エホバを敬うためにもっと多くのことが行なえますか
1 これはわたしたちすべてが考慮すべき肝要な質問です。わたしたちは今日,主人であるイエス・キリストを忠実に見倣う者として,神のみ名を公に宣明することにより,神を敬います。神の好意を得ることを願うなら,この責任を担わなければなりません。(マルコ 13:10。ルカ 4:18。使徒 4:20。ヘブライ 13:15)まだエホバの宇宙的な囲いの中に入る見込みのある,散在する残りの「羊」のもとにこの良いたよりを携えて行くのは,言葉では言い表わせないほど大きな特権,そうです,誉れなのです。―ヨハネ 10:16。
2 あなたとあなたのお子さんは,宣教活動を増し加えることによってエホバを敬うためにもっと多くのことを行なえるでしょうか。開拓奉仕を始める兄弟姉妹の数は,世界中で増加の一途をたどっています。日本では1993年4月に,最高数の10万441人が特別,正規,あるいは補助開拓奉仕にあずかりました。あなたは自分が開拓奉仕を行なうことを真剣に考えたことがありますか。あなたはお子さんが全時間宣教を生涯の仕事として追い求めるよう励ましていますか。
3 開拓奉仕について個人としてどのように考えているかを分析してみるのはどうでしょうか。開拓奉仕のことが話されるとすぐに,自分の場合開拓者として奉仕することは状況が許さないと結論しますか。確かに,だれもが開拓奉仕を行なえるわけではありません。聖書的な責任や他の制約があるため奉仕を全時間行なえない人は大勢います。(テモテ第一 5:8)それでも,最近あなたはこの点について祈りのうちに考慮したことがありますか。家族の中で少なくとも一人が開拓奉仕を行なえるかどうかということを家族で話し合ったことがありますか。「ものみの塔」1983年2月15日号の23ページには,次のような考えさせられる文面がありました。「確かに,クリスチャンの奉仕者は皆,自分が開拓奉仕を行なえるかどうかを祈りのうちに考慮すべきです。15年間開拓奉仕を行なってきた南アフリカのある夫婦はこう言いました。『開拓奉仕を行なっている理由ですか? もし開拓奉仕をしていなかったとしたら,わたしたちはエホバのみ前でそのことについて言い開きをすることができるでしょうか』。開拓者ではない多くの人々もそれと関連した次のような質問をしてみることができるでしょう。『自分が開拓者でないことについてエホバのみ前で本当に言い開きをすることができるだろうか』」。
4 この問題について別の「ものみの塔」誌の記事には,このような的を射た注解が載っていました。「わたしたち各人は自分に対して正直でなければなりません。『したい気持ちは十分にあるが,肉体が弱い』と,あなたは言いますか。しかしその気持ちは本当のものですか。乗り気でない事の言い訳に肉体の弱さを持ち出すのはやめましょう」― 塔78 11/15 23ページ。
5 子供の成功を願う親: 箴言 15章20節は,「賢い子は父を歓ばせ,愚鈍な者はその母をさげすんでいる」とはっきり述べています。敬虔な親は,息子や娘がエホバに献身的に奉仕する生き方を追い求めるとき,間違いなく歓びます。しかし,子供は自動的には賢明な道を選ばないものです。この世の誘惑は非常に強力です。親の皆さん,お子さんの価値観は大方あなた自身の価値観によって形作られるのです。親が全時間奉仕の益について絶えず積極的に話し,子供に献身的な開拓者と交わるよう励まし,全時間宣教こそ子供が選ぶことのできる最も誉れある生涯の仕事であることを本当に確信しているなら,その積極的な態度が子供に深い印象を与えることは間違いありません。人間ではなく,エホバのみ前にあって良い名を得ることの価値を認めることができるよう,お子さんを援助してください。
6 若い皆さん,箴言 22章1節は,あなたが行なうべき選択に注意を引き,「名は豊かな富にも勝って選ばれるべきもの。恵みは銀や金にも勝る」と述べています。あなたは自分のためにどんな名を得たいと思いますか。献身的な奉仕によって神のみ前で良い名を得た,聖書中の男女について考えてみてください。愛する医者ルカ,まことの神と共に歩んだエノクがいます。サムエルは幼い時からエホバの神殿で奉仕を始め,最も優れた教育を受けました。神のこれら忠実な僕が,自分の選択を後悔したことがあると思いますか。後悔する理由などあったでしょうか。全員が幸せで,産出的で,胸の躍るような生涯を送りました。それに,エホバのみ前で永続する恵みを得ることができたのです。―詩編 110:3; 148:12,13。箴言 20:29前半。テモテ第一 4:8後半。
7 子供が人生の歩みに成功するのを見る親は,それを誇りに思います。子供という「エホバからの相続物」を訓練し,懲らしめ,教育するためにつぎ込んだ努力に対して,それを何倍も上回る報いを受けます。(詩編 127:3)自分にできる限りのことを行なってエホバを敬う息子や娘以上に親が誇りに思うものがあるでしょうか。現代の大勢の若者も,ルカやエノクやサムエルの足跡に倣っています。
8 宣教の備えとなる教育: ここで世俗の教育という問題を考慮してみましょう。これはとりわけ釣り合いの取れた見方が必要な分野です。「ものみの塔」1992年11月1日号には,「目的のある教育」という記事が掲載されました。「適切な教育」という副見出しのところで,次の点が取り上げられています。「クリスチャンは全時間の開拓奉仕者であるとしても,自活できなければな(りません)。(テサロニケ第二 3:10-12)……それらの聖書の原則に敬意を払い,クリスチャンとしての自分の責任を果たすために,若いクリスチャンにはどれほどの教育が必要でしょうか。……良いたよりの開拓奉仕者となることを願う人たちにとって,どの程度[の給料]が『適切』と言えるでしょうか。一般にそのような人たちは,自分の兄弟たちや家族に『費用の面で重荷』を負わせないようにするため,パートタイムの仕事を必要とします。―テサロニケ第一 2:9」。
9 開拓奉仕を目指している人が,高校在学中,学校の授業や実習を含む教科課程から多くを学び取ることには計り知れない益があります。単に知識や情報を得るだけでなく,思考力を訓練し,理解を得,識別力を養うことによってみ言葉の良い教え手として成長することができるからです。(箴言 2:2)開拓奉仕を生涯の仕事とみなして,実生活に役立つ訓練を在学中に受けた人も少なくありません。そうした人々は,わずかな費用で自分の洋服を縫ったり,栄養のある食事をあまり費用をかけずに作ったりすることができます。中には,高校では習得することのできなかったある種の技術を専門学校に通って学んだり,短期間世俗の仕事をして身に着けたりする人もいます。
10 長老たちの果たす役割: 会衆の長老たちは開拓者の働きを誇りに思っており,これら熱心な奉仕者を大いに励まします。長老たちが喜んで開拓者を励ますのは,骨折って働く産出的な開拓者はどの会衆にとっても祝福であることを知っているからです。開拓者は正規開拓奉仕に1年携わると,開拓奉仕学校で特別の訓練を受ける資格を持ちます。この課程は,開拓者が効果性を増し加えるうえで非常に価値ある備えとなっています。業の最前線にいるとはいえ,開拓者も愛ある励ましを必要としているので,長老たちは機敏にこの必要を満たすべきです。―ペテロ第一 5:1-3。
11 どうすれば長老たちは開拓奉仕に対する熱意を鼓舞することができますか。手始めに,この特権をとらえることができそうな人を時々考えてみることです。長老たちは,多くの定期的な補助開拓者,退職した人,主婦,学生など,開拓奉仕を行なうのに有利な立場にあるように思える人に近づいてみます。だれに対しても,開拓奉仕が義務づけられているように感じさせるべきではありませんが,願いはありながらもためらっている人は,実際的な励ましが少し与えられると,自分にも開拓奉仕が可能なことに気づくかもしれません。
12 長老たちは開拓奉仕の申し込みをしたいと思っている人を励ます際,正規開拓者として奉仕する前に数か月間補助開拓奉仕をすることは求められていないという点を覚えているべきです。(宣86/8 折り込み24-26節)言うまでもなく,長老たちは,申し込み者が時間の要求を満たすことができると道理にかなった範囲で確信していたいと思うでしょう。
13 申込書は会衆の奉仕委員が検討し,すべての質問に答えているかどうかを書記が注意深く調べた後,直ちに協会に送るべきです。
14 書記は開拓者が経験しているかもしれない問題があれば,どんな点でも長老たちに知らせるようにすべきです。これは開拓者が大勢いる会衆ではとりわけ大切です。「会衆分析報告」(S-10)で求められているように,奉仕年度の終わりには開拓者の活動を振り返って検討しますが,それに加えて書記は,3月の初めに奉仕監督と会い,時間の要求を満たす面で遅れを取っていて,個人的な援助を必要としている人がいるかどうかを調べるべきです。(「わたしたちの王国宣教」1993年2月号の「発表」をご覧ください。)即刻援助を差し伸べるなら,開拓者は奉仕年度を首尾よく終えることができるでしょう。
15 新しい開拓者の中には,年齢が若く,真理においても比較的新しい人が大勢います。彼らの進んで行なう精神がわたしたちに歓びをもたらすことは確かです。しかし,これらの新しい開拓者は,家から家の業に熟達し,効果的な再訪問を行ない,聖書研究で教える面で依然訓練を必要としています。このような訓練が施されなければ,新しい開拓者は1年もすれば落胆し,宣教で良い成果が得られないためやがて開拓奉仕を中止してしまうかもしれません。目ざとい長老たちは,小さな問題や,活動で速度が鈍っている分野に気づくでしょう。もし,直ちに関心を向け,開拓者が問題を克服できるように援助するなら,その開拓者は何年も産出的な奉仕を行なう喜びにあずかれるでしょう。
16 あなたは遠方の水域で,すなどる業を行なえますか: イエスの弟子の中には漁師が幾人かいました。時折,一晩じゅう漁をしても網には何もかからないということがありました。(ヨハネ 21:3)「人をすなどる」業が長年行なわれてきた地域では,自分の会衆の“水域”には“魚”がほとんど残っていないと結論する開拓者たちがいるかもしれません。(マタイ 4:19)それとは対照的に,わたしたちは伝道者や開拓者が聖書研究をたくさん司会している他の地方の報告を読むとき,胸が躍るのではないでしょうか。このような地方にいる開拓者や宣教者が喜びを味わっていることは明らかです。(塔92 9/1 20ページ15節)そのために移動するとすれば生活様式を調整する必要があるかもしれませんが,非常に大きな霊的報いを得ることができます。(マタイ 6:19-21)それで,骨折って働く開拓者で,必要の大きな地方に移転することのできる人は,まず会衆の奉仕委員から申込書を受け取り,必要事項を記入した後,奉仕委員に渡します。その後,奉仕委員がそれを協会に送るなら,協会はふさわしい場所を紹介することができます。
17 あるいは,事情が許すなら,巡回区内の近隣の会衆を援助することができるかもしれません。あなたにその資格があるなら,巡回監督は巡回区内にある,開拓者がいれば助けになる別の会衆についての情報を喜んで提供するでしょう。
18 開拓奉仕を行なうのは正しいと知っていてこの奉仕を始めたものの,自分はこれに成功するだろうかと当初は思った人もいるでしょう。幾分迷い,ためらいつつ申し込んだかもしれません。初めのうち野外で得られる成果はごく限られたものだったでしょう。しかし,そのうちに上達し,自分の働きをエホバが祝福してくださっている証拠が見られるようになりました。その結果,喜びも自信も増し加わりました。一部の人にとって,開拓奉仕はベテル奉仕,宣教者奉仕,宣教訓練学校,場合によっては旅行する奉仕への踏み石にさえなっています。
19 補助開拓奉仕 ― 増し加えられた奉仕の特権: 補助開拓奉仕はいっそう十分にエホバに仕えたいとの熱意と願いを持つ人々のために設けられている取り決めです。ある人々は正規開拓者として奉仕することを望んではいるものの,家族に対する責任や健康上の理由などでそうすることができません。しかしながら,開拓者精神を抱くこれら大勢の人々は補助開拓奉仕という増し加えられた奉仕の特権を楽しんできました。補助開拓奉仕が自分の宣教や崇拝に及ぼす良い影響について思い巡らしてください。ある奉仕者は,補助開拓奉仕を行なうことによって徐々に人々に対する恐れの気持ちが薄れ,宣教面で障害と思えた事柄がさほど苦にならなくなったことに気づきました。人々と話しているうちに家の人の本当の気持ちや問題点がよく分かるようになり,同情を傾けることができるようになったのです。また頻繁に,「王国宣教」にある証言や再訪問の提案を活用することにより,単に暗記した文章ではなく,自分の言葉で熱意をこめて話すこともできるようになりました。この伝道者は,補助開拓奉仕を通して得られたこの経験に励みを受け,連続して補助開拓奉仕を楽しんでいます。
20 確かに毎日限られた時間ではあっても,聖書の音信を人々に宣べ伝える業に携わるなら,それだけ聖書について調べてみたいと思う人に出会う見込みが大きくなってゆきます。また,自分自身がイエスのようにエホバのご意志を行なっているという自覚を持つ時,わたしたちの信仰はいっそう強められます。さらに開拓奉仕を経験する人の喜びは,仲間の成員や会衆全体にも健全な影響を及ぼします。その人は野外奉仕の楽しい経験を他の人に語ったり,会衆の集会で注解に含めたりすることができるからです。それで記念式や巡回監督の訪問のある月などの特別の機会にあるいは各人の事情にしたがって継続して補助開拓奉仕を楽しむことができます。とりわけ,春の特別活動が予定されている4月にぜひ補助開拓奉仕を行ない,エホバに仕えることの喜びをいっそう増し加えてください。
21 あなたが今,エホバを敬うためにできる限りのことを行なっておられるなら,現在の奉仕の特権に歓びを見いだしてください。もし,もっと多くのことが行なえると感じておられるなら,その問題を祈りによってエホバに提出してください。自分の置かれている状況の中でどの程度の変化を遂げる余地があるかを現実的に分析してください。あなたの計画について,開拓者精神を持つ長老や巡回監督とじっくり話し合ってください。そして,祈りのうちに実際的な決定を下したなら,すぐにその決定にしっかりと付き従ってください。そして,わたしを敬う者たちをわたしは尊ぶというエホバの約束に確信を抱いてください。―ヘブライ 13:5,6。サムエル第一 2:30。