,宣教の業に献身しています。これから先の将来,たとえ少額のもので協会に直接なされるか,あるいは御国会館に直接なされるにしても,すべての兄弟が業にたいして寄附をするという大きな特権を認識し,資金が集められるとき,今日まで全く惜しみなく寄附された資金を用いてすでに行われたものよりも,なんと大さな拡大の業はなされ得ることでしようか! なんという素晴らしい新しい前途が将来にあるのでしょうか?『わが宮に食物あらしめんために,汝ら什一をすべて我が倉にたづさえきたれ。而してこれをもて我を試み,わが天の窓をひらきて容べきところなきまでに恩沢を汝らにそそぐや否やを見るべし。万軍のヱホバこれを言う。』『言い尽せぬ自由の賜物のゆえに,神に感謝する。』― マラキ 3:10。コリント後 9:15,新世。
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3ヶ月後に看板は変るものみの塔 1955 | 6月1日
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3ヶ月後に看板は変る
キューバのハバナ地区にいる全時間奉仕者は,次の経験談を報告しています。『3ヵ月まえ,ヤルコの町で神の御国の音信をつたえ,家から家に伝道しているとき,「聖書を読み,キリストを信ぜよ,しからばあなたの魂は天に行かん。我は新教徒なり。』の言葉の書かれた黒板をかかげている家に来ました。その家の人は,神の御国の音信に真実の興味を示したために,「神を真とすべし」を教科書として用いつつ,聖書研究が始められました。昨日,聖書研究のためにその家へ来たところ,黒板の言葉が変つているのに気がつきました。いまは,こう書かれていました。「聖書を読み,神の御国を学びなさい。そうすれば新しい世で生きられるでしよう。私はヱホバの証者です。」』正義を愛する善意者が真理を深く悟り,自分の立場を取つてその事実を公けに述べるまで決して長い時間がかかりません。
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