なぜそんなに深く掘るの?
ドイツの「目ざめよ!」通信員
あなたの家からわずか9㌔しか離れていない所に,摂氏300度という極めて熱い場所があることをご存じですか。でも,ご心配には及びません。それは,あなたの足の下,つまり地下9,000㍍の所の話です。足が焼け焦げないように,地殻と呼ばれる保護となる地層があなたを守っています。
コンティネンタル・ディープ・ドリリング・プログラムの注目を集めているのはこの地殻です。このプロジェクトの現場は,チェコとの国境からそれほど遠くないドイツのビンディッシュエスヘンバッハ村の近くにあります。この計画の目的は,10㌔を超える深い穴を掘り,保護の役目を果たしているこの地殻について調査することです。しかし,あとで分かりますが,掘削は高温のために9㌔の地点で中止しなければなりませんでした。しかし,なぜ苦労してそんなに深い穴を掘るのでしょうか。
非常に深い穴を掘ることは別に新しいことではありません。中国では西暦前600年に,塩水を探る目的で500㍍余りの深さの穴を掘ったと伝えられています。産業革命以後の西洋における原料への渇望は,掘削技術の急速な進歩を意味しました。しかし最近では,掘削事業は営利のためというより,さらに急を要する理由があって行なわれています。人間の命がかかっているのです。なぜそうなのでしょうか。また,地に深い穴を掘ることがどれほど役立つのでしょうか。
深い穴を掘ることがなぜ重要なのか
第一に,地球の鉱物資源の幾つかは極めて急速に消費されつつあるため,枯渇する可能性があります。それらと同じ鉱物が,もしかしたらまだ生成段階にあるかもしれませんが,地球のさらに深い場所に見つかるでしょうか。深い穴のボーリングはこの疑問に対して答えを出してくれる可能性があるのです。
第二に,世界人口が増加するにつれ,地震による人命被害は増加の一途をたどっています。世界人口の約半数が,地震の脅威にさらされている地域に住んでいます。それには世界の巨大都市に住む人々の3分の1余りが含まれています。しかし,地震と掘削とどんな関係があるのでしょうか。「ダス・ロッホ(穴)」という題の小冊子には,「岩石圏[地球の外層]の研究によって予報がより正確になるはずだ」とあります。確かに人間は,地球の謎の解明を試みる十分の理由を持っています。
しかし,深い穴のボーリングには多額の費用がかかります。ドイツのこのプロジェクトにかかる費用は5億2,800万マルク(約350億円)です。わたしたちの惑星の謎を発見するほかの方法はないのでしょうか。あるとも言えますし,ないとも言えます。科学は,地表に置かれた機器を用いて,地球の構造に関し多くのことを推定します。しかし,そのような推定が正しいかどうかを証明する,そしてまた現在まで極度の圧力と温度のもとにある岩石を調査する唯一の方法は深い穴のボーリングです。ですからこのボーリングは言わば深く掘り下げて物事の真相を徹底的に探ろうとする試みと言えます。
掘削についての大まかな説明はこのくらいにして,ビンディッシュエスヘンバッハの現場を見学するのはいかがですか。専門用語が分からないと心配ですか。その心配はご無用です。地質学者のガイドが,分かりやすく説明してあげると言っています。
驚くべき掘削装置
私たちは,ボーリング孔の上にそびえる,20階建てのビルほどの高さの掘削装置を見て驚きました。この掘削装置は,このプロジェクトの特徴の一つで,素人目にも訴えるものがあります。興味深いものはまだあります。
例えば,場所です。非常に深い穴を掘る計画を立てた際,科学者たちは掘る場所をいい加減に選んだわけではありません。ディー・ツァイト紙は同プロジェクトについて,「地震がどのように起こるかを知るには,[地下の]二つのプレートがぶつかる場所,あるいは分離してゆく場所に注意を集中するべきだ」と述べました。ビンディッシュエスヘンバッハはそのような場所です。地下の二つの大陸プレートの境界線,つまり地殻がゆっくりと移動している部分の真上に位置しているのです。
過去において,この二つのプレートは非常な勢いで合わさったため,地殻の下部の一部が地表に向かって,現代の科学技術の手の届くところまで突き上げられたと考えられています。様々な岩盤層をボーリングしてゆくことは,ガイドに言わせれば,地質学的串刺しというところです。この穴はどれくらい深いのでしょうか。
1994年10月12日,情報を伝える建物の電光ニュースに最大の深さが「9,101㍍」と出ました。それはどのくらい深いのでしょうか。私たちを穴の底まで運ぶエレベーターがあるとすれば,降下に約1時間半はかかるでしょう。しかし,それは忘れられない旅となるに違いありません。なぜかというと,下降するにつれて1,000㍍ごとに摂氏25度ないし30度ずつ温度が上昇するのを感じるからです。ですから現時点での深さでは,摂氏300度という,とてつもない熱さを経験するでしょう。穴の底まで行くことが見学に含まれていないのはありがたいことです。それでも温度の問題は,このプロジェクトの別の興味深い面に私たちの注意を引きます。
ボーリング孔はおよそ9,000㍍の所で,危険をはらむ摂氏300度のしきい値を超えることになります。なぜ危険なのでしょうか。そのような熱と圧力にさらされると,岩盤は固定した状態から柔軟な状態に変化するからです。この変化が自然環境の中で調査されたことはありません。
また,掘削機の操作装置も注目に値します。この作業を縮小して考えてみましょう。長さが約100㍍で直径が2㍉ ― 太めの縫い針の幅 ― の棒の一端を持っているとしましょう。では,他の端に付いているミニチュアのドリルを操作しようとする場面を想像してください。すぐに穴は曲がるか,ドリルや棒が折れるか,またはそうしたことが全部生じることでしょう。
しかし,ドリルの進路を自動的に調整して垂直に掘る装置が開発されました。この操作装置はたいへん優れたもので,深さ6,000㍍余りの所で穴の底は垂直からわずか8㍍それていただけでした。これはボーリングにおける偉業であり,ガイドに言わせれば,「おそらく世界一まっすぐな穴」なのです。
ドリルのビットを換えるための往復
ドリルを動かしているモーターは地表ではなく,穴の底にあります。したがって,掘削の際にはドリルパイプ全体が回転するのではありません。それでも,こうした深部での掘削は骨の折れる仕事です。1時間に1㍍か2㍍の距離をこつこつと掘り進んでゆき,各ビットは岩盤をおよそ50㍍掘り進むごとに交換されます。ガイドが掘削装置のさらに近くに私たちを連れてきた時,私たちはドリルパイプがちょうどその目的のために,つまりビット交換のために,穴から引き上げられているところを見ました。
パイプの各部分の長さは40㍍です。巨大なロボットの手がその部分をつかんでは外してゆきます。パイプ・ハンドリング装置もこのプロジェクトの魅力的な特徴の一つなのです。この装置は,掘削の専門家が往復旅行と呼ぶ,うんざりするほど退屈な仕事であるパイプの上げ下げをスピードアップするため,新たに設計されたものです。手っ取り早い方法はないのです。黄色いヘルメットの下の明るい笑顔がこちらを見ながら,「ビットを交換するためには,何もかも引き上げないといけないんですよ」と言います。
標本から何が学べるか
私たちは実験室を見学しますが,岩石の標本が幾段もの棚にびっしりと陳列されているのを見て驚いてしまいます。こうした標本はどのような方法で地下から採取されるのでしょうか。それには二つの方法があります。
その一つは,試錐機でコア,すなわち岩盤の円筒形試料を採取する方法です。コアが採取されると実験室では,直ちにその性質を観察しはじめます。なぜ急ぐのでしょうか。地殻の中では岩石は強い圧力のもとにあるからです。地質学者たちは,各々のコアが地表に上げられてから数日の間にどのように“緊張を緩める”かを観察して,その圧力に関し多くのことを推測します。
標本を採取するもっと一般的な方法は,普通の掘削を行なっている間に採取する方法です。ドリルのビットを冷やし,掘り屑を洗い流すため,掘削液がポンプでドリルパイプの中に送り込まれます。掘り屑とその掘削液は圧力により地表に押し上げられ,フィルターで分けられます。掘削液は再利用され,掘り屑は分析されます。この分析で何が分かるのでしょうか。
種々の試験で岩石のタイプが明らかにされ,電気的また磁気的特性が決定されます。鉱床に関するデータが集められます。岩石の密度は,地震が地中を伝わる速度を示します。
試験によってさらに明らかになる点は,地表と,地表から4,000㍍かそれ以上の深さの場所との間における水の両方向への絶え間ない動きです。「この点は,有害物質を採掘坑や縦坑に投棄する問題について考慮すべき新たな面を示している」と,ナトゥールビッセンシャフトリッヒェ・ルントシャウ(自然科学評論)という科学雑誌は述べています。
私たちの旅は,ガイドとの心のこもった別れのあいさつで幕を閉じました。ガイドはプロジェクトについて淡々とした態度で説明してくれました。それは彼が専門家であることの証拠です。際立った事柄も専門家にとっては普通のことになっているのです。科学者たちにとっては,ビンディッシュエスヘンバッハは現実の場なのですが,私たちにとっては,かなり特別な訪問となりました。
[10ページの図版]
上部: ドリルから採取されたコアを計測する
左: 地殻の模型
[クレジット]
KTB-Neuber